会話


男は、いばらで縛られていた。
動こうにも動けない。
心は、暗闇にとざされていた。

あるとき男の前に、一人の女があらわれた。
女には、影がなかった。
男は、不思議に思って、たずねてみた。
「おまえは誰?何故、おまえの後ろには影がないのか?」

女は、答えた。
「わたしのことは、あなたが一番よく知っているはず。何も考えずに、わたしの話を聴いて。」

男は、不審に思って、すぐには心をひらかなかった。

女は、続けた。
「誰かを傷つけずには先へ進めないと、そう思うのなら、もう、すでにあなたが傷ついている・・・。もういいのよ。それ以上苦しまないで。
あなたは、勇気をもって、先に進むといい。それで誰かを傷つけたとしても、それ以上の大きな思いやりを自分の中に育てればいいから。」

男は、ふいをつかれた。
ひそかに痛みを隠していた、昨日までの自分を、みすかされた驚きで声が出なかった。

見ると、女は目に涙をためて、男をみつめていた。
「あなたに出会えてよかった。わたしたちは、こうして、やっと互いに
語り合うことができるようになったのです。」

男は女の声に、懐かしいものを感じていた。
ずっと前から知っていたような。
「もうひとりの自分――きっと、そうなのだ。」

そう感じたとき、男のいばらは、解けて、ちらばった。
女の姿も消えた。

男は、かなしみを正面から抱くことができるようになっていた。
光の粒が、かなしみをつつんでいた。


(2002.2.28)