機上の空論

機内サーヴィスあれこれ   準備されたもの

 

 ここでは、予め準備され全乗客(少なくても同一便、同一クラス)に対して行われるサーヴィスの内、各社の特色が表れている心憎いものを取り上げました。例えば、機内でのおしぼりのサーヴィスは日航が導入して、世界中の航空会社に広がりました。世界中に広がってはいないものの、その会社の心遣いを感じさせるもの、お国柄を感じさせるものを選んでみました。

 乗客への心遣いを最も感じさせてくれたのは、SASです。機内食のトレーには、エコノミー、ビジネスの区別なく、小さな洗濯バサミのようなクリップが載っていました。(1986年6月から1991年3月の間の経験。それ以降搭乗していないので現在でもあるかは不明)右の映像がそれです。これは何だと思いますか?実は、食事中に服が汚れないように、ナプキンを挟むためのものです。嬉しい気配りと思いませんか?短距離路線でも、食事が出れば必ず提供されていました。余談ですが、地上でタイピン代わりに使えないかと試してみたところ、友人たちに白眼視されました。

 SASの心遣いをもう一つ。左は1986年6月モスクワ−成田間をビジネスクラスで飛んだときに、夕食のトレーに載っていた名刺大のカードです。名言・格言が載っているもので、ディナーパーティーの席上での会話に相当するものと解釈しました。他のフライトから考えると、時刻表に「ディナー」と記された食事の際に配られるもののようです。同社の「ディナー」のあるエコノミークラスには、1989年6月と9月に搭乗しましたが、このようなカードはついていませんでした。エコノミーだからついていなかったのか、かつてはエコノミーでもあったがその時点では廃止されてしまったのかは分りません。因みにこのカードには、「結婚は幾多の苦痛を伴う。しかし、独身生活には楽しみがない。」と記されています。今から考えると、あの麗しき乗務員さんから私へのメッセージだったのかも知れません??気が付いたのが遅かったのか、私は未だに「苦痛はないが楽しみもない」生活をしています。

 地上で出される機内食をご存知でしょうか。ルフトハンザでは飛行時間1時間ほどのフライトで次のようなサーヴィスがなされています。名づけて「ゲート・ビュッフェ」、搭乗口に飲食物を置いておき乗客が自由にとることができるようになっています。食べる場所も、出発空港、機内、到着後と自由に選べます。これは、乗客の腹具合への配慮と、廃棄される手付かずの食品を減らすという環境への配慮からとのことです。1991年2月にハンブルグからベルリン・テーゲルへ飛んだときに、このサービスに出くわしました。サンドウィッチやバナナ、オレンジなど結構豪華な品揃えで、たっぷりと朝食をとった記憶があります。乗客が量的にも調整できる点非常に評価できます。実はその朝コペンハーゲンからSASで乗り継いだのですが、SASの機内でも朝食を取っていたのです。ルフトハンザの初期の目的に反するかもしれませんが、私のような大食いには嬉しいサーヴィスです。このサーヴィスは更に、機体重量を減らし、客室乗務員の負担を減らす効果もあると思います。機内では、余裕を持ってドリンクサーヴィスが行われていました。

 酒好きとして非常に良かったのはフィンランド航空のビジネスクラスです。1990年6月にストックホルム−ヘルシンキを往復した時のことです。飛行時間40分位なのですが、軽食が出ました。そのトレイにはウイスキーのミニボトルが一本載っていたのです。しかも、それとは別に、ワゴンで、ビールやワイン、カクテルもサ−ヴィスされました。実はフィンランドは知る人ぞ知る飲酒大国なのです。日本では酔っ払いの代名詞にロシア人が引き合いに出されるようですが、ロシア(特にサンクト・ペテルブルグ周辺)やスウェーデンではフィンランド人がそうなっています。余談ながらデンマークでの酔っ払いの代名詞はスウェーデン人です。そんなお国柄を象徴しているかのようなサーヴィスに喜んでいる私は何なんでしょうか?フィンランド人やスウェーデン人、そしてロシア人とも互角に杯を交わしたことがあります。これらの国で日本人が酔っ払いの代名詞になったら私のせいかも知れません。

 酒についてもう一つ。1990年9月、ベルリン・シェーネフェルト−プラハ間のチェコスロヴァキア航空(当時)でのことです。狭いYak-40機上で、機内食はサンドウィッチでした。それはトレイに載っているのではなく、スーパーで魚や肉を入れる半透明のビニール袋(よくおばちゃんが大量に巻き取っている袋)に入っていました。安っぽさより、手作り感覚に感銘を受けました。それはさておき、サンドウィッチを配り終えると乗務員はチェコ特産のビールを次から次に進めるのです。チェコ人はチェコのビールは世界一との強い自負を持っています。大きなジョッキのようなサーヴァーは、装飾こそ施していませんがこれまたチェコ特産のボヘミアングラスだと思います。アットホームな雰囲気の中、一足早くチェコスロヴァキアを満喫できました。

 最後に、厳密には機内サーヴィスとはいえませんが、この上ないウィットを一つ。英国航空のシベリア上空を通過する便名が「007」とされていることです。今でこそシベリア通過は当り前になったいますが、冷戦時代は旧ソ連が軍事的立場から、西側航空機の領空通過を制限していました。アンカレッジ経由はソ連領空を避ける意味で開かれた航路です。その様な背景の中、僅か週2往復許されたロンドン発モスクワ経由東京行きの便に、ジェームズ・ボンドの暗号名をつけたBAのユーモア・センスには敬服します。右は手元にある一番古い、1980年4−10月分BAの時刻表です。赤い(!)ところがシベリア経由便です。モスクワ経由で、機種がB707というところに時代を感じさせます。多少遠慮してかただの「7」便になっていますが、空港等での表示は「007」になっていました。乗客もこの便名にワクワクしたのではないでしょうか。私が憧れのボンド便に搭乗したのは1991年1月で、冷戦はほぼ終息しており、B747によるノン・ストップ便でした。

 結論として、素晴らしいサーヴィスとは乗客に対する小さな心遣いがあるという事でしょう。それがユーモアに包まれ、乗員が余裕をもって乗客に接することが決め手になるといえるでしょう。

 

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