Puppy Panics !


 

その四  湾岸署と子犬(2)

 

 

「私ね、室井さんにちょおっと聞きたい事があるんだけど」

「なんだ?」

 すみれさんが室井さんに聞きたいこと?なんだろう? 

 すみれさんは、抱いていた俺をデスクの上に置くと、取調べをする時の様に真っ直ぐに室井さんを見詰めている。

「青島君のことよ」

 …え?俺…の事?

「……青島の事?」

「そ。和久さんが病院の人から聞いてきたんだけど、室井さん毎日青島君のお見舞いに行ってるんだって?」

 え、それホント!?

 俺が犬になった次の日に見舞いに行った事は知ってるけど、それからも毎日?ホントに?

「…ああ、行ってるが。それが何か?」

 すみれさん相手に隠し事は無駄と悟っている室井さんは、以外に素直に見舞いの事を見とめる。

 …ホントなんだ。室井さん凄く忙しいはずなのに、俺なんかの見舞いに毎日来てくれたんだ。

 でも、如何して…?

「意識…まだ戻らないんだって?」

「…ああ」

 意識を戻そうにも、肝心の魂がここにあるんだから、どうしようもないだろう。死神が言ってた期限まで

あと2日。

その間、俺の意識が戻ることはない。

「ねぇ、室井さんは青島くんのこと、どう思っているの?」

 ……!

「……!な、何を急に言い出すんだ君は!」

 そうだよ、何を言い出すんだよ!室井さん困ってるじゃないか!

「ごめんねー、ヘンなこと聞いて。でもね、もしかしたら青島君の意識が戻らないのって室井さんが原因

じゃないかって、

そう思ったから」

「私が…?」

「医者が言ってた。手術も無事成功して、脳波も異常ないのに目が覚めないのはおかしいって」

 だから、それは魂が抜けちゃってるからであって、その肝心の魂がここにあるからなので…。

「…もしかしたら、なにか心の方に原因があるんじゃないかってね」

「…心?」

 あのね、だから心は心なんだけど、心だけじゃなくて魂が…。

「青島君、ずっと悩んでた」

 どきりとする。

「…悩む?…青島が?」

「そうよ。傍から見てもはっきり判るぐらい。だから、もしかしたらその『悩み』が、青島君の心の負担にな

ってるんじゃないかって思ったのよ」

「…君は青島が何を悩んでいたのか、知っているのか?」

「何を、って………知らない。口に出して言っていたわけじゃないし、相談されたわけでもない。ああ見えて

も青島君って人を頼らない所があるから。……悔しいけどね。これ本当。あれだけ人懐っこい顔しながら

何処かで人との間に壁を作ってる」

 そう言って、すみれさんは淋しそうに笑った。

 ……。

『人との間に壁を作ってる』

 …そうだね。すみれさんの言うとおりだよ。

 俺は何処かで人を避けてる所がある。

 今まで付き合ってきた女の子達もそうだった。相手が自分の事を好きになってくれればくれるほど、俺は

彼女達から離れて行った。

 恐かったんだ。

 相手の心が俺の中に踏みこんでくれば来るほど、臆病な自分の本心を知られるのが恐くて逃げていた。

 適当に距離をおいて、本音を言葉で飾って言葉で隠して。

 そうやって上辺だけで付き合ってきたんだ。

 そのほうがずっと楽だったから。自分が傷付かなくて済んだから。

 臆病で、計算高くて、卑怯な自分。

 それが、俺。

 だけど…。

「だけどね、室井さんだけは別だったの」

「私だけが?」

「そうよ。あれだけ自分を隠すのが上手な青島君が、室井さんの前だけは何時も本音で話してた。

…被害者のお兄さんに刺された時なんてビックリしたわよ。あの青島君が、今にも泣きそうな顔で叫んで

たんだもん」

 あの時の事は、今でも思い出すと顔が赤くなる。刺された痛みとショックがあったとはいえ、室井さんの

話しもろくに聞かず、一方的に八つ当りして。情けないったらないよね。

 他にも俺は室井さんの前だと、自分が押さえられなくなる事があった。

 室井さんが捜査一課に誘ってくれた時も、誘拐事件の時も。

 あとで考えれば、もっと上手く立ち振る舞う方法があっただろうに、室井さんの前だとそれが全く出来な

かった。

 馬鹿みたいに、本音晒して子供みたいに当り散らしたりして。

   

 でもね。室井さんだけだったんだ。

 俺が本音でぶつかった相手って…。

 理由なんて解からない。ただ、初めてあった時から漠然と、この人なら…って気持ちはあった。

 だから、なにも隠さず俺の本心…『室井さんが好き』って事を告げようとしたんだ。

 結果は…ああなっちゃったんだけどね。

 

「きっと室井さんは、青島君の『特別』だったのね」

「……」

「だから、青島君を起こす事が出来るのは、室井さんだけだわ。 青島君が何を悩んでたかなんて知らな

いし、あの日、二人の間に何があったのか知らないけど、青島君を起せるのは青島君にとっての『特別』

である室井さんだけだと私は思ってる」

「私は………無理だ」

「なんで!?室井さん以外の誰が青島君を起せるってのよ!」

 室井さんの言葉に、思わず立ちあがったすみれさんの後ろで、パイプ椅子が大きな音を立てた。

 室井さんは…。

 駄目だ…室井さんの方を向く事が出来ない。

 正面から室井さんに向き合う事が出来ない。

 ただ、視界の端に、立ちあがったすみれさんとは対照的に、俯いてしまった室井さんを撮らえるだけ…。 

「あの事故の日、青島を傷付けた私が、彼を起すなんて事が、出来るわけがない」

「青島君を傷付けたって、如何いうこと?」

 室井さんの溜息が聞こえてくる…。 

「あの日…。私に向って自分の本心を真っ直ぐに、なにも隠さず伝えてくれた彼を、酷い言葉で傷付け突

き放したのはこの私だ」

 胸が痛い。

 出来ることなら、今すぐここから逃げ出したい。

「私は…恐かったんだ」

 ……え?

