機上の空論

真相究明 人類史上初の航空事故

 

1 航空機事故の概要

 父ダイダロス制作の翼をつけたイカロスは、同様の翼をつけたダイダロスと共にクレタ島を離陸。常にダイダロス機がイカロス機を先導する形で編隊を組んで飛行していた。イカロス機はイカイア海上空を飛行中に高度を上げた際、翼が破損し海上に墜落した。イカロスは死亡。尚、年月日・時刻は不詳である。


2 知り得た事実

2.1 飛行の経過
2.1.1 離陸までの経過
 飛行前イカロスは、翼の設計・製作者である父ダイダロスからその使い方の手ほどきを受けた。その詳細は不明である。その際ダイダロスはイカロスに次の警告を与えている。
 「空の中程の道を飛んで行くのだぞ。あまり低く降りすぎると、翼が水にぬれて重たくなるし、あまり高く上りすぎると、太陽の熱でやけてしまう。だから、中程のところを飛んでいくのだ。けっして牛飼いや大熊やオリオンの剣などに眼をむけるのでないぞ。わしのあとについてくるのだ。」(オウィデイウス著 田中秀央・前田敬作訳 「転身物語」より引用)

2.1.2 飛行経路
 クレタ島中央部にあるクノッソス宮殿付近を離陸、事故直前には、サモス島を左手に、右手にレビントスとカリムネを見るように飛行していた。「転身物語」によれば、「デロスとパロスはすでに後方にあった。」との記述もある。その他の詳細は不明である。

2.1.3 墜落までの経過
 イカロスは突然高度を上げた。その後、肩に翼を固定する蝋製の接合部が破損し、翼が身体から離脱した。イカロスは海上に転落し死亡した。

2.2 人の死亡、行方不明及び負傷

  搭乗者 その他
乗務員 乗客
死亡 1名 0名 0名
重症 0名 0名 0名
軽症 0名 0名 0名
負傷なし 0名 0名


2.3 機体の損傷に関する情報
 2.1.3で述べた接合部の破損以外の詳細は不明である。

2.4 乗務員に関する情報
 操縦者  イカロス  年齢不詳
 2.1.1で述べたように、機体の設計・製作者であるダイダロスから飛行の術の手ほどきを受ける。その詳細は不明である。
 クレタ島を離陸するまでに、この手ほどき以外の飛行経験はなかった。

2.5 航空機に関する情報
 2.5.1 航空機
 型式          ダイダロス手製の翼
 製造番号       2
 製造年月日      不明
 型式証明書      なし
  有効期限      ―
 総飛行時間      不明

 鳥の羽を短いものから順に長いものへと、全体が滑らかな坂になるように一列に並べた後、中央部分は糸で縫い合わせ、付け根の部分は蝋で固めて一枚の翼に仕上げたもの。これを左右の肩に蝋で固定し、飛行に用いる。

 2.5.2 エンジン
 なし。

 2.5.2 重量及び重心位置
 詳細は不明である。

2.6 気象に関する情報
 詳細は不明である。

2.7 医学に関する情報
 単独の飛行中に操縦者が死亡。その死亡原因は不明である。

2.8 救難に関する情報
 編隊を組んで飛行していたダイダロスはイカロス機を見失い付近を捜索したところ、海上に浮遊する翼を発見した。次いでイカロスを発見したが、すでに死亡していた。
 余談ながら、イカロスを悼むため墜落地点周辺の海は「イカリア海」と、埋葬された島は「イカリア島」と呼ばれるようになった。


3 解析及び結論

3.1 蝋製結合部の破損
3.1.1 蝋融解説の否定
 当事故の直接の原因は、2.1.3で述べた蝋製結合部の破損である。その原因は、2.1.1で述べた飛行前に設計・製造者であるダイダロスが発した警告により、長く太陽に近付きすぎたため蝋が融解したことによるとの推定が無批判に信じられてきた。しかし、現実には100m上昇する毎に、気温はおよそ0.7℃下がることが一般に知られている。よって、蝋の融解説は成立しない。

