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【最大誤解の花】
数あるベトナムの花のなかで、これほど誤解をともなった花はない。ベトナム語で「ホアマイ」と呼び慣らわされているこの花のことを、99%以上のベトナム人が、早春に花をつけるあの「梅」であると信じている。
ベトナムではテト(旧正月)に花の飾りつけが欠かせないことになっている。もともとは桃がテトの花であったが、暑いベトナム南部では桃の花が手に入らない。そこでかわりに、南部ではこのホアマイをテトの花としているのである。
【親類筋ですらない】
ホアマイのホアは漢字の「花」、マイは漢字の「梅」であるから、ホアマイといえば、疑いもなく「梅花」をさすことになる。多くのベトナム人がこの木を梅だと信じているからこそ、ホアマイ(梅花)と呼んでいるのだが、もともと梅は寒さが残る早春の花であり、葉も出ない寒さのなかで花をつける姿が愛でられてきた。1〜2月のテトの頃に気温30度にたっするベトナム南部では、梅の花が咲くはずもない。
また梅の花は、白・真紅・ピンクがほとんどであって、黄色い梅はあまり普通ではない。実際、梅がバラ科であるのにたいして、ホアマイは熱帯性のオクナ科の植物であるから、梅とは親類筋ですらない全く別種の花である。したがって、ホアマイの木には、いくら待っても、梅干しの材料は実らない。
【適切な命名はむずかしい】
このためベトナムでも、植物学関係など、いくらか責任のある本であれば「ホアマイ」と記すのをはばかっている。かといって、ホアマイ(梅花)の名で完全に広まっているこの花を、いまさら梅ではないと全否定するのも抵抗があるらしく、「黄色」を意味する「ヴァン」をつけて「ホアマイヴァン」とあいまいな表現をしている。
しかし、ホアマイヴァンもその意味するところは「黄梅花」であり、「梅」の意味が残るので、ごまかしであることは明らかである。もともと梅ではないのだから、適切な命名をしようと思えば、まったく別の名前を新たにつけるしかないのである。
【ミッキーマウスの相棒】
この梅と誤解されているホアマイの学名はオクナ・インテゲーリマ(Ochna
integerrima)で、オクナ科の木である。オクナ科植物は熱帯性であるため、日本など温帯には自生していない。
ホアマイの近縁の植物としては、「ミッキーマウスの木」がある。「ミッキーマウスの木」の英語名はMickey
Mouse
plant、日本語名はキバナオクナ、学名はオクナ・セルラータ(Ochna
serrulata)である。「ミッキーマウスの木」は日本でも観賞用植物として手に入る。
「ミッキーマウスの木」は熱帯アフリカ原産の低木で、黄色い花が咲く。花びらのフチが丸いので、自己暗示的に「梅」だと思いこみたい人には、そのように思いこむことができる。つまりホアマイとほぼ同じ花をつけるのである。
花のあとには赤い萼(がく)が残り、黒い楕円形の実がいくつか並んでミッキーマウスの耳のように見える。「赤い萼」と「黒い実」という色のとりあわせも、ミッキーマウスを連想させるため(ミッキーマウスは赤いズボンをはいている)、この意外な名前がついているのである。
【見えてくるベトナム史】
それにしても、なぜ「ミッキーマウスの木」の仲間であるオクナ・インテゲーリマが「梅」と誤解されるにいたったかを考えると、ベトナムの歴史に深くかかわる問題が見えてくる。
ベトナムは文化的にほぼ中国の囚われである。たとえば門松やしめかざりのように、中国に倣っているかどうかに意を用いず、民族の好みに合わせた独自の正月飾りを発達させるという方向は、ベトナムではほとんど生まれなかった。同じ桃の花を飾っても、ベトナムの飾りつけ方は、まさしく中国の春節桃花のコピーである。
かつてベト族の領域が、現ベトナムの北半分だったころは、いびつながらも四季の片鱗があり、ほどほど寒い冬があった。この環境では、中国の春節(旧正月)にならって、桃をテトの花にしておけば、万事つつがなかった。
【中国の春節に咲く花という選択】
ところが、ここ300年ほどの間に、ベト族がカンボジアの土地を侵食して、現在のベトナム南部まで手に入れると、そこは1年が雨季と乾季からなる熱帯性の気候で、四季とは無縁の土地だった。
もちろん、そこにはハイビスカスやランに代表される熱帯性の花がよりどりみどりで存在していた。しかし、そこでもベトナム人がとらわれたのが、「中国の春節(旧正月)の頃に咲く花」という条件だった。それが、梅に似たオクナ・インテゲーリマという選択にいたり、その名も強引にホアマイ(梅花)としたのである。
しかしなんといっても梅の特色は、葉が出る前の枝に花をつける、あのいじらしい姿にある。これにたいして、太陽が照りつける高温の熱帯では、植物は花を咲かせる前に葉を茂らせるのが原則であって、梅のような姿の木にはまず出会えない。
熱帯性のオクナ・インテゲーリマも、まず先に葉が茂り、その中に花を咲かせるのが自然の姿である。しかし、これではどうみても梅らしくない。そのためホアマイは、テトの2〜3週間前に人の手で葉をむしり取って、木を裸にしてしまい、そこに花を咲かせて中国の梅のように見せるという強引なことをやっているのである。
【以前は本物のミッキーだった】
じつは、1970年代頃までは、本物の「ミッキーマウスの木」が、ホアマイとして用いられることがあった。「ミッキーマウスの木」が年中花をつけるのにたいして、現在のホアマイは1〜2月ごろに集中して花を咲かせることができるので、テトの花としてはこの方が利用しやすい。
そのためホアマイの主流は、ミッキーマウスの木(オクナ・セルラータ)から現在のホアマイ(オクナ・インテゲーリマ)へ移ってきたのである。ベトナム人が「伝統の花」と信じてテトに飾る「梅花」が、もともとは熱帯アフリカ原産の「ミッキーマウスの木」だったとは、間が抜けている感じがしなくもない。
今でもテトの装飾に「ミッキーマウスの木」がまったく消えたわけではないが、圧倒的な少数派になっている。本物の「ミッキーマウスの木」かどうかを確認する方法としては、花が落ちたあとに赤い萼(がく)が残るかどうかを見ればよい。赤い萼が残ればミッキーマウスである。
【中部は桃かホアマイか】
ベトナム北部にはすでに中国正統の桃の花があるので、わざわざホアマイが北部に広がる気配はないが、北部の気候ではホアマイも花をつけにくい。ホアマイをあえて北部で育てると、いくぶん暖かくなる3〜4月頃にようやく花をつける。
中部のフエにおけるテトの花としては、北部と南部の両方のしきたりが混ざり合っていて、桃とホアマイが混在しているが、ホアマイの方がより一般的である。同じ中部でも、ダナンまで南下すると、熱帯性の気候に近づくので、テトの花としてはホアマイが桃を圧倒する。
なお、ホアマイは本物の梅とも桃とも親類筋でさえない植物であるが、これにたいして、本物の梅(学名:Prunus mume)と桃(学名:Prunus
persica)は、ともにバラ科サクラ属の植物であるから、梅と桃は姉妹のような密接な関係にある。
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