フィッシングタックルの現象学
第25回特許と名前

以前この連載でも取り上げたが、ミノープラグの重心移動機構が普及したのは、K-TENシステムの特許を持っていたタックルハウス社が他社に対して寛容な対応をとったからだといわれている。このように特許は市場の商品にさまざまな影響を与えてきた。リールやロッドの特許にかかわる話をいくつか紹介しよう。


本文には登場しないが、スピニングリールに当たり前に付いているベイルも、1954年まではイギリス・ハーディー社の特許になっていて、他のメーカーは使用できなかった。特許は市場にさまざまな影響を与えてきた。


作ってなくても特許

 釣り具の世界に限らないが、ある時期突然各社がいっせいに同じような機構の付いた製品を発売することがある。最近はアイデアが出尽くした感があるが、現在のリールに当たり前に付いている機構の中にもそうしたものがいくつかある。

 昔のスピニングリールはベイルのスプリングがよく折れたものだ。特にアウトスプール初期のものはルアーフィッシングに使ったら1シーズンももたないものもあった。これが解消されたのは80年代中ごろ、圧縮コイル式のベイルスプリングが採用されるようになってからだ。同じころ、ベイトキャスティングリールに電磁ブレーキが採用されるようになった。それまで採用されていた遠心ブレーキに対し、ダイヤル調整でルアーに合わせてブレーキ力が変えられる画期的なものだった。

 日本において、前者はDAIWAトーナメントSS、後者は同ファントムマグサーボが最初に採用したのだが、すぐ各社から同様の機構を付けたリールが次々に発売された。一見すると他社がDAIWAのマネをしたみたいだが、それにしては開発期間が短すぎる。つまり事実上ほぼ同時にすべてのメーカーが同じ機構のリールの開発を進めていたことになる。

 なぜこういうことが起きるのだろう。理由は特許だ。圧縮コイル式のベイルスプリングも電磁ブレーキも、海外の会社が特許を持っていて、使いたくても使えなかったのである。それはそれで仕方がないのだけど、実はこれらの特許を持っていた会社はリールを作っていなかった。特許料を取ってやろうと、どこかが地雷を踏むのを待っていたのである。そのおかげで世界中の釣り人は、長年にわたって突然のベイル故障で休日を台無しにされたりバックラッシュに泣いたりしていたわけだ。なんとも罪深い話である。


駆動系の耐久性が高く、現在も使っている渓流アングラーが少なからずいるカーディナルC3は、ベイルスプリングがアキレス腱。このリールのころはリールを作っていない会社が所有していた特許のために長寿命スプリングが使えなかったのだ。C3とそのオーナーもこの特許の被害者といえる。

逃れるために四苦八苦?

 昔シマノにニューBMというベイトリールがあった。シマノが世界で最初に作った非円形ベイトであるBMシリーズの復活モデルだったのだが、復活が早すぎたのか価格が高かったのか不発に終わった。ところが各釣具店が価格を下げて在庫を売り払ったところ、実際に使った釣り人から「これはいい!」という声が上がって催促のファックスが営業所から本社に続々入ってくるということが起こった。

 その理由は、ニューBMが遠心ブレーキと電磁ブレーキを両方採用していたからだった。遠心ブレーキは、キャストフィールはいいものの微調整ができない。電磁ブレーキは、微調整は利くもののキャストフィールが悪い。じゃあ両方付けたらいいじゃないかというのがこのリールだったのである。しかし、この機構がその後のシマノリールに採用されることはなかった。発売時にわかっていたのか後から判明したのかはわからないのだが、じつはこの方式はDAIWAの特許だったのだ。

 ニューBMは国内限定の復活モデルだったのと売れなかったのとで問題にはならなかったのだが、その後アブ・ガルシアがアンバサダー3000Cという遠心・電磁併用タイプのリールを出した。このリールはリールのメイン市場であるアメリカをにらんだものだった。そこでアブ・ガルシアはどうしたか? 3000Cには遠心ブレーキのブロックが取り付けられておらず、ブレーキブロックは袋に入れてリールの小箱に同梱されていた。そして取扱説明書には「遠心ブレーキを使うときは同梱のブレーキブロックを取り付け、電磁ブレーキを確実に0にしてください」と書かれていた。つまり、遠心ブレーキと電磁ブレーキを併用するのではなく、その日の気分でどちらか片方だけを使うもの、ということにして特許をかわしていたのである。



遠心ブレーキと電磁ブレーキを併用した、シマノ・ニューBM-1(左)とアブ・ガルシア・アンバサダー3000C(右)。この方式はDAIWAの特許だったため、3000Cは遠心ブレーキと電磁ブレーキを別々に使うという建前で特許をかわそうとしていた。

