LOVE TRAP 3

 

 冬の夜は長く、凍てつくように寒い。

 夜明け前、一際寒さ厳しく感じる時間。

 傍らに眠る恋人が寒さから逃れるように、室井の胸に身を摺り寄せてくる。

 頬をくすぐる柔らかな髪の感触に、思わず目を覚ました室井が見たものは、穏やかな顔で眠りつづける

青島の顔。

 幸せそうに。まるで、母親の腕の中で眠る子供のようにくつろいで。

 保護を求める子供のように、胸にすがり付いてくるように眠る彼を、そっと胸に抱き寄せる。

 穏やかな寝息が胸を掠める。重なり合った肌から伝わってくる鼓動と体温。

 触れた部分から伝わる熱が、室井の体と心をゆっくりと満たし、暖めてくれる。

「・・・ん」

 抱き締められた腕の力が自分で思ったより強かったのか、微かに身を捩り青島が目を覚ました。

「・・・すまん、起こしたか?」

「・・・ううん」

 室井の問いに微かに首を振り、ゆっくりと顔を上げる。

 長い睫の一本一本が確認できるほどの至近距離にある瞳が瞬き、微かな明かりを反射して琥珀色の

虹彩が輝く。

 寝覚めたばかりで焦点のあっていない瞳は、どこか情事の後の気だるさを湛えた瞳にも似て。

「・・・・・・むろいさん・・・?いま・・・なんじ?」

「ん?ちょ、ちょっと待てっ」

 ぼんやりと自分を見上げてくる幼子のような無防備な瞳に、体温だけではなく余計な部分の熱まで

煽られそうになり、慌てて枕元の目覚し時計に目をやる。

 二人の枕もとで一定の時を刻んでいたのは、今時主流のデジタルでも、電池で動くアナログ時計でもない、

昨今とんと見かけなくなった手動ネジ巻きタイプの骨董品だった。

 といっても最近流行りのアンティークなどと言う、洒落たものではない。紛れもない正真正銘本物の骨董品。

室井が学生時代、存命だった曽祖父から譲ってもらったもので、嘘かホントか、かの関東大震災もくぐり抜けた

時計らしいのだが、その当時針に塗られた蛍光塗料が存在していたとは思えないので、100%嘘だと室井は

思っている。

 ちなみにその曽祖父は数年前他界したが、その際には村を上げて『あと一週間で世界記録だったのに残念

だったね大葬式大会』が七日七晩にわたり、盛大に催されたという・・・。

 

 それはさておき。

 

