幸福論


     

    人生なんて、いつ何が起こるのか判らない。

    偶然買った宝くじが一等の当たり籤で、ある日突然大金持ちになったり。

    逆に勤めてた会社をクビになって、突然路頭に迷ったり。

    幸せになったり。

    不幸になったり。

    全く何が起こるかなんて、その時になってみないと判らないものだと、改めて実感した。

    ―― 元気出してよ。

    ―― 大丈夫よ!今度またチャンスがくるわ!

    ―― 男なんて山ほどいるんだから。あの男の事なんてさっさと忘れちゃいなって。

    『婚約解消記念パーティー』などという、人の神経逆なでするような名目で集まった旧友達の言葉が蘇る。

    ―― そのうちいい出会いがまたあるからね。

    『そのうち』って何時よ。

    『また今度』ってどれだけ待てばチャンスがやってくるわけ?

    そりゃ男はこの世に山ほどいるけど。

    …あの人はたった一人しかしないんだぞ。

    ……元気なんか…出る訳ないでしょ。

    ……。

    あああっ!もう、何で私だけこんな目に合わなきゃいけないの?

    一体私が何したって言うのよっ!

    ただ普通に生きて普通に恋しただけじゃない!

    賑やかな繁華街のど真ん中。

    行き交う人の流れの中で立ち止まり、八つ当たり気味に見上げた夜空はただの闇。

    眩しい光に浸食された都会の夜空に浮かぶ星空などあるわけもなくて。

    遠くにぽっかりと浮かんだ小さな月が見えるだけ。

    なんだか虚しい…。

    虚しくて、涙も出ない。

    虚しくて、もう、何もかもどうでもいい……。

     

     

    再び歩き始めた繁華街。

    といっても、別に目的があるわけじゃない。

    ただ一人、ぼんやりと歩くだけ。

    頭の中も空っぽで、何にも浮かばない。

    明日から如何しよう。

    何をしよう。

    仕事…?

    あんな仕事…大嫌い。

    だってあの仕事のせいでこんな事に…。

    辞めちゃおうかな。

    どうせ辞めるつもりだったんだし。

    でも…。

    辞めてどうしよう。

    辞めて、何をする?

    他に何をする?

    他のやりたいことって…何?

    足が止まる。

    如何しよう。

    何処に行けばいいんだろう。

    何も、わからなくなっちゃった…。

     

     

     

    「これ、そこの女子。何をぼーっと突っ立ておる」

    再び立ち止まった道の真中。空っぽの頭の中に聞こえてきた声。

    誰だろう?

    「お主じゃ!そこで突っ立っておるミニサイズの…」

    ……。

    「こりゃ!無視するな!!おぬしの事だと言うておろう!そこに立っている娘御!」

    ………。

    「聞こえぬ振りなどするなというのに!ええいっ、そこに立っている綺麗で可愛いお主の事じゃ!!」

    呼んだ?

    「……」

    聞こえてきた声に振り向いてみれば、歩道の端。ビルとビルとの隙間に挟まるように座っていたのは…。

    ………妖怪。

    「誰が妖怪じゃ!」

    だって!何処から見たって妖怪じゃない!!ぞろぞろ長い白髪に白い着物着て!小さくって、シワシワで!一体何百年生きてんの!?

    「失礼な奴じゃな!まだほんの103年しか生きとらんわいっ!」

    …それだけ生きてりゃ十分じゃない。

    大体、お婆さん何者なの?人の子と呼び止めたりして一体何の用?

