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恋に落ちる前

MAY/1998
foot locker in ala moana shopping center


 その時私は家族と一緒で、幼い甥や姪も一緒だったし、その輪から外れることは有り得なかった。
 そしては二人の男友達と、ベビーカーに乗せた赤ちゃんと一緒だった。
 それは少し不思議な光景だった。
 彼と彼の二人の友達は黒人で、ベビーカーに乗せられていたのは白人の赤ちゃんだったからだ。一緒にいる誰の子でもないことは明らかだった。
 私はその四人が店内に入って来た時からその存在に気付いてはいたけれど、特にそれほど気にとめてはいなかった。それよりも目の前の元気一杯に動き回る甥の存在が重要だった。いなくなってしまったりしたら大変だ。
 私はスニーカーを買うつもりがなかったので、甥に注意を払いながら見るともなしにスニーカーを見ていた。

 そして自分に注がれる視線に気付いた。

 振り返ると、だった。
 振り返った私と目が合っても、は視線をそらすことなく、そのくせ愛想笑いをするわけでもなかった。静かな、穏やかな視線だった。
 私は甥に視線を戻した。何だろう?私を見ている?
 私は甥に注意を払いながらも彼のことが気になってそっと彼の方を盗み見た。
 彼は緩やかに店内を移動しながら、やはり私を気にしているようだった。
 自意識過剰だ。
 私は知らない人間からこれほどまで注目されるような美女ではない。それとも誰かに似ているとか?

 何度も視線が出会った。それが絡み合う前に目をそらした。気付いていないふりをしようとした。恋みたいだった。
 の瞳が語りかけてくるひとつの言葉。

 “Who are you?”

 やがて私は別の店が見たいという姪に付いて店を出ることになった。なぜだか少し残念な気がした。
 出入り口の近くに彼らはいた。出入り口へ向かって歩くと彼の近くを通り過ぎることになる。私は姪と一緒に店を出ようとした。
 彼の近くを通る時、私は彼を見ずに「さよなら」と心の中でつぶやいた。
 その時だった。

 は私の方に顔を向け、目の前を通り過ぎる私を見送りながら“Bye”と声に出して言った。

 心臓をつかまれたような気がした。振り返ることも出来なかった。聞こえるか聞こえないかの小さな声は湿り気を帯びていた。
 他に私にどうすることが出来ただろう?私はそのままその場所を離れた。
 心の中は表現のしようがない、複雑な切なさで一杯になった。
 私がもし一人旅だったら?が同じように一人だったとしたら?
 話ぐらいはしただろうか。あるいは、恋に落ちたりしたのだろうか。
 それとも、警戒心の強い私は、一人だったら彼の視線に気付いた時に店を出てしまったかもしれない。案外、そういうものだ。
→STRAWBERRY TIME