20051125 中国と韓国のデモの裏側にありそうな物

 私も、それほど詳しくないですが、今ある知識で纏めてみます。どこまで正確かは余り自信がありませんし、なにぶん不確実な部分には推測が入りますが、ご了承の程を。
 歴史上、日本は中国から直に、または朝鮮半島を経由して中国の文化を輸入してきました。日本が朝鮮半島に攻め込んだり(白村江の戦いや秀吉の朝鮮出兵))、中国が日本に攻めてきたり(元寇2回)することはありましたが、基本的には中国を中心として、東アジア地区は一つの文明圏を作っており、中国が政治的、軍事的に安定している限りは、この地域は比較的安定していました。日本と中国は付かず離れずの友好関係だったみたいです。
 それが変わったのは、19世紀。清帝国が欧米列強に好き放題に虫食い状態にされながらも、「眠れる獅子」がついには目覚めなかったことで、中国の求心力が一気に落ちてしまいました。
 そして、日本も300年太平の夢を破られ、明治維新を迎えます。そして、欧米列強の仲間入りを目指して殖産興業に励んだわけです。西洋の文化を過剰なまでに積極的に取り組んだ日本は、中国に対しても、自分達が欧米の国になったつもりで、低く見るようになっていきます。
 朝鮮半島を巡って清と対立した日本は、日清戦争に打って出ます。清に勝った形で戦争を終えた日本は、中国恐るるに足らず、という見方が決定的になってしまいます。そして、日本は大手を振って、朝鮮半島の実効支配に乗り出していきます。そこには、大韓帝国政府や朝鮮半島の人々の都合に対する考慮などありません。
 ただ、当時、欧米列強がやっていたことも、同じです。日本はそれらの国に遅れて真似をしたに過ぎません。だからといって、罪が減ぜられることもないですが。力によって、他の国に土足で入り込んで好きなことをすることが正義。そんな時代だったのですね。歴史上、そのような時代の方がずっと長く、それをおかしいと考えられるようになったのは、長くてこの半世紀程度でしょうが。
 朝鮮半島を実質的に支配した日本でしたが、やることは欧米列強と変わりなかったようです。すなわち、自分の都合のよいように好きかってやる。創氏改名もその一つです。当然、朝鮮半島の人々からは、猛烈な反発を喰らうわけです 。1910年、安重根によって伊藤博文が暗殺されると、日本はそれを口実に、朝鮮半島を完全に併合してしまいます。
 それに先立つ1904年、中国の遼東半島を巡る三国干渉に端を発した日露の対立は、地下資源の豊富な満州(中国東北地方)を巡っての日露戦争に発展します。日本海海戦でなんとかバルチック艦隊を破った日本でしたが、既に息も絶え絶えの状態。アメリカが仲介してくれた形でポーツマス条約を結んで、何とか満州の支配権を握ります。そこでも、当然、その地に住んでいる人々に対して配慮がなされるはずもありません。
 朝鮮半島が日本に併合されて、中国では辛亥革命によって清が倒れ、中華民国が成立します。その混乱と、第1次世界大戦の勃発と終結するにあたって、ドイツは中国における利権のほぼ全てを失います。その中で、欧米や日本は中国における利権争いを続け、そこに住む人々の屈辱と苦しみは想像を絶するものだったはず。
 直後、日本では関東大震災が発生します。直後の混乱の中で「朝鮮人によって、井戸に水銀や毒が投げ込まれる」という根も葉もない噂が流れ、在日の朝鮮人が、何の証拠もなく6000人も殺害されたと言います。
 世界恐慌が起こり、世界経済がブロック化していく中で、日本は大東亜共栄圏を唱え始めます。理念だけはたいそう御立派なものですが、やっていることは、略奪に過ぎませんでした。理念通りの行動が出来ていれば、その後の日本に対する評価も変わったかもしれません。
 満州事変が起こり、日本の傀儡政権である満州国が成立します。
 そして、日中戦争が始まります。
 日本は中国大陸に侵攻しますが、そこは空間要塞とも言える中国を相手に、僅かな人々で広大な領土を占領・支配する事など出来ません。土地を支配しても、中国政府はのらりくらりと逃れ、最終的には重慶まで行ってしまいます。日本軍は都市を支配しても、次の占領地へ向かえば、あっという間にその都市は奪還されてしまいます。
 農村に至っては、支配することなど不可能だったようです。
 中国大陸は空間要塞であると同時に、人間要塞でもあり、その数だけでも驚異的な力です。
