LOVE TRAP

 

「好きです!!」

「……は?」

 

 草木も眠る丑三つ時。

 怒りに任せて開けたドアの向こうで凶悪とも言える笑顔を振り撒いていたのは、室井が最もよく知る

人物で名前を青島俊作という立派な(かどうかは知らないが)刑事であった。

 その刑事が真夜中に突然、いきなり、何の前触れも無くやってきて、破壊的とも言える玄関チャイム

の連打攻撃により家主をたたき起こし、せっかくの安眠を妨害され「ぶっ殺す」などと、これまた警察官

にあるまじき暴言を本気で言いながら出迎えてくれた家主に向って、いきなりぶちかましたのが最初の

台詞である。

 にこにこと、まるでテストで百点を取った子供の様に嬉しそうに、また誇らしげに笑っている彼に向って

「今何時だと思っているのか」とか「何を考えているんだ」とか「東京湾に簀巻きにして沈めるぞ」とか言

いたい事は故郷の奥羽山脈ほどもあったが、先程の台詞の衝撃から立ち直っていない室井が辛うじて

口に出来たのは。

「…良いから早く部屋に入れ」

 という、何が良いんだか悪いんだか、ひどく常識的なのだが、この場合はかなり非常識な言葉で

あった。

 

 取り敢えず玄関に突っ立ったままだった青島をリビングに通し、ソファーに座らせ、自分も彼の

正面に座る。

 脱力した様にソファーに沈み込む室井に向い、真夜中の来訪者は、相変わらず何がそんなに楽しい

のかというような笑顔で微笑み続けている。

 普段にも増してくっきりと浮びあがらせた眉間の皺に人差し指を当て、湧きあがる頭痛を抑えながら、

深呼吸を一つ。なんとか気分が落ち着いた所で、改めて笑顔のままの青島に向い訪問の目的を問う。

「一体如何したんだ?こんな夜中に」

「俺、室井さんに告白しに来たんです!」

「……はぁ?!」 

 相変わらずの笑顔のままで、向こう三軒両隣すべてに響き渡るような声ではっきりと目的を告げる

青島。

 一瞬、ここが安普請のアパートで無くて良かったと、的外れな事に安心しながら、たった今告げられた

言葉を反芻しようと試みるが、無謀な侵略者のほうが一瞬早く室井にトドメを刺した。

「俺、室井さんの事が好きなんです!!」

「……?!」

 室井硬直。

 そのまま時計の秒針が静かに文字盤を一周した。

「あ、あのな…あおしま」

「はい!なんでしょう?」

 漸く金縛りの溶けた室井が、残り少ない理性を総動員してこの事態の収拾に努めようと試みる。

「いいか?もう一度確認するが、おまえは今日ここに何しに来たんだ?」

「俺、室井さんに告白しに来たんです!」

 笑顔のまま何かの聞き間違いであった事を望んでいた室井に向って、先程と全く同じ言葉を繰り

返す。 

「あのな…青島。俺は、男だ」

「はい。男です」

「で、おまえも男だ」

「はい、ちゃんとついてますから」

「……」

 室井、沈黙。

「いや、そーじゃなくてな…」

「え?もしかして室井さんついてないとか…?」

「ちゃんとついとるわっ!!」

「ですよねー。俺一瞬心配しちゃいましたよ」

 笑顔でかなりボケた事を言う目の前の男を、本気で東京湾の魚の餌にしてやろうかと思いつつも何と

か思い直し話を続ける。

「…だからな、俺が言いたい事はそんな事じゃなくて…」