SCTの法則

 商品の名前は大切だ。だから釣り具メーカーに限らず、企業はあらゆる名前を商品名に使うために登録している。そのため現在では名前らしい名前はことごとく登録されてしまっている。特に英語名は枯渇してしまったとみえ、シマノのステラ(STELLA)、DAIWAのセルテート(CERTATE)はいずれもラテン語で、それぞれ「星」と「競技」の意味である。

 インターネットでアメリカのシマノサイトを見ると、リールやロッドに国内向けとは違う名前が使ってある。しかし、そのほとんどは辞書を引いても出てこない。すべて作った単語なのだ。80年代の終わりころ、リールの名前を付け直そうということになったのだが、名前という名前はことごとく登録されていた。そこで、コンピューターにアルファベットをランダムに並べさせてこの世にない単語を作り、そこから語感のいいものを選んで登録したのである。

 トヨタがカローラ(CORLLA)やクラウン(CROWN)などCで始まる名前を登録しているのは有名だが、このときシマノは、スピニングはS、ベイトキャストはC、海の大物用はTで始まる名前を登録した。国内トラウトタックルのブランド・カーディフ(CARDIFF)も米国ではこの法則にのっとって、ベイトリールの名前になっている。


シマノのアメリカ市場向けモデル。STRADICもCHRONARCHも辞書に載っていない。どちらも最初のアルファベットを決めておいてコンピューターで作った名前だからだ。名前という名前がすでに登録されているためである。

日米市場で痛み分け

 80年代のアメリカで流行った機構にワンハンドキャスト機構がある。ロッドを持つ手だけでスピニングのベイルをオープンしたりベイトリールのクラッチを切ったりする機構である。

 この機構の名称としてファーストキャスト(FAST CAST)という言葉が使われた。英語を知る人によるとなかなか語感のいい言葉なのだそうだが、この名称について面白いことが起こった。ファーストキャストの名称の使用権を、日本ではシマノが、アメリカではアブ・ガルシアが取得してしまったのである。そのためシマノはアメリカでクイックファイア(QUICK FIRE)、アブ・ガルシアは日本でFC機構と名前を変えなければならなかった。

 こういった権利は国ごとにしか効力を発揮しないからこういうことが起きたのだが、同じ機構の同じ名称を取り合うあたり、この時代の両社の関係を表しているようだ。


ロッドを握る手でベイルをオープンしたりクラッチを切ったりするワンハンドキャスト機構。シマノとアブ・ガルシアがFAST CASTという名称の使用権を日米市場で互いに取得してしまったため、相手国の市場では呼び名を変えて販売されていた。

デザインパテントが通って・・・

 磯の上物竿には、ガイドのない中通し竿や全長を2段階に変えられる伸縮機構付きのものがある。このふたつは別個の機構なのだがなぜか併用すると特許になる。しかし、その特許を取得している会社は他社が同様の竿を発売しても黙認するそうだ。これは、竿のバリエーションを増やした方が、釣り界が活性化して自社も得になるという判断なのだそうだ。そうはいっても、企業としては権利を行使した方が利益になりそうだ。しかし、実際にやってしまうとどうなるかという例が過去にあった。

 80年代、シマノにファイティングロッドというルアーロッドがあった。ブランクを手元でメガホン状に膨らませてグリップ部を形成し、感度をアップさせる構造のロッドだ。ファイティングロッドは感度のみならず、バットのブレがないため操作性に優れていた。そのためアメリカで大ヒットし、次々にコピー商品が生まれた。ロッドの名門フェンウィックまでフックセッターグラファイトというコピーロッドを発売したほどで、一時期アメリカのルアーロッドはほとんどこのタイプになった。

 ところが数年後、シマノのファイティングロッドのデザインパテントがアメリカで通り、他社のコピー商品はすべて生産中止に追い込まれた。これで米国ロッド市場はシマノの一人勝ちに・・・ならなかった。他社のロッドが従来のデザインに戻っていくと同時に、ファイティングロッドも売れなくなってしまったのである。一度にこのタイプが姿を消したため、流行が終わったかのようなムードができてしまったのだ。まもなく本家ファイティングロッドも姿を消してしまった。

 商品とは難しいものである。



ブランクがそのまま膨らんでグリップを形成するファイティングロッド。独特のデザインとともに一時期アメリカ市場を一色に染めたが、自らのデザインパテントが通ったために流行が終わり、本家まで消えてしまった。


【こっそり解説】

■こっそりアップしたので誰も見ていないと思いますが、ギジー2010年2月売り号掲載予定だったフィッシングタックルの現象学最終回です。

■なんでも内容がヤバイので掲載できないのだそうです。まあ「逃れるために四苦八苦?」は確かにちょっとナニですし、現行のマグ遠心併用機構と誤解されるとまずいので、これは外そうということにしたのですが、それでもダメだそうです。