 占領・支配が出来なかったとしても、そこに住む人々の暮らしをめちゃくちゃにすることは出来ます。略奪、暴行、強姦などは日常茶飯事でした。戦場という極度の緊張状態の下では、人間性の維持など不可能なのかもしれません。戦場において、そのような「事件」は現代でもなくなることがないのは、今回のイラクのニュースを見ても判ります。
 「略奪」や「暴行」に対しては、軍警察のようなものがあったようですが、殆ど機能していないようです。
 「強姦」を防ぐという名目で従軍慰安婦が設定されます。しかし、それは、朝鮮や中国の女性を騙して連れてきて強制的に「売春」をさせたり、「現地徴用」で現地の女性を拉致同然に連行して売春をさせたり、といったものだったそうです。中には自らの意志で、という女性も居たかもしれませんが、それは絶対的な少数だったはずです。儒教的な価値観が現代ですら強く残っている中国や朝鮮ですから、当時は、その価値観の規制はもっと厳しかったはずです。その中で、「自らの意志で」などという女性が、万単位で居るとは考えられません。
 直接被害にあった女性達の屈辱、苦しみ、悲しみ、怒りは、想像を絶します。彼女等は、その瞬間から人生の全てを破壊されてしまったのですから。あらゆる負の感情が日本に向けられたとしても、何ら不思議ではありません。
 そして、妻を、娘を、恋人を、友人を奪われた現地の人々の屈辱と苦しみと怒りもまた同じものでしょう。
 そして、南京の虐殺。「何十万もの人々が一夜にして殺された」というのは、いささか誇張に過ぎているような気がして信じがたいものですが、「虐殺がなかった」というのは、もっと信じられません。
 日本は太平洋戦争に突入し、戦況は日を追って悪くなっていきます。日本国内で軍に人が取られて、銃後では人不足になり、学徒動員が始まります。そして、同時に、朝鮮半島や中国の占領地からも工場労働のための人員が動員されます。方法は従軍慰安婦と同じでした。
 当然、年齢的にも、地域の中心となるべき働き手が奪われた地域は壊滅的な打撃を受けてしまいます。そして、日本国内では空襲で、原爆投下で、多くの人々が、故郷の土を踏むことなく死んでいきました。
 16世紀から20世紀の前半に掛けて、アジアは欧米による搾取の対象になってきました。19世紀末からは、日本がそれに加わります。
 ただ、日本としても、そうでもしなければ、欧米の植民地と化していたかもしれません。そうなれば、現代のような生活は出来ていなかったでしょう。
 そして、第二次世界大戦が起こったことにより、世界のパラダイムが変わったのは事実です。世界の中心はヨーロッパからアメリカに変わったのも一つですし、なにより、植民地だったアジア、アフリカが独立を果たしたのも事実です。第二次世界大戦がなかったとしたら、まだ世界は植民地時代のままだったかもしれません。日本もその一つだったでしょう。
 だけど、だからといって、日本がアジアでやってきたことの罪が許されるわけではないです。日本がやってきたことに対して向き合う必要はあるでしょう。
 戦後、日本は、アメリカの占領下で驚異的な復興を見せます。それは、アメリカが、イラク戦争で、イラクの復興を、日本のそれをモデルにしようとした事からもうかがい知れます。
 その原因は、北方領土問題や沖縄の問題などがありますが、大きく国土が分裂させられなかったこともあるでしょう。日本の国土は日本国のままでいられたわけです。
 大きな内部対立を含むことがなかったことも復興の大きな原因だったでしょう。そして、日本人の国民性によるところが大きいはずです。
 しかし、そのような内部に原因を持っていた日本が経済復興を遂げた外的な原因……きっかけを作ったのが、朝鮮戦争特需ですから、戦争を食い物にしたのは事実です。
 戦後、日本は、幸いにして、一度として、戦地にならず、戦争に参加せず、60年を過ごしてこられました。安保闘争はありましたが、内戦も経験していません。
 日本が早期に独立できたのも、アメリカの地政学的な都合がありました。アジア大陸(中国とソ連)に対してにらみを利かす橋頭堡が必要なアメリカは、日本と台湾を選んだわけです。そして、早期に経済復興をして、アメリカの軍を支える存在になって貰わなければならない。日本の経済復興の裏側には、そのような意図があったのは、想像に難くありません。
 とにもかくにも、日本はアメリカの庇護の下(核の傘の下)、周囲の国々からは驚異的に見える経済復興を遂げることが出来たわけです。