    「呼び止めるも何も、最初から立ち止まっておったじゃろうが」

    そ、それはそうだけど…。

    「まぁ、それはええとして。ワシがなんだか見て解らんか?」

    だから、妖怪…。

    「違うっちゅーに!」

    冗談よ♪

    でも、ホントによく解んない。こんな淋しいところに一人で机の前に座って何してるの?通行量調査しているようにも見えないんだけど。

    「こんな真夜中に、人通りのない道で通行量調査してどうする。ワシは、この辺りを縄張りにしている占い師じゃ…って、こりゃ!何処に行く」

    何処に行くも何も、私は占いなんてもの信じてないの。そういうわけだから、じゃあ。

    「こりゃ、待たんかい!別に占わなくてもいいから話だけでもしていかんか?悩みがあるなら相談に乗るぞい」

    遠慮しておく。同じ見ず知らずの人に相談するなら、『○いっきりテ×ビ』の、み○もんたに相談するわ。

    「みの○んたより、ワシの方が頼りになるぞ!相談が嫌なら愚痴ならどうじゃ。話すだけでも話してみんか?すっきりするぞい」

    別に愚痴なんて…。

    でも、嫌に引き止めるじゃない?そんなに私のこと占いたいわけ?

    「そりゃ、一週間ぶりのカモ…じゃなくて、客だから…って、だから、待てというのに!!」

    誰が待つもんですか!!

    こらっ!スーツの裾を掴んでないで早く離しなさい!

    「嫌じゃい。だれが離すもんかい!……のう、ちっとでいいから話して行かんかぁ?哀れな年寄りの話し相手として、な?こんな所に一人でいると、淋しゅうてかなわんのじゃよ」

    あのねっ!私は、お婆さんの話し相手をしている程暇じゃないの!

    「おや?そうかのぉ。道の真中にぼーっと突っ立って、誰が何処から見ても充分暇そうに見えたんじゃが?」

    そそそそそそれはっ…!

    「どうせ、好きな男にでも振られて、人生お先真っ暗っていうところだったんじゃろ?」

    ち、違うわよっ!第一振ったのはこっちだったんだから!

    「ほう?お主の方から振ったのかい?」

    そうよ!こっちの方から婚約解消して別れてやってあげたの!

    「そりゃまた、一体どうして…」

    それは…。

     

     

     

    半月ほど前のことが蘇る。

    切っ掛けは2年前のあの事件。

    一人の男に、持っていたバッグをひったくられた。

    油断もあったかもしれない。自分は刑事だからという過信があったのかもしれない。

    いずれにせよ、その事件は自分の中にあった刑事としての「自信」と「プライド」をずたずたに引き裂いた。

    悔しかった。ひったくりの犯人に対しても。それから自分自身に対しても。

    だから必死で捜査して自分の手で逮捕した。

    その時はそれで終わったと思った。

    でも、終わりじゃなかった。

    2年後、釈放された犯人は、自分が逮捕された日に、逮捕した私に対して仕返しをした。

    鋭いナイフで切り裂かれたのは、右腕と、やっと取り戻した私の「プライド」。

    身に付けた武術も逮捕術も何も役に立たなかった。

    偶々近くに人がいて、駆けつけた同僚に、その場で犯人は現行犯で逮捕されたけど、あいつが私を襲ってから捕まるまでの間、自分は何も出来ずに震えていただけだった。

    恐くて、ずっと震えていた。

    何も…出来なかった。

    病院で手当てされている間も感じていたのは痛みよりも恐怖。

    家に帰って、両親と婚約者の前で泣いた。

    恐くて。そして、何も出来なかった自分が悔しくて。

    父親は、もうこんな危険な仕事は今すぐ辞めろといった。

    母親は、家に戻って来いと言った。

    彼は、何も言わなかった。

    別に「俺が守ってやる」とか、そういう言葉を期待していたわけじゃない。自分自身も守って欲しいなんて思ってなかった。

    ただ、一言「傍にいる」と言って欲しかった。

    その後、結婚前に再び行った彼の家で聞こえてきた彼と両親との会話。

    ――― だから反対だったのよ。

    ――― 刑事なんて危険な仕事、あなたや私たちにまで何かあったら如何するの。

    彼は、やっぱり何も言わずに黙っていた。

    そして、黙って右腕の傷から目を逸らした。

    その瞬間、解ってしまった。

    彼は、私と一緒に生きていく度胸が無かったっていうことに。

    彼が、私の事を何一つ理解してくれていなかったことに。

    「だから、別れたのかい?」

    そうよ。ずっと別れたそうな目で私を見ていたから、こっちの方から別れてあげたのよ…。

     

     

     

    「そうかい…」

    いつのまにか小さな椅子に座り込んで、初めて会ったばかりのお婆さん相手に話し込んでいた。私が語る長い話を、お婆さんは、茶化す事無く黙って聞いていた。

    「でも、それに気付いたって事は、お主は幸運だったという事じゃな」

    なんで?あんな目に遭って幸運ってどういうこと!?

