木曜の物語

 英語の木曜日(Thursday)は、北欧神話の武勇で名高い雷神のトールから来ています。トールは北欧神話の主神オーディンの息子とされていますが、農民の神として古くからオーディン以上に崇拝されていました。神々の中で一番力が強いとされるトールは三つの宝物を持っています。一つは槌のニョルニルで、投げれば必ず敵に当たり、ひとりでに戻ってくるというもの。もう一つは力の帯で、これは腰に帯びると力が二倍になる。そしてあと一つは鉄の手袋で、槌を利用するときには必ず必要なものです。
 さて、ここではトールとウートガルザロキの話をしましょう。

 ある日、トールとロキ(オーディンと兄弟の巨人)、百姓の息子で足の速いシャールヴィが一緒に東のヨーツンヘイムに向かったときのことである。

 途中でスクリューミルという大きな男と同行することになったときの最初の夕方、寝る前にスクリューミルは食料包みを開けて食事の支度をしてくれるように頼み、大きな鼾をかきだして眠ってしまう。そこでトールは食料包みを開けようとしたが、いくらやっても、全く信じられないことに結び目一つ解くことができないばかりか、緩くさえならなかった。そこで怒り心頭に足したトールはスクリューミルの寝ているところに歩み寄ると、その頭を一撃した。
 だが、目を覚ましたスクリューミルは、いっこうにこたえた風もなく起きだし、「木の葉でも落ちてきたのかな。みなさん、これからおやすみか?」と言っただけだった。その後もトールがスクリューミルが寝ているところに渾身の力を込めて、二回同じように槌を頭に振り下ろしたが、結果は同じ。
 別れ際にスクリューミルは、この先のウートガルズへ行ったら、こんな子供だましの冗談なぞ、ウートガルザロキの家来たちには全く通用しない。引き返す方が身のためだと忠告して行った。

 さらに一行は進みウートガルズに着く。ウートガルザロキ王の前に進み出たトールらは、お前らの中で技芸にぬきんでているものがいれば、家来たちと勝負してもらおうという王の言葉に乗り、勝負をすることになった。
 最初はロキである。ロキは誰よりも早く飯を平らげることができると言い、ウートガルザロキの家来のロギという者と勝負することになったが、ロキが骨を全部とって食べたのに対し、ロギは骨や桶までも平らげてしまい、明らかな負けとなる。また、シャールヴィはフギという名の少年と駆け足の勝負をするが、三度戦って、三度とも完敗する。
 最後はトールが出て、酒の飲み比べの勝負をしようと言った。ウートガルザロキは、いつも家来が飲んでいるという角杯を渡したがトールは飲みきれない。次に力比べということになり、灰色の猫を持ち上げてみろと言われるが、わずかに片足が上がっただけであった。

 明くる朝、失意を持って、トールらが城の外に出た時、ウートガルザロキが現れて言った。
「お前があれほどの力を持っているとわかっていたら、最初から城の中へは入れなかった」と。
「もう城の外に出てるから本当のことを言えば、まず、スクリューミルは、ウートガルザロキ王が化けたものであり、トールが槌でたたいたのは頭でなく山を代わりに打たせたものだ。また食べ比べをしたロギというのは野火で、骨も桶も燃やし尽くしてしまったので早かったのだ。また、競争したフギは『王の思考』で、思考の早さに勝てる相手などいるものではない。角杯の端は実は海につながっており、猫は陸地をぐるりと取り巻いているミズガルズの大蛇だったのだ」
 
 この話を聞いたトールは槌を振りかぶった。だが、振り下ろそうとしたときにはウートガルザロキの姿はなかった。
 そこで城を破壊しようと戻ってみたが、そこに城はなく、ただ広々とした美しい野原が見えるばかり。

 

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 トールの留守中に、神々がたった一人の巨人のために恐怖にさらされ、為すすべを知らないと行った話もあるくらい、トールの力は神々の中でも抜きんでています。ですが、そのトールも、世界の終末(ラグナレクル)では、この話にもでてきたミズガルズの大蛇を血祭りに上げるも、お蛇に吹きかけられた毒のために倒れされることになります。全ての神々が滅ぶ終末は、トールとはいえども例外にはならなかったのです。

 「そのとき、フロージュンの音にきこえた息子がきたり、オーディンの子は、狼と戦をいどむ。ミズガルズの尊い守護者は、怒りにまかせて、彼を討つ。人々は残らず家を後にせねばならない。フィヨルギュンの子(注: トールのこと)は、蛇の前から九歩退いたが、これは恥ずべきことではない」
                                               
 ―巫女の予言