走る・走る・走る・振り向かない。
唯、走る。息があがる、足が出ない、手が振れない。
口の中が熱い、血の味。
遂に止まる。よろける意識。前が向けない。滴る、汗。
かなり遠くまで来たはずだ。
あれも、これも、皆、置いてこれた筈だ。
彼女の口癖も職場のシガラミも荒れ果てた俺の人生も。
振り返る。そこにある、現実。
俺は走ってた。確かに全速力で。
何も変わらない風景がそこにあった。
呆然として、しゃがみ込む。夕日が目に痛い。
子供の頃、どこまで走っても疲れなんて感じなかった。
走れば走るほど遠くなる風景。
暖かな家も、友達も、嫌だった学校も
あっさり、地平線の彼方へ消えたものだ。
いつから走れなくなったんだろう。
俺にあったあの超能力はいつ使えなくなったんだろう。
あの日の衝撃か、別の日の憎悪か、昨日のため息か。
色々なシガラミに絡み取られながら
動かない足を改めて見詰めながら、
引き返す勇気もないまま、
俺はここに立ち尽くす。