理髪店
go to top
go to Purple Gods top
―その日、男は考えていた。男は長年の「島流し」から、今年、晴れて営業第一線へ復帰してきたのである。本社で何が話されたのか解らないが、3年にも渡る「軟禁生活」は唐突に終わりを告げた。しかし俺は第一線へ戻る事を素直に喜べていた訳では無い。環境、生活、そして「営業」として一番大事な時期を「傍観者」として無為に浪費してしまったんじゃ無いかという焦り。。。 歯噛みをして耐えて来たからこそ「復帰」となった訳だが、男には何か新人気分に浸りそうな「恐怖感」が絶えず付いて周っていた。 …何かウリがいる。 俺が考えていたのは「その事」である。3年前とは環境が違う上に俺は会社に入って実際は6年経過しているのだ。本人は「復帰」と考えているが、営業所長にとって、ましてやお客さんにとっては俺は入社6年目の「中堅社員」でしか無いのだ。失った「暗黒の3年間」の事は、何を言っても「言い訳」にしかならないのである。 それが男が「ウリ」を求めている理由なのだ。中身のズレを修正する間を乗り切る「ハッタリ」が必要だったのである。男は決心した。 カランコロンカラン♪ 男が向かった先は「理容店」。いや、どちらかと言えば「床屋」「散髪屋」の部類に入るモノだった。 無骨なオヤジがこちらを向く。「いらっしゃい。」言葉こそ接客業のソレだが、オヤジは全くと言って良いほど笑みを浮かべずに言った。「こちらにお掛け下さい。」店はガラガラである。 「今日から気持ちを一新するつもりなんですけど。」 「何かあったのかい?。」 「色々…ね。」 「解った、任せておけ。」 「インパクトが大事だと思うんですよ。」 「ふっ」 無骨なオヤジの口元にうっすら笑みが浮かぶ。 「若いってなぁ、良いな。」 「?。」 「ま、任せときな。」 引越しの疲れとこれからを考えて、心身ともに疲労のピークを迎えていた俺は、有線で流れる「兄弟船」をBGMにあっさりとまどろみ始めた。 … … … 「オイッ、兄ちゃん。」 「ふんはっ!?。」 出し抜けに起こされた俺は一瞬、自分がどこに来ているのかすら忘れていた。 「あがったぜ。」 「あ、はいどうも。」 薄らぼんやりしている視界に鏡に写っている自分が目に入る。「ふはっ!!」。どっと浮かびだす汗。 「どうだい?。気合入ってるだろう?。」 得意げなオヤジ。 「どうってこれ… アフロじゃ無いですか。」 「そりゃ解ってる。お前言ったじゃないか。 久しぶりの娑婆だから、ハッタリ効かせたいって。」 …あ、もしかして…。汗が顎を伝って掌へ一滴、二滴。 「ムショ出て来たんだろ。いや、言うな。これで完璧だ。お代はいらん。頑張れよ。」 お代も払わず(払うと言ったが付き返された)、外に出た俺。師走の寒風がアフロを揺らす。 ―これはウリなのか?。 帰るべき部屋へ自転車を漕ぎながら自問自答を繰り返す。ただ とにかく、つかみはオッケーかもしれんな。 と、思えた自分の心構えが「営業」なのに俺は安堵した。 何か大事な事を忘れてる気もするが。 |