「あの純粋で真っ直ぐな想いを受けとめるだけの度胸が私にはなかったんだ。…キャリアの世界は本音よ

りも建前だけの世界だ。自分の周りもそうだった。そんな中で青島だけだった。なにも隠さず素顔のままで

私に接してくれたのは…」

「……」

 すみれさんは何も言わずに、室井さんの告白を聞いている。

「青島にとっての『特別』が私なら、私にとっての『特別』は青島だったんだ」

 ……!!

「だったら…だったら何故…!!」

「……恐かったんだよ。私は青島に想ってもらえるほど強くも無ければ清廉潔白な人間でもない。むしろ

その逆だ。自分の出世の為なら、たとえそれが間違っていると解かっていても実行してきた男だ。…現に

放火殺人未遂事件の時は上の言いなりになって君をひどく傷付けた」

「…あれは!」

「いつも真っ直ぐに自分の信念を貫きとおす青島に、応えるだけの資格は私には無い。助けるだけ助けて

もらって、支えるだけ支えてもらって、私は何一つ青島に還していない。いつも…奪うだけだ」

 …違うよ。奪ってばかりなのは俺のほうだ。

 いつも室井さんを不利な状況に追いこんで、この前なんか俺のせいで降格までさせた。

「奪うばかりで…そのうえ更に求めるだけの弱くて卑怯な私が、

青島に相応しいわけが無いだろう。私の存在は青島を傷付けるだけだ。だから…」

「だから酷い言葉と態度で青島君を突き放して、二度と自分に近付かない様にしたってわけ?」

「……そうだ。青島のことを支えて守って行く度胸も力も無い人間が傍にいても青島の為にはならないからな」

 ……そん…な。

 そんな事…俺は思ってないのに…。

「青島君を傷付けたくないっていう室井さんの気持ちは解かったわ。でもね。それでも、やっぱり青島君に

とっての『特別』は室井さんだけよ」

「……そんなことは」

「青島君、室井さんの弱さも脆さも全部知ってたんじゃないかな」

「それは…」

 …知ってたよ。

 杉並署から湾岸署に戻ったあの年末の時も、誘拐事件の時も、室井さんはなにも隠さずその弱さを晒し

てくれた。

 俺は嬉しかったんだ。

 俺に自分の弱さを晒してくれた室井さんと、そんな室井さんを支える事が出来て、本当に嬉しかったんだ…!

「きっと青島君は、そんな全てをひっくるめた『室井慎次』が好きだったんだと思う」

「……」

「青島君は守られる事を望んでいたわけじゃない。きっと一緒に支えあって歩いていくことを望んでいたん

だと思う」

 その通りだよ。

 俺は、あんたと一緒に生きたかったんだ。

「…君は青島のことを良く解かってるみたいだな」

「まぁね。だてに一緒に仕事してる訳じゃないわよ」

「…やはり青島を起すのは私より、君の方が…」

「駄目よ。私は…駄目。私は青島君の『特別』じゃ無いから」

 すみれさん…?

「どんなに青島君のこと解かってみても、私は『仲間』になれても『特別』にはなれなかった」

 すみれさん、それってどういうこと?

「恩田君、君は……」

 室井さん…?

「いや、何でも無い。…解かり過ぎるっていうのも辛いものだな」

「そう思ってくれるなら、今度何か奢りなさいよね。わざわざ敵に塩を送ってやったんだから」

「了解した」

 なに?何が一体どうしたって?

 話の意味が良くわかんないよ。…あ、なんだよ、二人だけで解かる会話して。

 二人で笑い合っちゃってさ!

 あーっ!なんだかもう、訳わかんないよ!

「だが、本当に私で良いのか?なんだかんだといって、一番青島を傷付けたのは、この私だぞ?第一、

青島のほうが私に会いたくないと思っているんじゃないか?」

「まだそんなこと言ってるの?室井さんじゃなきゃ駄目なの!会いたいか会いたくないかは、青島君が

起きたら直接聞いてみればいいじゃない!」

「……そうだな」

「でしょ?」

 全ては俺が目覚めたあとで。 

 二人はそう言って微笑んでいる。

 俺が目覚めたあとで…。

 目覚めたあとで、俺は。

 あなたの前で、どんな顔をすれば良い…?

「ねぇ、最後にもう一つ聞かせてくれる?」

「何だ?」 

「室井さんは青島くんのこと、どう思っているの?」

つづく


あああああっ〜!

またまたへんなところで切りました;;

自分で書いててなんですが、この章はどこで切って良いのか

さっぱりわかりませ〜ん;;

それにしても、青島君鈍すぎますね(-_-;)

すみれさん、損な役回りでごめんね;;