ADVENTURE
ラハイナからそのバスに乗った私は、カアナパリのホエラーズ・ヴィレッジで一旦下車することになった。乗車したバスはラハイナとカアナパリを往復する路線を走るものであり、私の泊まっているホテルはカパルアにあった。ラハイナでカパルアのホテルまでのバスを探したが、ちょうどいい時間のものがなく、とりあえず中間地点であるカアナパリに来たのだった。
ホエラーズ・ヴィレッジでバスの運行表を確認すると、カパルア行きはPM6:50と書かれていた。現在時刻はPM5:30だ。一時間以上ある。
さて、どうしたものか。ホエラーズ・ヴィレッジは、一流ブランドのショップを除いて、ほぼすべての店を昨日見てしまっていた。まあ、散歩がてら再度見てまわるのも悪くはないが・・・。
「次のバスまで一時間以上ある。しかも6時50分と言えば、僕にとってはちょうどこれからディナーという時間なのに」
おどけた調子の声に振り返ると、背の高い白人の男性だった。白髪で、眼鏡をかけている。五十歳前後というところだろうか?
「ここの鯨のミュージアムで時間を潰すといい。さぁ、こっちだ」
思いもかけない成り行きに戸惑い、歩き出した彼の後姿を見ていると、「何してるの?こっちだよ」と彼が振り返って言った。
なんだか私はわくわくしてきた。
この男について行ってみようか?何か面白いことに出会えるかも知れない。
私は、旅先で何かに巻き込まれたい、というはっきりした自分の願望を感じ取った。
私はその男の後について行った。
この男には、私を騙そうとしているような雰囲気はない。そういう人間には自分は鋭い方だと自負している。それにここはマウイのホエラーズ・ヴィレッジだ。
私は自分の前を歩くその男の後姿を観察した。四角くて黒いカバンを右手に提げている。どうやら旅行者ではなさそうだ。私のその考えを裏付けるように、彼は自分がバスの運転手であることを私に伝えた。
私達はエレベーターに乗り、ミュージアムの前まで来た。私は何度もホエラーズ・ヴィレッジを訪れていたくせに、エレベーターもミュージアムも初めてだった。
ミュージアムの方に進もうとすると、彼は私を引き止めた。
「ちょっと待って、ミュージアムの前に見せたいものがある」
ほら来た。やっぱり何かある。
私は内心かなり喜んでいた。「何か面白いこと」はすぐ目の前まで来ているのだ。
彼はミュージアムと反対の方へ歩き出し、私はその後に続いた。
橋のような渡り廊下を進むと、ブックストアがあった。彼がそこに入ったので、私もそのブックストアに入った。
「Hey,Young lady!」
彼がそう言って声を掛けたブックストアの店員は全然ヤングレディではなかった。
「僕の友達に例の写真集を見せたいんだけど。ほら、マウイ・ジョーズのさ」
彼にヤング・レディと呼ばれた女性店員は気を悪くした様子もなく「その写真集ならそこのテーブルにある」というようなことを言った。二人は顔見知りだろうか?
「ジョーズ」というのはビッグ・ウェイヴのことだ。そのくらいの知識は私にもあったし、雑誌でその大きな波に乗るサーファーの写真を見たことがあった。それでもその写真集は魅力的なものだった。
何十メートルもありそうな大きな波、そこに二人のサーファー。一人がサーフ・ボードに乗り、ジェット・スキーに乗ったもう一人は、サーフ・ボードの彼をその場所までロープで引っ張って来たのだろうか?二人は波に飲まれてしまいそうだ。そんな迫力のあるページが何枚も続く。
「クレイジーだ」
彼が言った。
「すごく大きな波なんだ、ロープなんかで引っ張ってその波のところまで行くんだ。波の名前は本当はジョーズというんじゃない、サーファーを噛み砕くからそう呼ばれるようになったんだ」
そう私に解説しながら彼は「クレイジー」という言葉を何度も繰り返した。クレイジーだ、こんな波に乗るなんて・・・。
そして彼は突然「Enjoy」という言葉と笑顔を残し、立ち去ってしまった。
ブック・ストアに残された私はおそらくとてもマヌケな顔をしていたことだろう。「嘘、これで終わり?」という感じだった。これから面白い事が起こるんじゃないのか。
確かに私が勝手に面白い出来事を期待しただけと言えばそれまでだ。彼はただのおせっかいなバスの運転手に過ぎなかったのだ。
肩透かしをくった私は、満たされない好奇心を抱えてマウイ・ジョーズの写真集に目を戻した。そこには正真正銘の命がけとも言えそうなアドヴェンチャーがあった。
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