髪、切ったの (原作版)
動く城に住む魔法使いハウルが、ちょくちょく髪の色を変えたり髪型を変えたりするのはよくあることです。
時々、ピンク色の髪になったりどどめ色の髪になってしまうハプニングもありましたが。(その度に緑のドロドロ騒ぎも勃発です。その前後の夫婦喧嘩も説明せずともおわかりでしょうが)
「ハウル!あんたその髪…っ!」
驚いたソフィーの声は裏返って掠れました。
昨日まであった、あの綺麗なサラサラの金髪がなくなっているのです!
「髪、切ったの」
ぶすっとした表情で答えるハウルの顔は、いじけた子供のようです。眉間にしわを寄せて頬も膨れて、いつも自慢する美貌はどこかに逃げてしまったようです。一体なにがあったのでしょう。
「だって、そんなに短いなんて!」
ハウルの髪がこんなに短くなるなんて初めてのことです。流れる髪に見え隠れしていた首が目の前にあるのは、なんだか見てはいけないものを見ている気分でした。
そわそわしてしまう自分をもてあまして、ハウルを見ないように声をかけます。出来ることならば以前の髪に戻ってほしいものです。
「でも、いったいどうして?」
「…モーガンが」
「モーガン?」
きょとんとした目になったソフィーに気付き、ハウルははっと我に返りました。
「そう!モーガンと遊ぶ約束してたんだよ!」
叫んだ後、ハウルは飛び出すように城のドアを開けて出て行きました。
変です。あのハウルが明らかに誤魔化しています。いつも笑ってヌルヌルと逃げるくせに、いい訳めいたことなど一言もしゃべらないあのハウルが!
いったいどうやって訳を聞きだそうかとソフィーは考えましたが、どんな手段もハウルには通用しそうもありません。それでも諦め切れないソフィーは考えます。だって、短い髪のハウルの姿は珍しく、いつもの優男姿より格段に男らしくて、ソフィーは思い出すだけでドキドキするのですから。早く元の姿に戻って欲しいのです。
謎はその夜に解けました。
ベッドに寝かせた息子の額にお休みのキスをした後のことです。
「ねえママ」
「なあに、モーガン」
「あのね…どうしてパパは女の人みたいに髪を伸ばしているの?僕のパパは女の人なの?ママは女の人と結婚したの?パパはパパじゃないの?」
「まあ」
ハウルが髪を切った理由がわかりました。
きっとハウルはモーガンの言葉にショックを受けたのでしょう。この頃のモーガンは何に対しても「どうして?なぜなの?」と聞いてばかりいることをハウルは忘れたのでしょうか。いいえ、そんなことは関係なしに、純粋に驚いて傷付いたに違いありません。
モーガンの知る男の人というのは立派な髭を生やした紳士や立派な軍服を着た人、港町で働く力瘤のある人などです。つまりたくましい感じを受ける人が主なのです。もちろんお年寄りやマイケルなども忘れてはいませんが、女性のように綺麗な優しい顔立ちの男の人など、自分の父親でしか見たことがなかったのだから仕方ありません。
「あれでもちゃんと…」
「ちゃんと?」
抱きしめられた感触を思い出していたソフィーはきょとんとしたモーガンの目に合い、顔を赤らめました。
女性のようだと言われていても、ハウルは男です。細い感じは否めませんが、背も高く、肩幅も広くて、以外にたくましいのだとソフィーは知っています。あの二の腕に抱きしめられたり、抱き上げられたり。そうです、ハウルはムキムキとした力瘤こそありませんが、腕力だってちゃんとある魔法使いなのです。
ソフィーにモーガンは尋ねます。
「ぼくのパパはパパだよね?」
そのか細い声に、ソフィーはモーガンが何を心配していたのか気付きました。モーガンをそっと抱き、ソフィーは微笑みます。
「大丈夫。ハウルはあなたのパパよ、何も心配することないわ」
「本当?ぼくパパが好きだから、パパがパパじゃないのは嫌なの」
「まあ、ハウルもモーガンが大好きって言っていたわ!もちろん、私も負けないくらいモーガンが大好きだけど!」
ソフィーの言葉に、モーガンは毛布をめくって飛び起きました。
「ぼくも!ぼくもママだぁーい好きっ!」
「じゃあ、明日起きたらハウルに大好きって言ってごらんなさい。きっと喜ぶわ」
「うん!」
そのあと興奮した息子をなだめて寝かせるのは大変でしたが、ソフィーはどうにかやり遂げて自分のベットへ潜り込み、夢も見ず眠りの海へと意識を沈めました。
翌朝、朝食の用意をしているソフィーの耳に階段を駆け下りてくる音が入ってきます。
慌てているのでしょう。ドタドタととんでもない騒音ですが、どこか喜び勇んでいるように聞こえてくるから不思議です。
「ソフィー!ソフィー!僕の可愛い奥さん!聞いてくれるかい!?」
その日、城一番のお寝坊さんの髪はサラサラと流れ、キラキラと黄金色に輝いていました。
ハウルを上手く宥めるのはソフィーだけだと思います。