 薄闇にぼんやりと光る針が刺す時間は6時前。起きるにはまだ少し早い時間である。

「・・・まだ6時前だ。起こしてやるから、もう少し・・・」

「ぐぅ」

「・・・・・・」

 眠っていてもいいぞ、と言いかけた室井の耳に聞こえてきたのは、既に二度寝を決め込んだ青島の鼾だった。

 人を起こしておいてのこの態度に、思わず起こしてやろうかと摘み甲斐のある鼻に手を伸ばしかけて、止める。

 ずっと忙しい毎日をおくっている青島。

 本庁のように華々しい事件を扱っている訳ではないが、強盗から夫婦喧嘩の仲裁まで住民に密着した

細々とした事件は数知れない。かつては『空き地署』と揶揄された湾岸署管内も、年々増える建物と新しい観光

スポットとして今や都内でも有数の事件多発地帯になりつつある。・・・もっとも、その原因の半分に、事件を呼び

寄せる男・青島の存在があることは否定できないが。

 何はともあれ、伸ばした腕を引っ込め、改めて眠る恋人の顔を見る。

 幸せそうに眠る顔に浮かんだ疲れの色。

 そういえば最近少し痩せたような気もする。きちんと測ったわけではないが、触り心地とか上に乗られたときの

感じとか、あれやら、これやら・・・。

 とにかく、最近彼が疲れているのは間違いない。

 にもかかわらず、昨夜も彼には無理をさせてしまった。

 もともと、そういう身体ではないのだから、する側よりされる側に負担がかかるのは当然である。おまけに、

やり始めれば一度ぐらいじゃすまないのも常であり・・・。

 結果、昨夜も随分長く二人で抱き合った。

「・・・すまないな」

 耳元に囁くように、こっそりと謝罪の言葉を呟いてみても、既に夢の中の住人である彼に届くはずもなく。

 逆に室井の囁きを鬱陶しそうに、更に深く顔を胸に埋めてしまった青島に罪悪感だけが積もっていく。

 邪な自分の想いに応えてくれた青島。

 その笑顔でいつも自分を癒してくれる。

 でも、自分は何一つ彼に応えてやれない。

「・・・・・・本当にいつもお前には負担ばかり掛けているな」

 そう思うなら、ちょっとはあっちのほうも控えりゃいいじゃないかとも思うのだが、何せ一度やりだしたら

止まらないエロ官僚。無邪気で可愛い恋人を目の前にして自粛しろと言うのは、時効数時間前の犯人を

逮捕するより難しい事であった。

 ならばせめて何か彼にお返しできればと考えてはみるものの、どういう形で返せばいいのか全く検討も

つかない。

 奥の手として、身体で返すという手もなくはないのだが、「それはちょっと嫌だな。やられるよりやるほうが

良いぞ」というのが室井の正直な気持ちであり、作者もできればそれだけは勘弁して欲しい。と、言うことで、

これも却下。

 結局他に何も思いつかず、迷うまま部屋に走らせた視線の先にあったのは、一枚のカレンダー。

 一年分の日付けが一枚のポスターに書かれたそのカレンダーのある一点に眼が止まる。

「そういえば・・・もうすぐバレンタインデーだと言っていたな」

 夕食のとき、近付くバレンタインに合わせ何かプレゼントをすると言っていた青島の笑顔を思い出す。

 その時は気恥ずかしさから、ついつい素っ気無い返事を返してしまっただけで終わったのだが、

考えてみれば自分が彼に何かプレゼントをしたことがあっただろうか?

 昨年の青島の誕生日もクリスマスも、忙しさに紛れ結局何もしなかった。

 土壇場で約束を反故されたにもかかわらず、気にしないでいいと笑ってくれた青島の笑顔が、

今更ながらに胸に刺さる。

 声も笑顔も何処となく淋しそうだった彼。

 イベントに拘る事は自分のカラーではないと思うのだが、いつも自分のせいで負担を掛けてばかりいる

青島に、せめて今度のバレンタインぐらいは何かお返しをしたいと思う。

 一体どんな物がいいのだろうか?

 青島が今一番欲しいと思うもの。

 青島にとって必要なもの。

 青島の役に立つもの・・・。

「う〜ん、何がいいのか・・・」

 時計にタバコにモデルガンに指輪にドレスに婚姻届。

 様々なものが頭を過ぎり消えていく。

「う〜〜ん、う〜〜〜ん」

 何がいいのかどんな物なら喜んでもらえるのか。

 どんな難事件も即解決・未来の警視総監殿の優秀な頭脳は、朝日が昇りきった後も延々とフル回転を続け…。

 結局その日、室井・青島の二人揃って大遅刻をしてしまい、青島は和久から、室井は部下の中野から

それぞれほどほどにしろと説教を食らってしまったという事である。

 

 