「室井さんは俺の事嫌いですか?」

 右ストレート炸裂。

「いや、嫌い…という訳では…」

「じゃあ好きですか?!」

 左ストレート炸裂。

「だから、その…」

 もはや言う言葉が見つからない。

 はっきり言って嫌いではないのだ。むしろ好きだと言っても言い。ただその「好き」が問題なのだ。

 好きと言ってもその種類は様々である。

 友人としての好きなのか恋愛対象として好きなのか。大きく分けてもこの二つがある。

 問題は目の前のこの大ボケ野郎が言っているのが、一体どちらの「好き」なのかだ。

 英語で言えばLOVE or LIKE。この差は大きい。

 ただのLIKEなら良い。しかし…。

 頭を抱えて悩む室井に、悩む頭を全く持たない青島が、あっさりと答えを出してくれた。

「俺、室井さんの事愛してます!!」

 カウンターアタック炸裂。

 室井、3ラウンドKO。

「あ、ああああああおしまぁぁぁぁ?!」

「俺、室井さんの事ずっとずっとずっとずっと前から好きでしたっ!ホントはもっと早く告白したかったん

ですけど、その勇気が無くて…。それで、今日やっとその決心がついたんです!!」

 そんな決心一生つかんで良い!!と、心の中で密かにツッコミをいれるが。

「室井さん!!」

 青島の目はマジだった。

「はい!」

 思わず素直に返事をしてしまう室井。

「俺、本気です」

「だから…その本気になられても。…いいか?青島」

「はい?」

「冷静によーく聞くんだぞ?」

「大丈夫です!俺最初から冷勢ですから」

 字が違うだろう。字が。

「あのな、さっきも言ったが、俺は男だ。で、おまえも男だ。わかるな?」

「はい」

 不安になるほど素直なお返事。

「だからその…男同士でそういう…いわば…」

「大丈夫です!!俺、やり方知ってますからっ!!」

 室井…撃沈。

「昔の友達にその手の事に詳しい奴がいまして、女の子なんですけど、よく夏とか冬とかに自分で

その手の本を作ってかなり売りさばいてたらしくて。その子からいろいろな事を教えてもらいました

から大丈夫です!」

 任せてください!と、握り拳を作り力説する青島。その姿を見ながら、他人事ながら青島の交友関係

に不安を覚えた室井だった。

「それに心配しなくても、俺は室井さんの事襲ったりしませんから。そりゃ俺も男ですから、本当はヤる

ほうが良いに決まってるし、身長も俺のほうがデカイし、テクニックにもちょっとは自信あるし、このまま

押し倒しちゃおーかなーと思ったりもしてますけど、俺室井さんになら…良いです」

 何が良いんだ、何が!

 再び心の中でツッコミをいれるが。

「それとも室井さん…テクニックに自身がないとか…?」

 ぷち。

 其の時、室井は産まれてはじめて堪忍袋の尾が切れる音というものを初めて聞いたような気がした。

 もっとも血管の一本ぐらい本当に切れていたのかもしれないが。

 とにもかくにも。

「いい加減にしろ――――――っ!!」

 官舎中に響き渡るほどの室井の声。実際、彼の声にたたき起こされたキャリア達の睡眠不足によって

翌日の警視庁の業務は完全に麻痺する事になる。

「俺はな、自慢じゃないが学生時代から女には結構もてたんだ!!テクニックだって自信はある!

