機上の空論

超音速飛行時の爆音可聴域

 

5月5日に米海兵隊岩国航空基地で開催された、「フレンドシップデー 2003」へ行って来ました。日頃慣れ親しんでいる民間航空とは一味違った軍用機の世界を覗き、見識を新たにしました。

様々な展示飛行があったのですが、その中で非常に印象深かったのがFA-18戦闘攻撃機によるものです。この日最初のジェット機による展示飛行だったのですが、この飛行が私にとって新しい世界への扉を開いてくれたのです。それは、例えば成田空港で旅客機の飛行を眺めるのとは全く別世界の体験とも言えるものでした。

2機平行してローパスをしたときのことです。私はとても不思議な体験をしました。高速で2機が近付いて来るにもかかわらず、会場はしんと静まって、何の音も聞こえないのです。奇妙な時間が非常にゆっくり流れました。何が起きているのか訳が分らず、ただ呆気にとられるばかりでした。そんな中でも、機影は見る見る大きくなってゆきます。

機体が目の前を通過する直前に、やっと気付きました。音速に限りなく近い速度で飛んでいた(あるいは僅かに音速を超えていたのかも知れません)のです。爆音より早く機体のほうが飛んで来たのです。私は慌てて耳を塞ぎました。それでも轟音が空気を震わすのが良く分りました。

前置きが長くなりましたが、ここでは超音速で飛ぶ航空機の音が地上で見ている航空マニア氏にどの時点で聞こえるのかを考えてみましょう。計測の基準点は後で述べる通り、目の前を航空機が通過する時点とします。

議論を始める前に、超音速飛行時の音の広がりを確認しましょう。下の図1をご覧下さい。中央の青い線は航跡を示しており、右から左へ飛行して今Nに到達したところです。航路上の各地点で発せられた音はそれぞれを中心に、音速で球状に広がります。図には、P・Oで発せられた音の広がりを円(真横から見たら球は円に見えます)で示してあります。このような円を沢山書いてゆくと、航空機が発した音が広がる範囲は図中に黄色で示したように、Nからそれぞれの円に引いた接線の右側になります。立体的に見ると赤い線で示した円錐状になります。つまり、この円錐の内側が爆音が轟いている範囲です。

 

 

では地上にいる航空マニア氏には、どの時点で音が聞こえるのでしょうか。地面という平面による、この円錐の切断面が地上での可聴域になります。水平飛行をしているので、軸(円錐の頂点と底面の中心を結ぶ直線。体積を計算する時の「高さ」)と切断面は平行になり、可聴域(切断面)は二等辺三角形に広がります。図2は、ちょうど目の前を機体が通過しているところを表しています。、水色は空を、黄緑は地面を、地面中央の灰色の線は航跡の直下を、黄色は音の広がりを、赤は地表面での音の到達範囲(可聴域)をそれぞれ示します。ご覧の通り、航空マニア氏(人間に見えるかな??)にはまだ音は届いていません。

 

 

図2は航空マニア氏が可聴域に入った瞬間を示しています。圧縮された爆音に身を揺さぶれ始める瞬間です。機体は大分先まで進んでいます。このとき航空マニア氏は、機体が目の前を通過した点(Pとします)を中心とし、機体の現在地を頂点する円錐の底面円周上にいると考えることができます。

 

 

この時航空マニア氏を揺さぶった音は、どの時点で発生した音なのでしょうか。これを考える時、黒い線で示したように図1を重ね合わせて考えることができます。つまり、図1の点O’に航空マニア氏がいると考えられるのです。なぜなら、円錐は軸を含む平面で切断すると、何処で切っても切り口は同じになるからです。すると、点Oで発せられた音を代表させて考えることができます。

 

 

図4は図3の凾mOO’を抜き出して、正面から見たものです。この三角形を利用して、目の前を通過した時点から機体はどれだけ進んでいるのかを考えてみましょう。問題の距離は、辺PNの長さです。

計算の前に、この三角形の性質を見てみましょう。辺PO’は辺NPを軸とする円錐の、底面の半径となります。また、辺NO’は辺OO’を半径とする円の接線です。ですから、∠NPO’、∠OO’Nはいずれも直角になります。

その結果2角がそれぞれ等しくなるので、凾mOO’、凾mO’P、凾n’OPは相似になり、次のような各辺の長さの関係が成り立ちます。

(NO:OO’:O’N)=(NO’:O’P:PN)=(O’O:OP:PO’)

 

ここで、辺NO,辺OO’はそれぞれ機体と音が同じ時間で進んだ距離を示しますから、マッハ数(機体の速度が音速の何倍かを示します)をMとすると、NO:OO’M:1になります。更に、凾mOO’が直角三角形であることから、三平方の定理を利用して辺O’Nの比も計算できます。すると、上の比は次のようになります。

 

これで、図4のどれか1辺の長さが分れば、全ての辺の長さが分るようになりました。この中に長さの分る辺があるのでしょうか。図3で示した、凾oQO’を利用すれば、地表上のPの真下の点(Qとする)から航空マニア氏までの距離(辺QO’=d とする)と機体の高度(辺PQ=a とする)を使って、辺O’Pの長さを表すことができるのです。

 

 

図5は航路を真正面から見たもので、水色は空を、黄緑は地面を、黄色はP点を中心とし航空マニア氏(点O’)が周上にいる円錐の底面を表します。その半径O’Pは、赤で示した直角三角形の斜辺の長さとなります。直角三角形の斜辺の長さですから、三平方の定理より次の式で表せます。

 

すると、先述の相似を利用して計算すると、目の前を通過してから航空機が進む距離が分ります。

 

次にP点通過後、音が聞こえるまでの時間はどうでしょうか。機体が進む距離をその速さで割ることで計算できます。機体の速さは音速のマッハ数倍ですから、音速をとするとMsとなります。よってその時間は次の式で表せます。

 

検算を兼ねて、これとは別の方法でこの時間を計算してみましょう。先述の通り航空マニア氏に最初に届く音は、機体が点Oを通過したときに発せられたものを代表として考えることができます。点Oから発せられた音が届くまでの時間は、辺OO’の長さを音速sで割った値になります。しかしこの値は、機体が点Oを通過したときからの時間です。点P通過時からの時間を計算するには、機体が辺OPを進むのにかかる時間を引かなければなりません。引く値は、辺OPの長さを機体の速度Msで割ればでてきます。

先ずは、辺OPと辺OO'の長さですが、先の相似比を利用して計算すれば、それぞれ次の値となります。

 

いよいよ時間の計算です。音が辺OO'を進む時間から機体が辺OPを進む時間を引きましょう。少し長くなりますが、式の計算の過程も示してみます。

 

ご覧の通り、機体が辺PNを進む時間と一致しました。

以上、不思議な体験を数学的に考えてみました。たまには数学で遊んでみるのも面白いと思いませんか?意外と初歩的な数学で処理できたことに驚きました。

(2003.5.14. 記)

 

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