花の雪散る
日が沈んだあとの公園は、昼の賑やかさとは対照的な静寂に包まれる。
公園のあちこちに植えられた桜の木もここのところの冷え込みのせいか、いまだ満開
とは程遠く、平年ならそろそろ見られる花見客の姿も今はまだ無い。
そんな静かな公園を歩く一人の男。
冬に戻ったかのような花冷えの夜に、コートの襟を掻きあわせ背中を丸めて跳ねる様
に歩いて行く。
と、その足が止まった。
立ち止まった男の視線の先に、一際見事な桜の木。
いつからここに根を張っているのだろうか?
ところどころに洞を造りひび割れた太い幹。
天井に張った枝には己の体重を支えきれないのか、何本もの支柱が杖の様にあてが
われている。
その老木といっていい体に咲く薄紅の花。
他の木がいまだ眠りにある中で、この老木のみ満開の桜。
まるで、己の最期を飾るかのように咲き誇っている。
男の手が幹に触れる。そっと、まるで愛しむかのように。
「…お前も頑張ってんだな。ありがとな、今年もとっても綺麗な桜だよ」
そのまま幹の触れながらゆっくりと凭れ掛かる。
幹に背を預け、振り仰げば。
濃藍の夜空に浮き上がる、薄紅色の桜。
「……」
冷たい夜風が吹き抜ける度、枝が揺れ花びらが零れ落ちて行く。
足元を吹き抜ける風が地に落ちた花びらを、もう一度宙に舞い上げる。
手をかざせばその手に降り積もり。
捕らえようとすれば掌から毀れて行く。
風に乗り舞い踊る花びら達に包まれながら、男はゆっくりと目を閉じた。
六本木の官舎の帰り道にある公園。
普段は通りすぎるだけの公園に足を向ける。
あの桜は、咲いただろうか?
他の桜とは少し外れた所に立つ1本の桜の老木。
毎年、今年が最期だろうと言われながらも翌年には見事な花をつけている。
彼がこの桜を知ったのは、東京に出てきたその年だった。
故郷を離れ、これからの自分の未来に期待と不安で一杯だった頃、
あの桜を見つけた。
仲間から離れ、風雪に耐えながらも咲き誇る薄紅色の小さな花。
もうだめだ、もう最期だろうと言われ続けながらも咲く桜。
孤高の老木。
冷たい夜気に身をさらしながら咲く花を、美しいと思った。
あの時から毎年あの桜に会いに行く。
連なり群れを成して咲き乱れる桜も綺麗だが、たった1本、自分の力で咲きつづけるあ
の桜の美しさは彼の心に特別な思いを植え付けた。
桜は彼にとって理想そのものだったのかもしれない。
桜が近付くに連れ自然と早くなる歩調。
やがてその目に写る1本の老木。
満開の桜。
その下に。
『桜の木の下には鬼がいる』
そう読んだのは誰だっただろう。
藍い闇に沈んだ公園に浮き上がる桜の木の下に、佇む影。
桜の幹に身を預け舞い散る花吹雪の中、静かに目を閉じている。
風が舞う。
風に呼ばれた花びらが彼の周りを踊る。
踊る花びらが彼の頬を掠め。
彼はゆっくりと瞳を開いた。
「…青島」
花吹雪の向こうに、見知った顔を見つけた彼が微笑む。
春に散る雪の中。舞い散る花びらの中で。
「…なにをしてるんだ?」
「花見です。室井さんは…?」
「…俺もだ」
もう一度彼が微笑み、室井もそれに答え微笑みを返す。
そして二人で桜を見上げる。
「俺、この桜をはじめて見たのって、一人暮しはじめた頃だったんですよね」
「そうなのか?」
「ええ。あの頃家を出たばかりで、これからはもう自由だ!って気分と、これから一体どう
なるんだろうっていう気持ちが一緒になってて。凄く不安定になってたっていうか…。そん
な時にこの桜見つけたんですよ」
不安定のまま遠出した先で見つけた桜。
誰に媚びることなくたった一人の力で立つこの木に不思議と惹かれた。
以来毎年欠かさずここに訪れている。
会社に入社した時も。
警察官になったときも。
湾岸署を離れた時も。…ずっと。
「俺この桜、好きです」
「…俺もだ。上京してから毎年桜が咲くたびここに来ている」
「そうなんですか…」
「…ああ」
無言のまま二人、桜を見詰めつづける。
互いになにも語らない。
だが、その思いは。
「…来年も咲きますよね?」
「ああ、必ず咲く。必ずな」
舞い散る花びらを追った二人の指が触れ合う。
「来年も一緒に見ましょうね」
「そうだな。来年も再来年もずっと…」
触れ合った指が絡み合う。
固く結び合わされた手。
その手は離されること無く。
仄かに香る風の中で。
固く結ばれた二人の周りに。
花の雪散る。
終
リクがちっとばかり煮詰まったので
別の話で気分転換。
で、書いたのがこれ。突発的に
書き上げたので、よくわからないものに…(汗)
でも、やっぱり桜って良いですよね。
延々と続く桜並木も良いけど、
たった1本で咲いている桜もすてがたいっす♪
日本人ならやっぱり桜!でしょうか。
お!そう言えば今日は
「桜花賞」だったんだ(別に意味無し・笑)