LOVE TRAP 6
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こざっぱりとした人工空間。個性を排除し画一化された室内は、カタログ雑誌の見本の如く美しく
無機質で…冷たくて。だが生活空間というには相応しくないはずのその空間は、逆に規律と古い常識に
凝り固まりすぎた警察庁の官舎にはあまりにも相応しすぎて…。
閉ざされた空間。周囲から隔離された冷たく狭い部屋の中。染み一つない天井と壁に阻まれた
空間に満ちる張り詰めた空気。細いガラスの糸を張り巡らせたような…厳冬の雪山の、肌を切り
裂く冷風にも似た、その空気の中に身を置く二人の男。
寛ぎの空間の中においても、真っ直ぐに伸ばされたままの背筋とくっきりと刻まれた眉間の皺。
緊張と深い思慮を漂わせた瞳が見詰めているのは、己の目の前に座るもう一人の男。
正面に座る男は、自分を見る全てを見通し突き刺すような鋭い視線にも怯むことなく、同じく己
の目の前に座る男を悠然と見返している。張り詰めた緊張感を漂わせるもう一人の男とはまるで対
照的な大らかな雰囲気。だが、そのゆったりと寛いだ姿からは不似合いなほど挑戦的な輝きを誇り
高き野生の獣のような琥珀の瞳に宿していた。
「…室井さん」
「……」
只ならぬ緊張感を含んだ低い声が、目前の男―室井の行動を促する。その声に誘われるように、
相変わらず挑むような強い瞳を向けている男―青島に手を伸ばす。
鍛えられ引き締まった体とは不釣合いな細くしなやかな指が、青島の端正な顔に触れる寸前、
ぴたりと止まった。その瞬間、絡み合う二人の視線。
一瞬の、しかし永遠とも思われる攻防の後、室井の指がゆっくりと下方に伸ばされる。だが目的
のものに触れる直前、再び躊躇する指。伺うように見上げた青島の瞳が微かに揺れた。挑む様に見
詰めていた琥珀の瞳に宿った一瞬の戸惑いを室井はしっかりと捕らえていた。
動きを止めていた指が再び動き出す。今度は躊躇う事無く目的のものに伸ばされる指。しなやか
な、獲物を絡め取る動きで目的のものを捕らえた瞬間、青島の体が微かに跳ねた。
室井の変わらない表情の中で、唯一漆黒の瞳だけが獲物を捉えた悦びを顕にする。
三度絡み合う視線。室井とは対照的に、不安と戸惑いに揺れている青島の瞳。
その瞳を見た瞬間、室井は己の勝利を確信した。
摘み上げる指に力をこめる。
青島の瞳が更に大きく揺れる。
室井の指に込められた力の大きさを感じ、絶望が青島を包み込む。
このまま屈服させられるのか。
湧き上がる屈辱感に、握り締めた拳に力が入る。無意識の内に室井の手から逃げようともがく。
だが、そんな青島のささやかな抵抗など室井には通用しなかった。
先端を摘み、最大の力をこめて抜かれる。
「……!!」
この瞬間、青島は室井の手管に堕ちた。
大きく反応した青島を面白そうに見詰める漆黒の瞳。
手の中に収まった白いものに目を落とし、自分の判断が正しかったことを確認する。
屈辱に歪む青島の目の前に、たった今手にしたものを見せ付ける。
「……」
「……」
勝利の確定。
室井の固く結ばれていた唇が、にやりと笑った。
「ああ――――っ!!ちくしょ――っ!!!」
「俺の勝ちだな」
ふふふん♪と得意げな笑顔を向ける室井を見た青島の口から、心底悔しそうな声が雄叫びが飛び
出した。同時に手元にたった一枚だけ残っていた白いトランプがテーブルの上に放り出される。
綺麗な放物線を描いて青島の手から離れたのはトランプのジョーカー。いわゆる「ババ」である。
ちなみにこの単語を女性の前で発音するとき、決して語尾を延ばしてはならない。特に某所轄署に
勤める盗犯係の巡査部長の前で発音するときは要注意である。万が一語尾を延ばし、命の危険が
降りかかることになってもそれは自業自得であるからそのつもりで。
…などということは一先ず置いといて。
さてさて。のどかな初夏の昼下がり。
大の男が二人、部屋に閉じこもって一体何をやっているのだろうか?
