天国のママンが、いつも言っていたわ。
自分の前に壁を感じたときには、海を見なさいって。

早朝の海は、きらきら朝日の粒を波の上に漂わせていた。
波と一緒に私も揺れた。
磯の香りがした。
深く、深く息を吸い込んだ。

「壁、壁って何だ?」
なんで私はそれを感じたんだろう?
なんで私は、ここにいるんだろう?

浜辺で石を投げている少年に出会った。
ポケットに入れた小石を、繰り返し繰り返しサイドスローで投げていく。
石がなくなって、立ち去る前に、少年は言った。
「お姉ちゃんにも、これあげる」
手のひらの石は、平たくてすべすべしていた。

ああ、そうだ、海に向けて石を投げるように、自分の気持ちを投げてみればいい。
いや、何も投げる必要もなかった。
驚くことに、それについて考え始めた瞬間、自分の中に詰まっていた苦いこだわりは、すでに彼方に飛んでいた。

立ちはだかるものがない場所では、自分の中にあるものが引き出されるだけ。
そうか、いつも自分の中からなんでも引き出すようにすればいい。

鞄の奥のピンクの封筒を確かめて、もう一度それを大事に仕舞った。

もともと、壁なんかどこにもなかった。
ママン、私たちは、みんな海からやって来たんだったね。


(2004.8.28)