アブ・カーディナル44
・・・漁師のためのリール

 以前勤めていた会社に、Mという男がいた。

 Mは根っからの釣り師で、北大水産学部に通った5年間、ルアーでイトウやアメマスを釣りまくってきた。Mは魚を釣り上げることに大変な執念を持っていて、掛けた魚は絶対逃がさなかった。キャッチ&リリースも信奉していないし、バーブレスフックも使わなかった。

 Mがルアーをやるのは、最も効率がいいからだ。素早くポイントを探れるルアーは――特に北海道では――いちばん機動的で、エサ釣りよりも魚を効率的に掛けられるというのである。

 そんなMに言わせると、フックをすべてバーブレスにし、魚は100%リリース、しかも春になると釣れもしないサツキマスを釣りに長良川へ真夜中から通う僕は、釣れない釣りに快感を覚える“マゾ釣り師”だった。



 そんなMが愛用していたのが、アブのカーディナル4だった。

 70年代のアブは、ベイトのアンバサダー、スピニングのカーディナル、スピンキャストのアブマティックと、“三冠王”だった。このカーディナルシリーズのうち、スウェーデン製インスプールモデルの最後期型が、ベージュ色のカーディナル4である。

 Mの年間200日にも及ぶ釣行を支えたカーディナル4はかなり年期の入った一品だった。

 まず感心したのはギアシステムの強さである。5年――通常の釣り人なら倍以上に相当する内容だ――に及ぶ酷使にもかかわらず、その滑らかさは全く損なわれておらず、各軸受けにも一切のガタはない。北海道の寒さ対策に、冬場はグリスを除去し、スプレーオイルだけを使っていた(!)というのに、その影響も全く見られなかった。

 さすがにベイルスプリングが1回折れたが、両方のべイルヒンジに1本ずつ、計2本使われていたベイルスプリングのおかげで、釣りに支障を来すことはなかったそうだ。

 下手なリールを買って故障して買い替えるより、カーディナルを1台買うのがむしろ経済的だとMは言っていた。当時の国産品のレベルから言えば、全くその通りだと思う。

 Mはカーディナル4をこう使う。

 ストッパーはいつも掛け、ドラグはめいっぱい締めておく。ストッパーを掛けるのは、そのラチェット音でリーリングのリズムをつかむのと同時に、フッキングを確実にするためだ。ドラグをめいっぱい締めるのも、確実に魚のアゴにルアーのフックをたたき込むためだ。

 それではラインが危険かというと、そんなことはない。フッキングした魚が大きく、ラインが危険な時は素早くドラグを緩める。この動作がとっさの場合にも確実に行なえるのは、カーディナルだけだ。カーディナルのリアドラグノブは単にリールの後端に付いているのではなく、斜め下にオフセットしている。これが実に具合がいい。しかもノブを締め付ける感触と、ラインにかかるテンションがうまく一致している。人間の手の動きと感覚を研究しつくしているのだ。

 ストッパーも、ドラグをいっぱいに締めたフッキングにもびくともしない、強力なものになっている。しかも当時としては異例に遊びが少なく、これも確実なフッキングに貢献する設計だ。

 こうしてみると、カーディナルは、真の意味で実釣的なリールだと言える。道具とはこうあるべきだという主張を持っている。



 僕はカーディナル44を持っている。Mのカーディナルとは色違いなだけで、ほぼ同じリールである。これは、90年代初めに、オリムピック(現マミヤOP)がアブに再生産させたものだけど、とてもしっかり作ってあって感心する。オリムピックはこういうクラシックリールをカタログなどで「レプリカ(複製品)」と言っていたけれど、とんでもないと思う。こいつは本物のアブ・カーディナルだ。

 けれども僕のカーディナル44の出番は少ない。しみじみと釣りたい時にはミッチェルを使ってしまうし、新しいものを使いたい時には、国産品の出番になる。中途半端なのである。ミッチェルほどの素朴さ、暖かさはないが、やはり現代のリールにはかなわない。