きっかけは本日の午前中。いつものとおり休日を室井宅で過ごしにやってきた青島が偶然一組の
古いトランプ見つけたことだった。
それは室井が昔、上京する際に特に邪魔にならないだろうと、荷物に紛れ込ませ実家から何となく
持ってきたトランプであった。上京後の慌しく過ぎていく月日の中で、いつしかその存在を持ち主に忘
れられていたトランプだったが、掃除のついでに冬用衣装を片付けようと押入れを開けた青島によっ
て永い眠りから目覚めることが出来たのだった。
最初は古びたトランプを前に、懐かしい故郷を思い出した室井の話を楽しそうに聞いていた青島だ
ったが、やがてそれだけでは物足りなくなり、どうせだから何かゲームをやろうという事になった。
とはいえ、二人でできるトランプゲームなど限られている。加えて子供の頃から純粋無添加日本男児の
室井がポーカーやブラックジャックなどといったハイカラ(死語)なゲームを知っているわけもなく。
結局お子様からお年寄りまで、何処でも誰でも楽しめる単純明快な「ババ抜き」をすることになったの
である。
とはいえ男二人でするババ抜き。ゲームそのものが単純なこともあり、そんなに盛り上がるものでは
ない。せっかくだから…とゲームを提案した青島も、青島の言葉にのった室井もどうせすぐ飽きるか
らと二、三度やって止めるつもりだった。
だが、それは間違いだった。
勝つか負けるか。たった一枚のババを巡って繰り広げられる駆け引き。単純だからこそ逆に奥が
深かったりするわけで。
以外に単純だった二人は、あっさりと、もうこれ以上無いというほどババ抜きに填まってしまった。
「ちくしょ――っ、今度は負けませんからね!!」
「何度やっても同じだと思うけどな」
「そんなことないです!現にさっき負ける前は、俺の3連勝だったんですからねっ!」
「その前に4連敗したのは誰だったかな?」
「…うっ!そ、それは…」
不敵な笑みでカードを切る室井。その顔を見ている青島の負けず嫌いな性格が、めらめらと燃え
上がる。
「大体お前は単純なんだ。相手にいかに悟られないようにババを渡すか、その辺の駆け引きという
ものが全く出来てないんだ」
「…その単純な俺から、何度も何度も何度もババを引いているのは、何処の何方なんでしょうね?」
「……」
「それに駆け引き駆け引きって言いますけどね、常日頃から現場を駆け回っている刑事のカンを
侮っちゃいけませんよ」
挑発的な青島の台詞に、室井の不屈の闘志が、これまためらめらと燃え上がる。
「…確かにお前のカンには侮れないものがあるな。だが、本当に大切なのは膨大な量の情報をいか
に整理分類し、正しい答えに導いていくかなんだ。カンばかりに頼っていると、いつまで経っても俺に
勝つことなんてできないぞ」
「そんな事はないです!室井さんこそ書類上のデータとか聞きかじりの情報ばかり相手にしてるか
ら、いつまで経ってもがちがちの古くさい考えから抜けきらないんですよ」
「古くさいとはなんだ。カンばかりにたよっているお前のほうこそ、古くさいを通りこして原始的な考え
だとは思わないのか?」
「原始的ってことはないでしょ!そんなこと言ってるからジジくさいって言われるんです」
「ガキにジジイと言われたくないぞ」
「誰がガキですか、誰が」
「お前こそジジイって誰の事だ」
「……」
「……」
再び緊張に張り詰めていく部屋の空気。室井が無言で手の中のカードを配り始める。
「どうやら、どちらが正しいかはっきり決着を着けなければいけないようだな」
「そうですね。徹底的に叩きのめして俺が正しいことを証明して見せます」
「やれるものならやってみろ」
「そっちこそ後で泣いたって知りませんからね」
積み上げられたカードの山をそれぞれ手にし、再び睨み合う。
人生目標は遥に高い衛星軌道。こうと決めたらとことん突き進む頑固者と、例えどんなに打ちのめ
されようと、己の信念を曲げる事無く貫き通す強情者が二人。おまけにどちらも半端じゃない負けず
嫌い。しかも似たり寄ったりの単純人間だったりするから、さぁ大変。
勝つか負けるか。ルールは簡単。たった一枚のカードが全てを決める。
果たして勝つのはどちらだろう?