3.1.2 破損原因の推定
 2.1.3で述べたように、イカロス機が突然上昇したことは間違のない事実である。結合部の破損は以下に述べるように、蝋の中に密封された空気によるものと推定される。即ち、高度を上げることにより周囲の気圧が低下し、密封された空気の圧力が相対的に高まる。また気温低下に伴い蝋が収縮し、密封された空気の圧力を更に高める。この圧力が蝋の応力を凌駕した時点で、接合部が破損したものと推定される。

3.2 突然の上昇
3.2.1 飛行原理の推定
 この航空機は2.5で述べたとおり鳥の羽で作った翼を人体に蝋で固定しただけであり、推力を生むエンジンを有していない。鳥のように羽ばたいたとの情報もあるが、幾多の実例が示す通り、それだけでは飛行は不可能である。
 この航空機は背後からの風を受けて飛行する、いわば糸の切れた凧のようなものと推定される。ギリシャ各地の月毎の平均風力は、風力3〜5である。翼を胴体に沿って(直立したときに地面に対し垂直になるように)使用すれば、翼及び人体が風を受けその圧力で前進する。また、翼の角度を変えることにより、前進速度と上昇率を制御することが可能になるものと推定される。巡航時には、翼を地面に対して水平に維持して揚力を得、風の圧力を船の帆のように人体が受け推力を得ることも可能と推察されるが、明確ではない。
 羽ばたきの目撃証言は、前進速度または上昇率の調整のために動かしたものを見誤ったものと推定される。

3.2.2 ダイダロスの警告
 2.1.1で述べたダイダロスの警告は、太陽の熱による蝋の融解を設計・製作者が恐れていたことを示している。これはまた、飛行は昼間に行う計画であったと推定させる。
 この警告中、「牛飼いや大熊やオリオンの剣など」と昼間には見られない星(星座)に関して述べられているが、これは夜空の星ではなく、太陽の光に隠された星であると考えられる。古代ギリシャ人は天球を太陽が移動するとの考えを持っており、黄道を理解していた。パエトン暴走の神話にも、その痕跡が見受けられる。
 星座早見盤(クレタ島はその南岸がおよそ北緯35度に位置するので、東京とほぼ同緯度である)を見ると、9月上旬(現代の暦による)の08:00頃に牛飼い座は東の地平線上にその全体を現し、オリオン座は南西の空にある。北斗七星を含むおおくま座は、地平線には沈まない。クレタ島を出発したのは、9月から10月にかけての早朝であったと、これより推察できる。
 クノッソス宮殿に近い、クレタ島北岸の中央部に位置するイラクリオンでの観測によれば、朝方の風向は、9月から南風の確率が高まる。(Sailing Issues/Greek Climate 参照) クレタ島の南方はアフリカ大陸北岸まで、島がなく海が広がっているだけである。それに対して北方にはエーゲ海の島々、そしてヨーロッパ大陸がある。ダイダロスは南風に乗って北方への飛行を図ったと考えられるので、先に述べた季節の推察は確度が増す。

3.2.3 飛行経路の推定
 クレタ島中央部の離陸推定地点から見ると、イカリア海(イカリア島付近と仮定する)の墜落推定地点は北東に位置し、その直線距離はおよそ300kmある。風の偏差を考えても、一直線に飛行したとは考え難い。また、当時の平均風速を5m/s(18km/h)とすると、一直線に飛ぶと16時間ほどを要する。06:00の離陸としても、事故発生時刻は22:00となる。3.2.2で述べたように秋分前後と推定されるので、この時刻には太陽は既に沈んでおり、事故当時太陽が照っていたことと矛盾する。
 2.1.2で述べたとおり事故直前には、サモス島を左手に、右手にレビントスとカリムネを見るように飛行していた。つまり東へ針路をとっていた。以上から、一直線に飛行したのではなく、途中何処かを経由していたものと推定できる。
 2.1.2で引用した「デロスとパロスはすでに後方にあった」との記述は、これらの島を経由したことを示唆していると考えられる。離陸推定地点からパロス島中央部までの直線距離は、およそ200kmであり、平均速度5m/sで飛行すると、11時間ほどを要する。同様にパロス島とデロス島間は50km・3時間、デロス島と墜落推定地点との間は110km・6時間である。各区間とも07:00に離陸すれば、日のあるうちに充分着陸でき、また、事故発生の時刻も13:00頃となり、太陽が高い時刻となる。(推定航跡図 参照)