 そして、やっぱり、カーディナルの持つ主張が僕のスタイルに合わないのだ。カーディナルの、魚を掛け、ランディングするまでの徹底した合理性は、とても冷たく寂しいものに感じられてしまう。相手はたかが魚、そしてこちらは人間じゃないか。もっとおおらかに、キャスティングからランディングまでを楽しめばいいと思う。

 でも、この違いは決して悪いことじゃない。道具に必要なのは設計者の主張だ。カーディナルには、それがある。

 翻って、現在の国産リールである。回転性能など、機械的洗練度は、飛躍的に向上している。しかし、カーディナルのような、強烈な個性と主張は、彼らの中にあるだろうか。

(週刊釣りサンデー2000年11月5日号より)

【筆者による6年後の解説】

■6年前、はじめて雑誌連載になったシリーズの第1回です。

■ここに登場するカーディナル4とは、80年代のアウトスプールではなく、ベージュのインスプール。いま売られているカーディナル3の兄貴分に当たります。

■「M」の年間釣行回数200日は延べ釣行回数です。だから丸200日釣りをしていたわけではありません。それにしたって、このペースで5年使ってやっとベールスプリングが1本折れただけなのですから、普通の人ならまずこのリールを壊すのは不可能ということです。

■89年の33に関してはベールスプリングの巻き数が減らされていて耐久性が損ねられていましたが、それ以外の3や33はそのようなことはないはずです。44に関しては当サイト「Broke? Broken?/ベールスプリング2」の応力計算より、90年復活版も巻き数は変わっていないと判断されます。

■いまどきのリールのようにころころモデルチェンジしてしまえば、悪いウワサも旧型といっしょに葬り去れるのですが、ロングセラーや復刻版は一時期の不具合がすべてのものに当てはまるかのように言われていることがあります。だからロングセラー製品ほどその評判を見極めるのが難しいと言えます。でも、それをわかっていない人がメディアでモノについて語ってはいけませんね。まして某誌のように33と44を混同するなんて・・・。

■「オリムピック(現マミヤOP)がアブに再生産させたもの」と書いていますが、実際そうだったかどうかは知りません。たまたまアブが復活させた時期が一致したのかもしれません。

■掲載時のサブタイトルは「主張が伝わる逸品」。「漁師のためのリール」は「M」がいかにも漁師な奴だったのでつけたのですが、やっぱり違和感があったらしく編集部で変えられました。

■カーディナルが「冷たく寂しい」かというと、そんなことはないでしょうね。ミッチェルに比べちゃうといかにも優等生然としたところなんかが当時の私には気に入らなかったのと、一般に名機と言われているものをちょっと皮肉な見方をして独自色を出してやろうてな意識が働いたのでしょう。つまり私はへそ曲がりだということ。

■魚を釣るための「徹底した合理性」と書いてますが、あの低効率ギアひとつとっても、むしろ合理主義とは反対のものがあるかもしれません。

■そもそも「M」式の使い方が設計者の想定した使い方かどうか、私は知りません。33や44はストッパーの切り替え力がかなり軽く、中指を伸ばせば“ミッチェル式”の使い方もできます。特に掛けっぱなしにして使うものとは考えてなかったかもしれません。実際のところはどうなんでしょう。

■それにしても小型の33はともかく、44は用途を考えたらあのギア効率(およびそれを考慮していない短いクランク)はないだろという気がします。私の44がボウズ続きなのは知らず知らずリーリングスピードが変わるからかも。

■そうそう、表紙に関連してもう一点、「ハンドルが上にあるとキャスト時ベールが返る」なんて馬鹿なリールはインスプールにはありません。むしろ馬鹿でかいゴリ巻きウッドノブの付いた一昔前の国産アウトスプールモデルの話でしょう。それにしたって、まっすぐロッドを振っていればそうそうトラブルは起きないはずです。