青島の野生のカンか室井のデータ分析処理能力か。
なお余談ではあるが、室井の脳にインプットされている青島に関するデータは警視庁のコンピュー
ターに収められているものを遥かに凌駕し、青島に対する行動分析能力は某軍事大国の戦略コン
ピューターを遥かに凌駕するといわれている。
等と言っているうちに、睨み合う二人の緊迫感が頂点に達した。
「勝負です!」
「望むところだ!!」
燃えあがる闘争心。湧き上がる勝利への執着心。ババを含めた53枚のトランプを巡り繰り広げられる
壮絶な攻防戦。
無限に…というより無駄に湧き上がるやる気を垂れ流し、燃える闘志を燃やしすぎて灰にしつつも、止
められない止まらない二人の男。
そんなやる気があるのなら、少しでも世の為人の為に使えば良いのに…。と、二人に突っ込みを入れ
るものなど勿論いない。
たった一枚のカードを巡る男と男の無駄に熱くるしい闘いの火蓋が、再び切っておとされた。
…やれやれ。
「おっはよー!」
「おはようございます、すみれさん」
爽やかな朝に相応しい爽やかな挨拶が広い刑事課にこだまする。その爽やか笑顔のすみれに
引き摺られている独りの男。
「お、すみれさん朝から同伴出勤かい?」
「いやぁねぇ、和久さんったら♪電車の中でちょっと痴漢にあっちゃって現行犯で逮捕しちゃっただけ
ですよ」
「そりゃ…災難だったなぁ…」
犯人が。
とは、流石に口に出さず、ボロ雑巾の様に引き摺られて行く痴漢をそっと見送る。
隣りの真下は、そっと十字をきっていた。
ここはいつもの湾岸署。
相変わらず何がそんなに忙しいのか朝からバタバタと忙しい署内の中で、ふと何か物足りなさを感じた
すみれが和久に問いかける。
「あら、青島君は?」
「あいつならまだきてねぇぞ」
「えー、また遅刻!?」
不満そうに顔を歪めたすみれだったが、ふとあることに気がつき不満顔を笑顔に変えた。
「そっか、青島君昨日は室井さんのところだったのよね」
「そうです。久し振りに重なった休日ですから。今日の遅刻は仕方が無いですよ」
笑顔でそう言ったのは雪乃で、その笑顔の意味をしっかり汲み取ったすみれが納得したように
何度も頷く。
「そう言うことなら仕方が無いわね。青島君には後でペナルティとしてお昼奢ってもらうとして…。
でも相変わらずラブラブな二人よねぇ」
「そうですね。いまだに新婚気分なんですもん。呆れるを通り越して感動しちゃいます!」
「ほーんと、感心するわ。…で、その二人なんだけど、昨日はどれくらいだったのかしら?」
「そうですねぇ…。一昨日の夜からだと考えて、室井さんの体力を考慮するとざっとこの程度かと…」
「青島君の限度を考えてもそれくらいが妥当かしらね」
何やら計算機と怪しげなメモ片手に話し込むすみれと雪乃。
一体なんの話やら。大方の話の予想はついていても二人の暴走を止める事の出来るツワモノなど
この湾岸署には存在しない。只独り、捕まって引き摺られたままの痴漢が、女性恐怖症に陥りながら
自分の行ないを激しく反省し、二度と女性には近づかまいと、心の底から誓うのであった。
そして、その頃の噂の二人は。
「………ふっふふふふふふ。今度は俺の勝ちですからね…」
「………ふふふふふふふふ。次は俺が勝たせてもらうからな……」
爽やかな朝の光が差し込む室内で、目の下にくっきりはっきり隈を刻んだ男が二人。
聞いた子供が間違いなくひきつけを起こすような声で、これまた心臓が弱い人間が見たら速攻天国行
きというような壮絶な笑顔で笑い合いながら睨み合っていた。
通算成績49勝49敗。
どうやら勝負の決着はまだ着いていないようである…。
終!
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馬鹿話第6弾。
延々とババ抜きをやってるだけの二人でした!
やってるだけと聞いて、あやし〜いことを想像したそこの貴方♪
残念でした♪はっはっはっ(殴)
元ネタは放送中のドラマ「R−17」で
主役の中谷美紀と桃井かおりがやっていた「二人ババ抜き」です。
ぼんやりとTVを見つつ、もし室井さんと青島君がババ抜きやったらどうなるのかな〜。
なんて…。相変わらず腐ってますね(大汗)