じゃなくて…俺が言いたいのはそんな事じゃなくてだな。何故男の俺が男のおまえと付合わなきゃならな

いのかという事で、はっきり言って俺はホ○でも○イでもなくて……え?」

 一気に無くしたてる室井の目に映ったものは。

 大きな瞳にいっぱいの涙を浮べた青島の姿で。

「…やっぱり室井さんは、俺の事嫌いなんですね」

 だから何故そうなる。

「…わかりました。俺…もう室井さんの前には現れませんから…。ホントは凄く辛いけど…室井さんに

嫌いだって言われるぐらいなら…」

 目を真っ赤にして子供の様に泣く青島に、流石に室井も言い過ぎたかと思う。

 そんな困惑する室井の前で、青島はスーツの袖で涙を拭い無理矢理微笑みをうかべると。

「…さよなら…」

 呟くような小さな声で別れを告げた。

「……え?」

「…もう……二度と…来ませんから」

 消え入りそうな儚げな笑顔と再び頬を伝った涙。

 室井の鋼鉄の心臓が大きく揺れた。

「ま、まて!!」

「離して下さいっ!」

 立ち去ろうとした青島の手を取り、ソファーに引き摺り倒す。

「俺の事嫌いなんでしょ?!顔も見たくないんでしょ!だったら…っ」

「勝手に自分だけで結論出して決めつけるな!」

「だってさっき嫌いだって…」

「言って無いっ!!」

「…え?俺の事嫌いじゃ…」

「嫌いじゃないっ!俺は、お前の事が……好きだっ!」

 言ってしまった。

 もう後には戻れない。

 ソファーの上で暴れていた青島の身体が静かになる。見下ろすと涙を溜めた大きな瞳が驚いた様に

室井を見詰めていた。

「…ホントに?」

「ホントだ」

「…嘘じゃなくて?」

「嘘は嫌いだ」

「……俺の事…愛してる?」

「…ああ、愛してる」

 降参する様に押さえつけていた手を離し、優しく頬を撫でてやる。

「…俺、うれしいっす…」

 泣き顔が笑顔へと変わっていく。

 まるで大輪の花が咲き綻ぶような、綺麗な笑顔だった。

 微笑んだまま、幸せそうに室井の胸に顔を埋める。背中に回される手。

 室井の手も優しく青島を抱きしめる。

「むろいさん…だいすき…」

 そして。

「あおしま…?」

 ぐぅ。

「お、おい?」

 聞こえてきたのは小さな鼾。

「…寝て…る?」

 青島は。

 これ以上はないと言うほど幸せそうな顔で熟睡していた。

 

 

 翌朝。

「うわぁぁぁぁぁ?!」

 目覚めた青島が一番はじめに見たものは、見覚えの無い室井の寝室で。

「な、なんで?如何して俺こんなとこで寝てんだよ?!」

「起きたか」

「む、むむむむろいさん?!」

 ドアの向こうから先に目覚めていた室井が顔を覗かせ、更にパニックに陥ってしまう。

「なんで、俺…?」

「なんだ、覚えてないのか。…まぁ昨夜はかなり酒くさかったからなぁ」

「酒…臭い?」

 そういえば…と思い出す。

 昨夜、帰りにすみれと雪乃と真下と飲んだ席で、室井さんの事が話題になって。確か真下が

「キャリアは結婚相手によって出世が決まるとか言い出して、それで室井さんも例外じゃないとか

いって…。

 その後の事はよく覚えていない。なんだか急にやりきれない気持ちになって自分でもかなり無茶な

飲み方をしたと思う。それからこの様子だと、どうやら酔った勢いに任せ室井の部屋に押しかけた

様子だが…。

「あ、あの…。俺…何か変なこととか言ったりしました…?」

「変と言えば変かもな」

 笑いを耐えたような室井の顔に一気に不安が増大する。

「お、俺一体どんな事言ったんですか?!もしかしてとんでもない事とか…」

「知りたいか?」

 何処か人の悪い室井の笑顔。なんとなーく嫌な予感がしたりして。

「…え、えーと…」

「後で、じっくり教えてやる。…言葉だけじゃなくて身体のほうにもな」

 ニヤリと笑った室井の笑顔。

「…え?ええ?」

 戸惑う青島に少し意地悪な口付けが降りてくる。

 それを拒む理由はもちろんあるはずも無くて。

 

 

 捕まったのははたしてどちらだったのか?

 狼の懐に飛び込んできた獲物の方か。

 捕まえた獲物を離せなくなった狼の方か。

 

 そんな事どっちでも良いさ。

 

 笑ってそう言ったのは。

 罠を仕掛けた、

 彼自身。

終っちゃえ!

ほ、殆ど勢いだけで書いた作品(大汗)

余りの馬鹿馬鹿しさに裏行きかとも思ったけど一応表にね。

それにしても

「青島君に振り回されつつも最後は勝つ室井さん」

を書こうと思ったんですけど

はたして最後に勝ったのはどちらだったのでしょうか(笑)