home
 「それでも医者か」という言葉を聞いたことがあります。どこで聞いたと思いますか?
答えは救急外来。つまり医師が当直業務をしている現場です。
 大変忙しい日で当直医師が患者様をすでに何人も待たせていてこれ以上の診察ができない状態で診察依頼の電話に「他にまわって下さい」と伝えた時にこのような言葉が聞かれました。
 「医者は病気や怪我の人がいたら、いつでも、どこでも、状況にかかわらず、これを助けるべきだ。」というのがこの方の考える医師像なのでしょう。これと当直医師の態度が異なるということだと思われます。患者様方の当直医師への期待はいろいろあるのでしょうが残念ながら現実はその期待とかけ離れているようです。そのあたりを少し考えてみることにしましょう。

 意外に多いのが時間外でも全ての科の医師がそろっていて疾患別に担当科の医師が診察すると思っている方です。もちろんそのような人員的余裕はなく、大学病院や救急医療を専門にやっている病院をのぞけば通常当直医師は1〜2名です。大病院では2名、内科系と外科系各一名の場合が多いです。多くの病院が当直医師1名で業務を行っています。つまりぜんそく患者を眼科医が診たり、骨折を放射線科医が診たりする場合もあるということです。
 医師は専門外の病気や怪我でも診察・治療ができるのでしょうか?もちろんできます、医学部では全科にわたり教育を施していますので、国家試験を通ってきた医師はどのような疾患にも対応することができます。というのがたてまえなのですが、実際には無理です。知識で知っていても実際に治療はできませんし、疾患に対する知識は医学部を卒業後得るものの方がずっと多いのです。診察後自分の手に負えない場合は担当科の医師を呼び出すことになりますが・・・。
 また、夜間であっても日中と同じレベルの検査や投薬が受けられることを期待される患者様も少なくありません。しかし病院によっては検査技師、放射線技師あるいは薬剤師の常駐しない病院もありますし、各種医療器械も夜間運転を止める場合もありこちらの方面でも制限があるのが事実です。

 次に実際の医師の当直体制を見てみましょう。
 医師は当直の日、朝から通常通り働きます。で、17時ないし17時半になるとおもむろに当直業務に移ります。とは言えそんな時間に通常業務が終わることはまれですから通常業務を引きずっての仕事となります。救急外来で患者様を診るあいまに病棟の患者様の処置、指示出し等することになります。
 夜間は仮眠がとれます。これは患者様の途切れた間での仮眠となります。ということで患者様がひっきりなしに訪れた場合仮眠がとれない場合もあります。仮眠時間が充分とれた場合でも途中患者様の診察が入ってとぎれとぎれの睡眠になることが多いです。
 朝の8時ないし8時半になると当直業務が終わり、そのまま次の日の業務へと移行します。時間としては(休憩含め)32時間勤務ということになる訳です。

 多くの病院で当直明けに半日ないし一日の休みを認めてます。とは言えこれも名目上のことで実際に休みをとる医師はまれです。自分の受け持ち患者がいるので休みをとることができないのですね。
 労働基準法では一日8時間まで、1週40時間までの労働時間と定められています。一回の当直で32時間の労働となるわけで、その週の労働時間は40時間を超えることは確実です。実は平成10年に一部改正が行われる前には医療従事者は労働基準法の規定から除外されていました。改正されてからの法に従えば現在の状況は違法になると思われます。この辺、どう折り合いを付けてるのかは分かりません。

 皆さんは勤務30時間目でもいつも通りのパフォーマンスを示すことができますか?ほとんどの方が「無理だ」と答えるはずです。当たり前です、人間には不可能なことです。しかしながら医師にはそれが期待されています。だからこそ冒頭のような言葉が出てくるのでしょう。患者様は心の内で医師は人間ではないと思っているようです。
 実際のところ当直明けの医師が診療に携わる患者様は不運と言わざるを得ません。通常と同じクオリティの診療を受けられるとは思われませんから。今のシステムが続く以上不運な患者さんは存在することになります。無力な私からは「ご愁傷様」と言うしかありません。

 当直だから、あるいは当直明けだから治療が不充分になるのも無理ないとは口が裂けても言えませんが、このような状況であることを患者様には知っていていただいた方がよいでしょう。
 根本の問題はこのようなシステムを許す状況にあります。さらにその根は医師の不足にある訳で、こちらの抜本的改革が必要なのは論を待ちません。しかし医療業界の自浄作用は期待薄です。さりとて厚生労働省の動きに期待をするのも・・・

2004,06,12
2004,06,15(一部改訂)
1.「それでも医者か」−医師の当直−