    「何故って、そういう事件に遭ったからこそ、お主は相手の本心に気付けたわけじゃ。もし気付かずに結婚したとして、本当に幸せになっていたかの?」

    それは…だけど、でも…。

    「まぁ、モノは考えようじゃよ。コップ一杯の水を半分こぼした後で、半分も溢してしまったと嘆くか、半分残ったと喜ぶのか。同じ考えるなら、喜ぶ方が良いじゃろ?」

    それって、ただの楽観主義って言うんじゃ…。

    「そ、そうともいうのぉ。でも、人生なんてそんなもんじゃて。サイコロの目が何が出るかではなく、その目が出た時、どう行動するかでその人の生き方が決まるんじゃ」

    ……。

    その目が出たときにどう行動するかで生き方が決まる…?

    「長年占い師などやっておるとな、色々な人の人生が見えてくる。同じ占いの結果が出ても、信じるものや信じないもの。占いの結果に怯えて、その後の人生を台無しにしたものもおる。…なぁ、先程お主は占いなど信じないといったな?」

    言ったわよ。私はそんなもの全然信じてないの。

    「実はな…。ワシもそうなんじゃ」

    なによそれ、信じてないのに占い師なんてやってるの?!

    「こりゃ、そう怒るな!」

    だって、それじゃ詐欺じゃない!!

    「そうかの?ワシは、道に迷って困っている人間に、可能性の一つとして道を指し示しているだけじゃぞい?それを如何解釈するかは、その人次第だろうが。それを詐欺だといわれるのは心外じゃなぁ」

    うっわ――!思いっきり詐欺師くさい台詞。

    「ほっとけ!」

    でも、確かにその通りかもね。

    所詮占いなんて不確定なもの。信じるか信じないかは、人それぞれだ。

    「じゃろ?所詮人の生き方なんてそんなもんじゃよ。幸福に生きるか不幸に生きるか心がけ次第で如何とでもなる」

    うーん、幸福かぁ…。

    心がけ一つで、どっちにも転ぶ人生。

    同じ生きるなら、だれだって幸福な人生をおくりたい。

    だけど、その幸福な人生って、一体どんな人生なんだろう?

    「急に考え込んで、どうした?」

    ねぇ、一つ聞いてもいい?

    「なんじゃ?」

    幸福って、どういうことだと思う?

    「生きることじゃ」

    即答。

    迷いの無い一言。

    幸福=生きること?

    生きることってどういうこと?

    人は何の為に生きるの?

    「そりゃ、死ぬために決まっておろうが…って、こりゃ――――っ!テーブルを振り上げるな――っ!!」

    喧しい―――っ!人が真剣に悩んで聞いていれば!何!?人が生きてりゃ、いつか死ぬのは当たり前じゃないっ!そんないちいち聞かなくても解ってるわよ!!

    「そうかの?じゃあ聞くが、お主はどんな風に死ぬつもりじゃ?」

    はい…?

