火曜の物語

 英語の火曜日(Tuesday)は、北欧神話のオーディンの息子で、軍神チュールをたたえる月です。チュールは神々の中で最も勇気のある神だとされています。これは、フェンリル狼を捕らえるために、自らの右手を犠牲にしたからです。
 豪快にして悲劇的とも言われる北欧神話―神々が巨人とのラグナレクル(Ragnarokkr)=世界の終末と呼ばれる戦いで巨人と相打ちになり滅びるという、世界の神話の中でも希有とも思われるこの物語ですが―その北欧神話の世界の始まりを紹介しましょう。

  太古には砂もなければ海もなく、冷たい浪もなかった。大地もなければ、天もなく、奈落の口があるばかりで、まだどこにも草は生えてなかった。この奈落の口の南にムスペルスヘイムという火炎で燃えさかる国があり、スルトという者が警護にあたっている。彼は燃えさかる剣を手に持ち、世界の終末が近づくと荒らし回り、世界を火で焼き尽くすであろう。一方、奈落の口の北側には氷と霜の国、ニヴルヘイムがある。このニヴルヘイムからの霜と、ムスペルスヘイムからの熱風がぶつかって、巨人ユミルが誕生する。このユミルから霜の巨人族が誕生するのだ。ユミルはユミルと同じく霜の滴から誕生した雌牛アウズフムラの乳に養われる。
 アウズフムラが塩辛い霜で覆われた石をなめていると、そこから生まれたのがブーリと呼ばれる美しい神で、その息子がボル。そしてボルと、ある巨人の娘との間に生まれたのがオーディン、ヴィリ、ヴェーの三兄弟だ。アース神族は彼らから由来する。

 オーディン達はまず、ユミルに戦いを挑みこれを倒す。そしてその死体を奈落の口に運び、そこから大地を作った。また、血から海と湖と川を、骨から岩を、髪から木々と草を作った。そして頭蓋骨を天にし、脳みそを空中につかんで投げ、それを雲とした。
 ある日、この三柱のアース神が海岸を歩いていると二つの木を見つけた。彼らはそれを拾い、それから人間を作り、オーディンは息と生命を与え、ヴィリが知恵と運動を、ヴェーが顔と言葉と耳と目を与えた。男はアスク、女はエムブリと呼ばれ、彼らから人類は発祥した。

 円い大地の周りは深い海が取りまいている。その海岸沿いのヨーツンヘイムとウートガルズに悪い巨人らは住んでいる。この巨人らは人間に対して悪意を持っていたので、アース神たちは大地の内部にユミルのまつげを使って塁壁を作り、その内部に人間たちを住まわせた。これがミズガルズである。また、アース神達は地上から天へビフロストという橋をかけた。虹と呼ばれるのがそれだ。橋のうちで最も美しく、最も強い橋なのだが、やがてムスペルの子(注: 語義不明。火の擬人化であろうと思われる)らが来て渡るときには壊れるであろう。

 世界の真中のアースガルズというところにアース神たちは住んでいる。そこにはオーディンの高座フリズスキャールヴのあるイザヴェルという野がある。オーディンはフリズスキャールヴに座ると全世界を見ることが出来る。天も地も、そこに起こる一切もだ。アース神たちはアースガルズに グラズスヘイムと呼ばれる壮麗な館を建てた。神々はグラズスヘイムの高座につくと協議をこらす。そして日毎ユグドラシルと呼ばれる大樹の傍らで全ての神々が裁きの会を開く。ユグドラシルとは世界樹のことだ。

 巨人が死んでその死体が世界となるという話は中国の盤古、インドのプルシャ神話などにも見られますが、霜と炎のぶつかり合いから巨人が生まれ、その巨人を殺すというところから世界が生まれるというこの神話は、北欧の自然と民族性をよく表していると言えるかもしれません。
 この後、平和な時代を経て、やがて神々が滅ぶ「世界の終末」を迎えることになります。ですが、また世界は新しく生まれ変わることとなり、そのことを古エッダの「巫女の予言」は最後にこう書き記しています。

 ―― ギムレーに黄金葺きの館が太陽よりも美しく聳え立っているのが、わたしには見える。そこには誠実な人々が住み、永遠に幸福な生活をおくる。

 そのとき、すべてのものを統べる強き者が、天から裁きの庭におりてくる。

 

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