 そして、経済が発展した日本はアジアの国々に進出し、現地の産業にも経済にも良くも悪くも大きな影響を与えていきます。
 しかし悲しいかな、良いことは目に付かずとも、悪いことだけは目に付いていきます。
 対して、中国では、太平洋戦争中は手を組んで日本に対していた国民中国と共産中国が内戦を起こし、中華人民共和国が中国大陸の正当政府となります。だけど、朝鮮戦争に出兵したり、ソ連と国境紛争を起こしたり、文化大革命があったり、天安門事件があったり、改革開放の名の下で経済の格差は拡大していく一方。まさしく億万長者が現れる反面、それを傍らに見ながら日々の生活にも苦しむ人々がいます。
 朝鮮半島では、冷戦のあおりを受けて、太平洋戦争後、半島が南北に分裂させられました。そして、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国(以後、北朝鮮)が成立し、朝鮮戦争が勃発します。占領地は、アメリカ、ソ連、中国……外部の介入がある度に、北に南に大きく変化し、結局、現在の停戦ラインで落ち着いていますが、まだ終戦したわけではないです。
 北朝鮮では金一族の支配が続いていく中で政権内部の腐敗が進んでいき、現在のていたらく。
 韓国では軍事独裁政権に対する闘争が続き、最近漸く落ち着いき、20世紀末の経済危機を何とか乗り越えて、経済発展が軌道に乗りかけたところ。
 これら三つの国から見ても、日本の信じられないような経済発展は驚異であり、羨望の的でもあったでしょう。出来ることならば、それにあやかりたい、もっと悪く言えば、その富を分捕りたい、という気持ちがなかったとは言えないはずです。
 戦後補償という形で、国と国の間では、戦後は過去のものになりました。なったはずだと思っていた日本人は決して少なくなっていたはずです。
 だが、日本政府対個人という形の補償がなされたわけではなく、それを巡って、アジアの人々から日本は訴えられ始めます。彼等は日本の富を政府が富んでいると勘違いしているところはあるのでしょう。
 だが、多くの場合は日本政府は保証に応じていません。実際に被害を受けた人に対する補償はやぶさかではない、と信じたいですが、「騙り」が出てきたとしても、それを見分ける手段がありません。その危険性はいくらでもあります。残念ながら、法によって治められる社会の原点は、人間の本性は悪とする「性悪説」です。
 そして、「国家間の補償」という形で円借款や経済援助がなされているものの、彼の国民は、その援助を実感できず、日本の富ばかりが目に付きます。援助によって、その国々の社会が少しずつでも、繁栄に向かう形で、個人への補償はなされているはずなのですが、そのようなものは、実感できません。
 当然、訴えを起こした人々は、実感できない援助より、形ある金銭の方を望むのでしょう。それがなされないわけですから、反感を育んでいきます。
 更に、中国や韓国、北朝鮮では、その3国だけではないですが、社会不安は、そのまま政府批判に繋がって行きます。権力者にとっては、暴動や政府転覆だけは何とか避けなければなりません。自分達の利権が全て失われてしまうから。これまで、幾人もの政敵を踏み台にし、国民を踏みにじって得てきた利益の全てどころか命までも失いかねない。それだけは絶対に避けなければならない。
 というわけで、国内の不安や不満を外部に逸らすために、外部に敵を作り上げる。これは、何も何ら珍しいことではなく、歴史上、いくらでも取られてきた陳腐極まる常套手段です。だけど、陳腐になるほど使われると言うことは、それだけ効果があるということです。例えば、アメリカならば、最初はインディアン、次は太平洋を挟んだ対岸の国々(例えば日本)、冷戦が始まれば、ソ連を中心とした共産圏の国々、冷戦が終了すれば、中国、イラン、シラク、アフガニスタン、北朝鮮……アメリカは常に外部に敵を求めない限り、国内を纏めることは出来ません。一種の強迫観念です。多種多様の文化を持つ移民で構成される、歴史の浅い、力を持ちすぎた国の宿命とも言えましょう。
 外部に敵を求めると同時に、愛国教育を充実させて、現在の政府の正当性を説くのも、これまた常套手段です。幸い、彼等には半世紀前まで、自分達の国土を蹂躙していた国がすぐ近くにあります。それを大いに利用しています。