■「作ってなくても特許」はこの連載中にすでに書いたことです。「SCTの法則」「デザインパテントが通って・・・」は週刊釣りサンデー、「日米市場で痛み分け」はロッドアンドリールですでに世に出ています。ましてどれも20年も前のカビの生えたような話ばかりです。それがだめというのはさっぱりわかりません。さっぱりわからないのに原稿を書き直すのは納得がいかないので、ハイおしまいということにしました。

■かといって他の雑誌に出すわけにもいかず、ハードディスクに眠らせておくのももったいないので、ここにアップしちゃいました。竹中が非常識な原稿書きなのか、こういうものも載せられない紙メディアがナニなのか、読者のかたがたでご判断ください。

■スポンサーを刺激したくないというのが編集部の言い分でしたが、クレームが付くかどうかなんて心配してもしょうがありません。メーカーや担当者でメディアに対するスタンスは千差万別だからです。

■現象学の連載では第2回から3回にかけてカーボンロッドを取り上げました。このとき、オリムピックの方に非常に詳しくカーボン材料やロッドの製法について聞かせていただき、とてもよい記事になりました。しかし、じつは、オリムピック社の前に某ブランクメーカーにコンタクトを取ってけんもほろろに断られているのです(誤解されるといけないので書いておきますがダイコーさんじゃありませんよ)。このときもし私が、「ロッドについては教えてくれないものなんだな」と思ってしまっていたら、あの第2回第3回はできなかったわけです。

■基本的に工場内はなかなか難しく、ハリメーカーなどもまず入れてもらえませんが、サンライン社は製造ラインに入れてもらえ、写真も撮って磯釣りスペシャルにいい記事を書くことができました。

■同じメーカー内でも温度差があります。さっき書いた取材拒否のブランクメーカーも、他社から来た現担当に変わるまではそんな対応ではなかったそうです。数年前磯釣りスペシャルの取材でダイワ精工さん(思わず協力的なところはさん付けにしてしまいますが・・・)でカーボンロッドについていろいろ伺ったことがありました。このときも、社内ではいろいろあったようですが、K氏の尽力で取材が実現、工場内の写真まで記事に使わせていただけました。

■私はいろんな雑誌でタックルの解説文を書くためにメーカー担当者に電話取材することがありますが、本当に担当者はさまざまです。こちらが恐縮してしまうくらい親切に熱く自分たちの製品についてカタログにも書いていないことまで語る人から、そんなカタログ読めばわかるようなこと聞いてくるんじゃねえこっちは忙しいんだみたいな人までいます。どこがどうとはいいませんが。

■こんな風にさまざまなメーカーや担当者がいるのに、何かあったからといってそのたびに記事の幅を狭くしていったら何も掲載できなくなってしまうでしょう。現在紙メディアが苦戦しているのは、一方にインターネットがあるからです。玉石混交とはいえネットの情報にいえるのはとにかく幅が広いということです。こんなときに紙メディア側が記事の幅を狭めてどうするのでしょうか。

■雑誌が売れなくなって、スポンサーを強く意識しなければならなくなったとはいえ、現在の釣り雑誌とスポンサーの関係は異常ではないでしょうか。登場する釣り人という釣り人がメーカー関係者って、どうなんでしょうか。

■ただ、ギジー誌はこの点について一線があり、記事本文中には商品名があまり出ない方でした。これはこの雑誌を作ったY氏ともまったく一致したのですが、記事中に商品名を入れるのは誰にとってもよくないからです。読者から見ればお金を出して買った本文記事が(本来ただで見るべき)広告だったら面白いわけがありません。雑誌の信用もなくなりますしそこに載った商品も宣伝効果どころか反感を買うかもしれません。読者も雑誌もスポンサーもみんなアンハッピーなのです。

■私は昨年アートフィッシング小田さんとスプーンにかかわる記事2本、アラスカ釣行記1本をやっています。読んだ方はお気づきかもしれませんが、本文中にバイトのバの字も書いていません。このサイトを見ている人ならご存知の通り私はバイトの愛用者です。でも、それはそれで、記事を広告にしてはいけないという信念で、本文中はすべて「スプーン」で通したのです。

■しかしそのY氏が去ったからかどうかはわかりませんが、最近その一線も怪しくなってきていました。そこに今回のこの一件です。つくづく、どっちを向いて雑誌を作っているんだろうと思わされました。ちらほらブログなどで書いている人もいるのでご存知の方も多そうですが、ギジーは2月売り号をもって休刊します。私にとっても大打撃です。でも、それを別にしても、もう釣り雑誌は終わりではないかと思いかけています。