    どんな風に…って、そんなの急に言われてもわかんないわよ。

    「病気か?事故か?何時、何処で、どんな風に死ぬのか知っておるのか?」

    知るわけ無いじゃない、そんな事。

    「そうじゃ。自分の死が何時どんな風に訪れるか誰も知らん。長い寿命を全うするのか、明日事故で死ぬのか誰にもわからん。だからな、その瞬間を後悔せぬように人は生きるんじゃ」

    よく…わかんない。

    「死の瞬間を迎えた時、自分の人生を力いっぱい悔いなく生きたと思えること。それが幸福というものではないのか?」

    人生を力いっぱい生きる…。

    「そういうことじゃ。後悔せぬようにな」

    ……。

    淡々と語るお婆さんの声が、心にゆっくりと染み込んでくる。

    後悔しないように、力いっぱい、生きる。

    それって、単純だけど凄く難しいような気がする。

    「そのとおりじゃな」

    いろいろな事が起こるから人生は楽しい。

    山あり谷あり、予測がつかないことばかり。

    時には泣いて。時には怒って。

    いろいろな人に出会って、別れて。

    私はこれから、一体どんな人に出会ってどんな人生を生きていくんだろう?

    毎日平々凡々な人生を送るんだろうか。それとも毎日ドキドキわくわくするような波乱万丈の人生を送るんだろうか?

    「さぁなあ。それを知っているのは、神様だけじゃろうな。先のことなど誰にもわからん。でも、だからこそ人生は楽しいんじゃよ」

    うん。きっとそうね。

    未来が全てわかっていたら、それこそつまらない人生になるんだろう。

    未来は、何もわからないからこそ楽しいのよね!

    「ほっほっほ。漸く吹っ切れたようじゃの」

    うん。何だか話してすっきりした。

    本当に色々話し聞いてくれてありがと。

    伊達に103年も生きてるわけじゃないわね。

    「そう言ってもらえると、ワシも嬉しいわい。…ところで、その相談料なんじゃがのぉ」

    相談…料?

    「おう!内容問わず30分1000円となっておるから、おぬしの場合は…」

    ちょ、ちょっと待った―――っ!

    相談料ってどういうこと!?

    「どういうことも何も、常識じゃろうが。ほれ、さっさと払わんかい」

    冗談じゃないわよ!相談料なんて、そんな詐欺師みたいなこと、絶対許さないわよ!!

    「詐欺ではない、立派な商売じゃ!そっちこそ料金踏み倒すつもりかい!」

    踏み倒すですって!?冗談じゃないわっ!大体勝手に引き止めたのはそっちじゃない!

    「勝手に話をはじめたのは、そっちじゃぞ!」

    なにいってんの!それに、30分1000円なんて高過ぎるわ!

    「ええいっ!世の中、金がすべてじゃ!金があれば幸せなんじゃいっ!」

    ああああっ!しかも、さっきと言う事がぜんぜん違うし――っ!

    やっぱり詐欺じゃないの!

    「わ、わかった!それじゃあ、相談料のオマケとして、お主の未来を占ってやろう。それならどうじゃ?」

    占い?

    その、占いって…。

    「嬉し恥ずかし『花占い』じゃ♪」

    ……。

    「………」

    ……………。

    「きゃ―――っ!暴力反対じゃ――っ!!!助けて―っ、お巡りさ――ん!」

     

     

     

    その後、あの奇妙なお婆さんと会うことは無かった。

    今頃何をしているんだろう。きっと、あの場所で、あの調子で元気にやっているんだろうな。

    あれから私自身も、一言では言えないほど色々な出来事があって。

    それこそ毎日わくわくドキドキ波乱万丈の人生を送ってる。

    もしあの時、あのまま何も起きずにあの人と結婚していたら、経験する事の無かった日々。

    大変で、楽しい事も、辛い事も山ほどある。

    でも。

     

    人生なんて、いつ何が起こるのか判らない。

    偶然買った宝くじが一等の当たり籤で、ある日突然大金持ちになったり。

    逆に勤めてた会社をクビになって、突然路頭に迷ったり。

    幸せになったり。

    不幸になったり。

     

     

    だからこそ。

    人生は、楽しい。

     

     


    一期一会・すみれさん編。

    …のつもりだったんですが、よく解らない話になりました(泣)

    婚約解消から立ち直るすみれさんの話にするつもりだったんですが、あれ…?

    何はともあれ、今年一年良い年であります様に。

    人生前向きに楽しくいきましょう!