S4




冬休みが終わり、再び学校へ通いだして一週間が過ぎた。年末年始はどうであったか、帰省はしたのか、という質問を幾度かされたが、これらの質問に並んで、12月24日には何をしていたのか、という質問も何度か受けた。


その日の行動を記憶しておかなければならない理由が、私にはよく分からなかったが、聞かれたからには答えておいた方がいい。あいにく、その日の全てを想起することは出来なかったものの、その日の一部を思い出すことぐらいは出来た。なので、私はその質問に対して、毎回ある一言を返事として差し上げていた。



さて、その一言が何であるかを述べる前に、ここで少し、ある者の一連の行動について記述することにしよう。


それは、恐らくある寒い日の夜だった。その者は、手袋をしているにも関わらず、上着のポケットに手を入れ、ややうつむき加減で歩いていた。これはその者の気分によるものではなく、ただ単にその者の習性だった。


その者はあるビルの入り口に達し、階段を降りる。二つ目の入り口をくぐれば、そこは騒音の世界。ゲーム場…ゲームセンターとも呼ばれるその空間は、タバコの煙とほつれと綻びを象徴する音のserie、甘ささえ感じさせる退廃と、何かに駆り立てるような活力で満たされていた。


その者は事務所の方へ歩いて行き、そこに居た別の者に頭を下げる。そして事務所内に入り、上着を脱いでそれをハンガーにかけ、再び事務所から出る。ここから、その者は再び習性に身を任せることとなる。すなわち、まず店内を一周する習性、何枚かの百円硬貨を両替しその倍の五十円硬貨をズボンのポケット(右後)に入れる習性、一枚の百円硬貨を自動販売機に投入し紙パック飲料を購入する習性、の三つである。


決してアミューズメントセンターとは呼ばれることのない、二重のほこりにまみれたこの場所にその者はいる。紙パックに付属しているストローを引き剥がし、折り畳まれたそれを左の犬歯で引き延ばしながら、その者は店内を徘徊する。


そして、座る。


恐らく日本にテトリスというものを根付かせた最初の功労者であろう『TETRIS』(SEGA)。その直系の子孫は絶えてしまったが、それでも正当な継承者と認められている者がいる――『TETRiS THE GRAND MASTER 3 -Terror Instinct-』(ARIKA)――今ではコイツがそうだ(TAP派もいるが)。これが接続されている筐体にその者はコインを投入する。


音楽が聞こえてくる。それはただひたすらに緊迫感を煽る。既にテトリスのBGMは、ラインを揃えられて消えてゆく儚いテトラミノ(ブロック)と、それにつられて積み上がってゆく壮大な点数との格差を表現するようなものではない。二つの速度――感じられるものと感じられぬもの、を強調するために精密に設計されたものなのである。


その者はMASTER MODEに励む(SHIRASEに挑める力はないのだ)。回す、落とす、固める。回す、落とす、固める。回す、落とす、固める。この繰り返しはリズムを刻む。ムービーに登場するような上級者の刻むリズムを、信じられないようなテンポのハードメタルの一種とするならば、その者の刻むリズムはせいぜいスローバラードといったものだろう。それでもその者はリズムを刻み続ける。


音楽が変わる。それはつまり落下速度が20G(要するに、テトラミノが出現した瞬間に接地している速度)に達したことを表している。その者の作業が変わる。そもそも出現した瞬間に接地しているのだから、落とす必要がなくなる。よって、その者のなすべき作業は、回す、固める、だけになる。既に接地したミノを回す、固める。回す、固める。回す、固める。


もう一度、音楽が変わってしばらくした後、その者は(正しくは、その者のゲームは)窒息した。表示された暫定段位はS3…その者の認定段位と変わらなかった。その者の認定段位よりも高い暫定段位を繰り返すことが出来れば、そのうち段位試験が訪れる(ちなみにこのS3という段位、せいぜい初心者脱出といった程度である)。


どのミノが出るか、一つ先までしか見ていないのが悪いのか(三つ先まで予告されている)…そもそもセオリーを守らないのが悪いのか…等と考えながらその者は席を立つ。そして周囲を見渡して、再びそこに、座る。


こうしてその者は、速度との密会を繰り返す。所詮、初級者であることを知りつつ、幾度も首を絞められつつ。また、この間、その者が表情を変えることはなかった。



といったところで笑点お開き、また来週…


ではなく、そろそろ冒頭の話題に戻らなければなるまい。つまり、私がある質問にどう返答したかである。


「てとりすしてた」



(2006/01)



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