SAMPLE


[けいおん!]
キミとなら
【成人向け】
|B5|P52|¥600|
キミとなら
キミとなら
キミとなら
キミとなら
キミとなら



〜Prologue〜


 澪って呼んでくれる声が好きだった。

 スティックで肩を叩かれるのも嫌いじゃない。

 お気に入りの音楽を一緒にイヤフォンで聴いて。

 一本のマフラーを一緒に巻いたり。

 ずっとずっと大好きだった。小さな頃からずっと側にいて、誰よりも近くにいて。それが当たり前になって。
 当たり前なまま、ずっと側にいて。
 でも。
 時々、分からなくなる。彼女の考えている事が。
 一緒にいるのに黙りこくったり、突然びっくりするくらい甘えてきたり。悪ふざけして身体の一部を——主に胸を、さわられたりして。怒ると悪びれもせず笑ったりして。
 なんでそんな事するのか分からない。
 でも、きっとこちらの反応を楽しんでいるだけなのだ。嫌がるからちょっかいを出す。小学生の男の子と一緒。子供なのだ。
 そう、思っていたのに——。
 どうしてこんな気持ちになるのか。
 胸の奥が熱くて、何も考えられなくなる。学園祭のライブの高揚感よりもっとずっと熱い。ううん、温度の違いじゃなくて、もっと違う熱。
 彼女の側にいるだけで。
 彼女に見つめられる、ただそれだけで、胸のずっと奥が熱い。熱くて、——痛かった。



キミとなら


 ……どうしてこんな事になったのか。
 ここは律の家。律の部屋。時間は午後、放課後の時間帯。
 いつもなら部室となった音楽室でお茶を飲んだりしているはずだ。
 ——でもそうじゃない。

 事のおこりは、今日、何の連絡もなしに親友が学校を欠席した事。
 風邪だろうと腹痛だろうと、女の子特有の体調不良だろうと、学校を休む時は必ずメールの一本くらいは送られて来た。「あたまいたい。休む」とか。
 それなのに何の連絡もないまま、朝の待ち合わせ時間が過ぎた。
 元々、特に時間を決めて待ち合わせしていたわけじゃない。中学……いや、さかのぼれば小学校からの流れでなんとなく、一緒に通学していただけだ。だから待ち合わせ時間も決めてない。
 でもそれで問題があったわけじゃないし、お互いにちょっと遅れる事はあっても、問題なく通学出来ていたのだ。
 それが五分待っても十分待っても、親友——律が待ち合わせ場所に来る事はなかった。
 寝坊でもしたのかな、と思ってメールをしても返信がない。それで「もうちょっとだけ」「あとちょっとだけ」と待ち続けていたのだが、結局ギリギリの時間になってしまい、仕方なしに学校へと向かった。本当はとても気になっていたから家まで迎えに行きたかったのだが、「もうちょっとだけ」と待った分、迎えに行く時間までなくなってしまっていた。
 それでも駆け込みで来たりして、なんて思っていたのに、結局彼女は学校へは来なかった。
 一時間目も二時間目も、お昼休みも五時間目になっても彼女からの連絡はなかった。
 澪は着信のない携帯電話を見つめながら、教室の自分の席で立ち尽くす。授業はとっくに終わり、帰りのHRも終わった。あとはただ音楽室に行けばいいだけなのに、なぜだか足が動かない。ベースのエリザベスを肩にかけたまま、澪は手元の携帯電話を見つめた。
 いつもなら彼女が、
「どーしたー、澪ー。部活行こうぜー!」
 と背後から抱きついてきたりするのに。
 それもない。
 連絡もない。
 彼女が——来ない。
 学校を欠席するのはまだいい。風邪とかで休む事はままあるし、皆勤賞とかそういうのもどうでもいい。でもメールの一本くらいないのはどうしてなのか?
「澪、どうしたの?」
「ぶっかつ、いこ——!」
「部活、行かないの?」
 和、唯、紡のそれぞれの呼びかけに振り向くと、澪は机の上に帰り支度をして準備してあったカバンを手に取り、告げた。
「ごめん。今日は帰るよ」

 友人たちの察しは良かった。
 まあ、自分自身が一日中携帯を手に取ってはそわそわしていた事もその理由だけど。理由を告げると当然のように頷かれた。
 ——なんで当たり前なんだ?
 部活の代わりに行く目的地はもちろん律の家だ。ついて来るのかな、と思ったが、それもない。もし万一病気だったら、全員でゾロゾロ行くのもどうかという判断と、それから今日ムギが用意しておいたお菓子が生菓子だというのもその理由だ。今日部活を休止してしまうと、せっかくのお菓子が傷んでしまう。さすがに部室に冷蔵庫はないし。
 ムギにとりあえず二人分のお菓子を持たされ、澪は通い慣れた道を進んだ。
 彼女たちには自分たちがどう見えているのか。自分と律ってなんなんだろう。
 ふと思う。
 なんだが目をつぶってでも行けそうな気がする。
「小学校の時からだもんなー」
 通い慣れた通学路。
 赤いランドセルを背負って。
 中学の学校指定の学生カバンを持って。
 そして今、ベースを持って、歩く。——彼女の家へ向かって。
 すっかり見慣れた景色なのに、小さい頃の事を思い出すと不思議な感じがじた。道路にかかれた止マレの白い表示はところどころうすく剥げ、鋪装しなおした箇所は色の濃いアスファルトとなり、少し折れかかった道路標識はペンキが落ちかかっている。昔はそれらもぴかぴかの新品だったはずだ。その景色を眺め、毎日通学していたのだ。
 ……今はもう思い出せないけど。
 変わらないのに変わっていたり、変わっているのに変わらない感じがしたり、不思議な感覚だ。
 でも変わらない事もある。
 それを思うとちょっとおかしかった。
「こういうのが腐れ縁っていうのかな?」
 ——隣にはいつも律がいた。
 喧嘩する事もあったけど、気がつくといつも一緒にいて、それが当たり前になっていた。
 隣にいれば安心するし、いなければ不安になる。
 いわゆる親友ってやつ。
 一緒にいるのが居心地よくて、なんで律なのか、他の友達じゃだめなのかとか、そんな事考えた事もない。——当たり前過ぎて。
 行きたい映画があれば思いつくのは律の顔だし、みんなで遊びに行く時だって「澪ちゃんが行くなら律っちゃんも行くでしょ?」なんて当たり前に言われるし、別に四六時中一緒にいるわけじゃないのに、そんな感じだ。
 ——でも、本当の所、律はどう思っているんだろう。
 彼女の顔を思い浮かべる。笑った顔、拗ねた顔、怒った顔、疲れた顔。どれを思い浮かべても笑みがこぼれてしまうから不思議だ。
 あったかい感じ。
 時々悪ふざけが過ぎて、うるさい時やうざったい時だってあるが、彼女の顔を思い浮かべるだけで、気持ちがあったかくなれる。
 そう。——今も。

To be continued.



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Saku Takano ::: Since September 2003