 外部に、日本という、叩いても決して実力で反撃してこない都合の好い敵を作り、内部に対しては、場合によっては歴史を捏造してでも、自分の国(の政府(とその中心人物))のすばらしさを説き、自分の都合の悪い情報は流さず、都合の好い部分だけを流して、情報を操作して(偽りの)愛国心を煽る。こうして国民を纏めていきます。
 これは、中国や韓国だけでなく、日本でも同じ事をやっています。
 そこへタイミング悪く、日本の首相が、A級戦犯が合祀されている靖国神社への公式参拝を繰り返しています。そして、教科書の記載内容についても、彼等にとっては誠に都合の悪い、もしくは彼等の意志にそぐわない内容が検定を通ります。『新しい教科書』のような極端な国粋主義とまで言われる教科書まで通ってしまうのだから、愛国教育にどっぷりと浸かった人々は当然、気分がよいわけがないです。
 そこへインターネットという口コミの極端に肥大化した技術が重なったために、何者かが、半日デモを扇動することも決して不可能ではありません。愛国主義的な不満を持っている人々が簡単に口車に乗るでしょう。
 半日デモの垂れ幕が印刷されていたこと。
 その内容が感情的なものではなく、極めて政治的な内容だったこと。
 この二点だけでも、画策されたものだと言うことは感じられます。
 そして、警官隊が、日本総領事館までの案内役を務め、投石に対して制止しようとしなかったことは、変な言い方ですが、官民一体となって行われたものであると考えられます。むしろ、官主導だったのかもしれません。
 もっとも、制止したとしたら、国民と警官隊の衝突になり、それは天安門事件の再発を引き起こすことにもなりかねません。彼等の不満は日本に対して、問い形をとっていますが、その本質は自国政府に対するものであるはずです。それが一度自覚されたとしたら、反政府に動いた万単位の群衆の動きを止めることは、軍を動員すること以外、不可能でしょう。
 そうなれば、天安門事件の再発になり、その当時以上の素早さと正確さで、それが全世界に流されるでしょう。
 だから、日本をスケープゴートにしたとも考えられます。
 デモについては、国国内では報道は殆どなされていないようです。主に媒体はインターネットだそうです。ということは、ネットに繋がるだけの経済的な環境を持っている人を中心にしか情報が回りません。彼等は富んでいますが、全体から見れば、極一部です。十分以上に食べていける以上、政府に対して不満を持っている程度は低いはずです。
 だけど、ネットに繋がるだけの経済的な富を持っていない大多数の人々は、当然、生活の保障を行ってくれるはずの政府の怠慢に腹を立てます。しかし、彼等にはデモの情報は殆ど行きません。だから、彼等が参加することもなく、当然、デモは反日の性格のままで、反政府のものにはなりません。
 政府にとっては、実に都合の好いデモだったわけです。
 日本にしても、中国総領事館に対して、カミソリを送ったり、白い粉を送ったり、ペンキで落書きをしたりしている、恥ずかしい人々がいますので、余り大手を振って批判できないのですが。
 日本国首相は、2005年も靖国神社に参拝しました
 そして曰く、 「参拝の真意は、中国も韓国も、必ず理解してくれると信じている」という旨だそうですが、あちら側にとってみれば、日本国首相がどのように期待しても、どのように信じても、それは日本国首相の勝手であり、そんなものに従う必要はないわけです。
 2005年後半、日本と中国、韓国の関係は、戦後最悪と言えましょう。けれど、それを解決する方策は、現在は存在していません。すくなくとも、現首相とその後継者達が二度と靖国に参拝しないことが絶対不可欠でしょうが、それも期待できません。
 中国や韓国の言い分は、内政干渉である、という意見があります。そして、国外の意見に干渉され、それに従っても良いのか、という意見もあります。それももっともな意見でしょう。
 しかし、日本(国首相)がやっていることが独り善がりであることも事実でしょう。人と人でも、国と国でも、社会があって、その関係の中で生きている以上、独り善がりが歓迎されないのは、古今東西不変の物でしょう。
 だからこそ、アメリカが嫌われているのですが。ここでは省きますが。
 デモが暴徒化しない日本は、世界でも希な国です。
 喜ぶべきでしょうか、それとも、牙を抜かれて飼い主に従順な犬に成り下がっていると悲しむべきでしょうか。