アブ・カーディナル800
釣り好きはいるか?


「これ、どうやってサミングするんですかあ?」

 26年前のフィッシングショーで、僕はカーディナル800を手に、発売元であるエビスフィッシングの説明員を問い詰めていた。

 カーディナル800は奇抜なデザインに新機構を満載し、日本のアブファンに賛否両論を巻き起こした問題作である。僕は特にアブのファンじゃないけれども、気に入らなかったのは、反時計回りに回る逆回転ローターだった。どう考えたって使いやすいはずがないと思ったのだ。エビスの説明員は申し訳なさそうな顔をして、人差し指の背でサミング(フェザリング)する手付きをしたものだ。

 人生は何が起こるかわからない。僕はその5年後、逆回転ローターを発案した人に出会うことになる。埼玉にあった日吉産業というリールメーカーの、原氏という日本人だった。

 80年代のアメリカ市場では、ベールをワンタッチで開くトリガーがスピニングの標準装備になっていた。写真の800にも付いているが、ベールアームのところのトリガーを引くことで、ベールをオープンするのである。トリガー付きのリールには、ローター1回転に1ヶ所しか掛からない特殊なストッパーが採用されていた。ロッドを構えてハンドルを逆転させると常に手前にラインが止まる。そのままラインとトリガーを引けば、ベールが開いてキャストに移れるわけだ。

 原氏はこのタイプのストッパーの遊びを嫌い、通常のストッパーでトリガーを使えるようにできないかと考えた。そうして生まれたのが逆回転ローターのアイデアだった。これなら巻きながら人差し指を出すだけで、ラインとトリガーが指に掛かってくる。原氏は真夜中のホテルのプールにアブのプロダクションマネージャーを連れ出し、時計回りのローターを持つトリガー付きスピニングを左投げ右巻きさせ、このアイデアを売り込んだのだった。アブはこの機構のパテントを取った。

 僕が実際に800を手にしたのは、21世紀になってからだ。しかし、残念ながら26年前の僕の印象は正しかった。逆回転ローターはまったく使いやすいものではなかったのだ。

 原氏はフィールドテストで1日中キャストを繰り返すなど熱心な技術者ではあったけれど、趣味で釣りをする人ではなかった。しかも原氏によると、当時のアブに釣りをやり込んでいる人はほとんどいなかったという。もしアブに釣り好きがいたならば、逆回転ローターは製品化されなかっただろう。

 翻って現在のカーディナルである。いま日本で一番評価されているカーディナルは33と3だ。30年以上前のモデルが評価されるのはたいしたものだが、旧モデルより現行品の陰が薄いのもどんなものかと思う。

 アブが名門として復活しようとするならば、自らにこう問うてみることだろう。

 釣り好きはいるか?


(こっそり書き足す筆者の解説および昔話)

■鱒の森の連載「Reel The Reel」の幻の第2回です。終了の理由はご自由にご想像ください。

■あれは高校の2年か3年だったと思いますが、静岡でフィッシングショーがありました。冒頭は、そこに(学生らしく)普通電車で行ってあちこちのブースを回ったときの話です。他にもカーディナルC3/C4のデザインが気にいらんとか言いたい放題言った記憶があります。

■関係ありませんが、いまシマノはフィッシングショーでスカッとしたシャツなどを着ていますが、当時は水色のはっぴでしたね。いかにも大阪のメーカーやなあと思ったものです。

■アブに釣り人がいなかったという話ですが、原氏によると800に続いて出た600に採用されていたベイトランナーについても、当時のアブにもデザイン会社・ヘンリードレイファスにも明確な使用法を説明できる人はいなかったとか。

■ベイトランナーとは、ダイワでいうコイクラッチとかアオリクラッチです。リールにしたのはシマノが先で、国内ではトライトンシースピンというリールにノガサンレバーだったかニガサンレバーだったかという名前で採用されました。本来スプールをフリーにして魚にエサを食い込ませる機構ですが、当時そういう使い方は日本になかったので、営業企画が知恵を絞り、ヒラマサに竿を締め込まれたときベイトランナーレバーでラインを送って体勢を立て直すという使い方を提唱(?)したのでした。

■ベイトランナーは欧州のカープフィッシングなどで好評だったのですが、実はダイワ先生が特許を先に取得されておられまして、日本で作れなくなってタイの五十鈴で組んだりしていました。他にもウォームシャフト平行巻きの配置やレバーブレーキなど、ダイワさんにはかなり特許でいじめられたものです。

■話を戻すと、その(本来コイ釣りなどに使う)ベイトランナーが、たしか最小モデルにまで採用されていたのですから、80年代のアブってすでに変になってたんでしょうね。釣り好きどころか釣りを知ってる人もいなかったのです。

■「釣り好き」といってもどんな釣り好きかが難しいところでしょう。たとえばリールのレッグを小指と薬指で挟み、ベールを左へ開いて投げる人がいます。釣り人としてはエライんですよ。重量バランスの悪さや人差し指の届きにくさを持ち方でカバーし、ローターブレーキなしでもフェザリングできる方法を編み出してるわけですから。

■でも、メーカーの人がこれじゃあ困ります。人間がリールに合わせちゃってるわけですから。

■契約プロがたくさんいればいいかっていうと、あんまり期待しないほうがいいでしょうね。往々にして釣りのエキスパートは魚を釣ることが第一で、そのためには上に書いたみたいに使いにくいリールでも使い方を変えて対応してしまいます。私なんかは90年代初めスピニングリールに瞬間ストッパーが採用され始めたころ「使いにくい、とんでもない」と思いました。でも、98年のシマノフリクションベールまでこの状況は放置されました。この間この問題を指摘したテスター、アドバイザーはいたのでしょうか?

■そうなると、やっぱりリールの機構を理解しつつ、基本の使い方を押さえ、自らも釣りをする人が社内にいないとダメなのです。アメリカのアブのHPを見るといっぱいバスプロがいるみたいですが、それだけではダメなのです。

■もっとも、釣りとリールが好きでも、考え方が妙に凝り固まっているわ、論理的な思考はできんわ、機械化卒のクセに材料のことは知らんわ図面もろくに描けんわという、私のような人が一番困るのはいうまでもありません。オチにもならんな・・・。