スケーリーフット ―鉄の鎧を持つ貝―

 太陽の光も届かない暗黒の海底の世界。その海底の中でも、高圧のために300度以上にもなる高水温と、毒ガスまでも吹き出す深海の熱噴出口。この過酷と思える環境にも、意外に豊かな生態系が存在する。硫化鉄でできたウロコを持つ貝、スケーリーフット(ウロコタマフネガイ)もその中の一つである。2001年にインド洋2500メートルの深海、熱水と黒い煙が噴き上がる場所で発見された、この4〜5センチ程度の巻き貝を、日本の有人潜水調査船「しんかい6500」は深海艇の熱水活動環境において観察し、さらに水上での水槽飼育による観察を行うことに成功した。普段は深海の高圧下に生息するにもかかわらず、スケーリーフットはほとんどの個体が船上でも一週間程度生存したのである。

 このスケーリーフットのウロコは、殻の下にあって体の柔らかい部分を覆っている。ウロコの外側は人の歯の2倍の硬さを持つ硫化鉄、内側は炭酸カルシウムやタンパク質などでできている。この硬さと柔軟さを持ち、動かすこともできるウロコは優れた防御機能を持ち、カニなどの外敵から殻に入らなくても身を守ることができる。スケーリーフットには、硫化水素から硫黄を取り出す細菌を体内に共生させている器官があり、そこで細菌が作る硫黄と、熱水中の鉄分と反応させて硫化鉄を作り出していると推測されている。


 生き物の多くは硬いものを作り出す能力が備わっている。人間も骨や歯を作るし、亀は甲羅を持っている。貝も殻を作り、アコヤガイなどは真珠も作る。ヒザラガイという海岸のくぼみに張り付いている貝は、岩の表面を削り取るようにして食事をするという必要上、歯のカルシウム系の土台の先端に磁鉄鉱を装着している。しかし、スケーリーフットほど大がかりに鉄を利用している生物は、現在のところ他にはない。

 インド洋には他にも似た環境があるにもかかわらず、スケーリーフットは今のところ「かいれいフィールド」と呼ばれる1カ所の熱噴出口の中でも、たった2メートルの範囲内でしか発見されていない。確かに深海の多くの場所は栄養に乏しく、生物の現存量は低い。しかし、地球表面の70.9%を占める海。その中でも150〜200メートル以深の深海は海の表面積の92.4%を占めている。その中でも人類が足を踏み入れた場所は、まだごくわずかな範囲でしかない。もしかすると、他の場所にもスケーリーフットかそれに似た生物。いや、それ以上の人類には知られていない驚異的な生物が、まだ存在する可能性も十分にあるのだ。
 

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