 さて。

 それから数日後。

 今日は恋に燃える乙女(他)にとっての一大イベントバレンタインデー。

 予てからの約束どおり、室井と青島も二人揃って有給をもぎ取り、甘ったるい一日を過ごしていた。

「室井さん、これ俺からのプレゼントです。・・・今ごろこんなの、って思ったんですが、まだまだこれから寒い日が

続くだろうし、室井さんに風邪なんか引いて欲しくないし・・・」

 そういって、はにかみながら青島が差し出したものはカシミアのマフラーと皮手袋だった。

「使ってもらえれば嬉しいなぁ・・・なんて」

「有難う。喜んで使わせてもらう」

 そういって、箱から取り出したマフラーを首に巻いた室井に、青島の笑顔も更に深くなる。

「お礼・・・と言うのも変だが、俺からのプレゼントも受け取ってもらえるか?」

「え!?室井さんからの?」

 贈ることは考えていても、贈られることは考えていなかったのだろう。差し出されたプレゼントを前に青島の顔が

驚きに染まる。

「気に入ってもらえると嬉しいんだが・・・」

「そんな!俺室井さんから貰うものなら何でも嬉しいですっ!ホントに有難うございます!!」

 少し緊張気味に差し出されたプレゼントを、笑顔を浮かべながら両手でそっと受け取る青島。

 青い包装紙に包まれた四角い箱は、驚くほど軽かった。

「開けてみても、いいですか?」

 控えめに尋ねてくる青島に、笑顔で頷く室井。

 この日の為に一週間。毎日仕事そっちのけで考え続けたあげく決定されたプレゼントとは・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・むろいさん・・・これって」

 包装を解いた青島の手が止まる。

 中から現れたのは、偶にテレビで見かけたりするあるものが一箱。

「お前にはいつも無理をさせてばかりだからな。これからの事もあるし、すこしでも役に立ってくれれば

嬉しいんだが・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 小箱を片手に俯いてしまった青島。

「如何した?」

 よく見れば、箱を持った手と肩が微かに震えていたりして。

「あおしま?」

「・・・・・・・・さんの・・・」

「何だ?聞こえないぞ」

 震えたまま、小さな声で何かを呟く青島。しかしその声はあまりにも小さく、聞こえ辛く。

「・・・・・・むろいさんの・・・」

「んー?なんだって?」

 恋人の声を聞きのがすまいと、身を乗り出す室井。そしてその距離が唇が触れ合うほど近付いた、まさに

その瞬間。

「室井さんのバカ――――――――――っ!!!!!!」

「ぐあっ!!」

 

 青島、渾身の左ストレート炸裂。

 室井は東京湾の水平線に輝く星になった。

 

「室井さんなんて、だいっきらいだー―――!ぅわ――――んっ!」

 貰った小箱片手に泣きながら実家に帰った青島の背後で、点けっ放しのテレビから流れているのは小箱と同じ

商品のCMで。

『ぢ、にっ〜は、ボラギ○ォールぅ〜〜〜♪』

 毎度お馴染み、永遠普遍のフレーズが辺りに能天気に響きわたっていた。

 

 

 さてさて。

 その翌日。警視庁のある一室で。

「・・・・・・如何したんですか?その顔」

 目の周りに青痣作り、まるで狸の置物のようになっている室井を部下の中野が興味深げに眺めている。

「・・・・・・・・・ちょっとした見解の違いだ」

「はぁ・・・?」

 何がなんだかよく解らんと、首を捻りつつ通常業務を始めた中野を横目に見ながら盛大な溜息を一つ。

 結局あの後、気がつけば青島は実家・・・もとい自宅に帰ってしまった後だった。

「何が悪かったんだろうなぁ・・・」

 昨夜の出来事を思い起こして、青島の怒りの原因を考えるのだが、これと言って思い当たらず。

「プレゼントが良くなかったのかもしれないなぁ・・・」

 どう考えても原因はそれ一つしかない。

 と、いうかそれのせいに決まりきっているのだが。

「やっぱり、『止まって治す○リザS』のほうがよかったんだろうか?」

 

 

 

 ・・・どうやら、答えは永遠に出せそうも無いようである。

「室井さんの大ボケ野郎――――っ!!!」

 

 

終る!(逃)

馬鹿話第三弾。

ははははははは(乾笑)

少し早めのバレンタイン『LOVE TRAP』ばーじょんでした♪

室井さん…オオボケ(涙)

ごめんね〜〜;;ホント何書いてんだか(滝汗)

どうやら人間まともに食事しないと、

頭までおかしくなるらしい。

…え?それは元から??