3.2.4 低気圧と前線
 3.2.1でのべた飛行原理と、3.2.3で述べた推定飛行経路は、南風が2日後に西風に変ったことを示している。これより、ヨーロッパ大陸西部にあった低気圧が、東に移動していたと推定される。低気圧には、反時計回りで周辺の空気が吹き込む。北西に低気圧があれば南風が吹き、北にあれば西風が吹く。
 温帯の低気圧は通常、その南西側に寒冷前線を、南東側に温暖前線を伴い、二つの前線に挟まれた低気圧の南側は晴天域である。また、寒冷前線は低気圧そのものよりも早く進むため、温暖前線に追いつき閉塞前線となる。

3.2.5 寒冷前線と上昇気流
 寒冷前線は重い寒気が軽い暖気を押しのけて進むため、その前線面付近に上昇気流が発生する。低気圧南方を、西風を受けて飛行していたダイダロス機・イカロス機の後方に、寒冷前線が迫っていたものと考えられる。イカロス機はこの上昇気流の影響を受け、突然上昇したものと推定される。

3.2.6 イカロス
 2.4で述べたとおり、イカロスの年齢は明らかではない。父親はダイダロスであり、母はクレタ島のミノス王の奴隷であったと分っている。ダイダロスはその生国アテネで弟子を殺害し、クレタ島に亡命した。よってイカロスはクレタ島生まれである。
 ダイダロスがこの飛行まで、クレタ島に何年滞在したのかについては、正確には分らない。しかし、ミノタウルス神話にある以下の記述より、16年以上滞在していたと分る。
 ミノタウルスの出生にダイダロスは関与していた。
 9年目ごとにアテネからミノタウルスの餌食として人身御供があったが、その3回目にミノタウルスが退治された。その手助けをしたのもダイダロスである。その咎で幽閉され、今回の脱出飛行を敢行したのである。なお、「9年目ごと」とは前回の年も数えるので、現代の数え方では「8年ごと」となる。参考に述べると、現代オリンピックの開催間隔は、オリンピアの競技会(古代オリンピック)に倣って決められているが、古代ギリシャの数え方は「5年目ごと」であった。
 飛行前のイカロスの行動について、「転身物語」に次のような記述がある。「嬉々としながら風にまいあがる羽毛をつかまえようとしたり、指で褐色の蝋をこねたりして、いろんないたずらによって父のすばらしい仕事のじゃまをしていた。」
 この記述はイカロスの幼さを示している。12歳以下と推定できる。また、ダイダロスが息子を抱きかかえながら飛行する工夫を考えなかった、つまりイカロスに単独飛行を許したことから、少なくとも7歳にはなっていたものと推定できる。

3・2・7 イカロス機のみが上昇気流の影響を受けた理由
 ダイダロス機が上昇せず、イカロス機のみが事故に到る上昇を起こした理由は、以下のように推定される
 イカロス機はダイダロス機の後方を飛行しており、先に上昇気流に遭遇した。このため、ダイダロスはイカロスに警告し得なかった。
 上昇気流に遭遇した時、ダイダロスはその意味を即座に理解し下げ舵をとったが、イカロスはその幼さが故に事態を把握し得ず、対応が出来なかった。
 翼を含めて父子の身体が相似形であり同じ姿勢で飛行していたと仮定とすると、上昇気流から受ける力の比はその面積比、即ち身長の比を2乗したものとなる。一方その力に対抗する重力の比は体重の比となり、それは体積の比即ち身長の比を3乗したものとなる。上昇気流に対する「影響の受け難さ」は、「重力」を「上昇気流から受ける力」で割ったものと考えられる。するとその比は身長の比に還元され、身体が大きい者の方が影響を受けにくくなる。3.2.6で推定したイカロスの年齢から、ダイダロスの方が身体が大きいと考えられる。

3.3 結論
 後方から接近した寒冷前線による上昇気流に遭遇したイカロス機は、その幼さ故に状況を把握できず高空に吹き上げられた。翼を肩に固定する蝋製の結合部内にあった気泡が、外気圧の低下に伴い膨張したため、結合部が損壊した。翼が身体から離脱し墜落事故に到った。

(2004.06.08. 記)

 

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