機上の空論

飛行機は刃物である―後退角の理論から 

 

現代の大型ジェット旅客機の翼は機軸に対して垂直には取り付けられず、後退角を持つようになっている。これは第二次大戦中にいち早くジェット機を開発したドイツの発明であり、高速飛行時に抵抗を減らす働きがある。

この理屈は通常図1のように説明されており、後退角をθとすると、直線翼(機軸に垂直に取り付けられた翼)と比べると、その抵抗は cosθ倍になる(θが0度以上90度以下の場合 cosθは0以上1以下なので、小さくなる)という。しかし、何故この図で説明できるのかが全く分らなかった。機軸に平行な線(太い赤線で示す)が気流を表すことは何とか分るが、翼前縁に垂直な線(同様に太い赤線)が何を表しているのかは全くもって理解し難い。

 

  

 

寧ろ図2のように、後退角があれば進行方向正面から見ると短く見えることから、これが抵抗を減らすと考えたほうが分りやすいような気がする。しかし、これも前方から見た形が何故抵抗と関係あるのかが説明しきれない。また翼型を台形とみなすと、翼端と付け根の長さ及び翼長(それぞれ上底・下底・高さにあたる)が等しいならば、後退角の有る無しに係わらず揚力に関連する翼面積は等しくなり(図3)、後退角をつけるメリットが説明できない。

 

 

ところが、先日我が家にある意外なものからこの理屈を理解するヒントを得た。その「意外なもの」が何であるかは、下の写真を見ていただこう。きっと大笑いされるに違いない。

 

 

ご覧のとおり卸金である。しかし、ヒントを与えてくれたのはその中央についた金属部分、キュウリなどを薄く切るための刃である。これが斜めに取り付けられていたことから、後退角の理屈に迫ることができた。

図4と図5で、それぞれ「後退角」がない場合とある場合にキュウリをスライスする様子を示す。考えやすくするためキュウリの断面は真円とし、黒線で示した刃が右から左へ動くものとする。(上の写真は手動式であるが、刃が往復する電動式を想像していただきたい。)どちらの場合も、キュウリに刃が当った瞬間から完全に切断した瞬間までを示している。このとき刃が動いた距離は赤い直線で示されているが、その距離は図4ではキュウリの直径と等しいが、図5、つまり「後退角」があるときにはその大きさに応じて長くなる。

 

  

 

この時、刃を動かすのに必要な力はどうなるのであろうか。完全に均質で直径が等しいキュウリをスライスしたならば、いずれの場合でも仕事量は等しくなる。従って、加える力はその仕事量を刃の移動距離で割った値となる。そして「『後退角』がある場合」に必要な力の「ない場合」のそれに対する割合(「ある場合」は「ない場合」の何倍か)は、図4の赤線の長さを図5のそれで割った値である。

これが飛行機の後退角とどのような関係があるのか。図4と図5を重ねて考えてみよう。ただそのまま重ねたのでは比較にならない。図4の赤線が円の直径と等しいことを利用すると、図6のように示せる。刃を示す直線が円の接線なので、接点を結ぶ直径はそれと垂直になる。これは何と、「後退角理論」を説明する図1と全く同じとなる。

 

 

ところで上で青字で述べた割合をこの図に当てはめると、「上の水平な赤線の長さ」を「下の斜めの赤線の長さ」で割った値となり、これらを2辺とする直角三角形に注目すれば cosθとなる。等速で刃を動かしているときに、これはキュウリから受ける抵抗に等しい。将に「後退角理論」そのものである。

この理屈を飛行機に当てはめるとどうなるのか。刃がキュウリを切断するように、翼は空気を切断していると仮定することができる。何故なら、翼が受ける抵抗は空気から受けるからである。但し、飛行機がある一定区間を飛行する場合に翼が進む距離は、キュウリの切断と違い、後退角の有無に係わらず等しくなる。そう考えると、後退角があると抵抗が減少すると説明できる。更に図2の方法で考えると、圧力と同じ考えで説明できそうである。すなわち空気から受ける抵抗を前縁の長さで分散し、それが抵抗の減少となっているとも説明ができる。

しかし、まだ疑問は残る。抵抗が分散されるとしてもそれは局所的なもので、抵抗の総和は一定であるはずなのだ。また、円形のキュウリとは違い、前面に一様に存在する空気に対してこの考えは適用できないような気もする。克服すべき課題が残ったものの、飛行機を刃物と比較すると航空力学の諸理論を説明することが可能なようである。特にエリアルール(「機体の断面積の変化が一様な時に抵抗は最小になる」という理論)などは、刃物を突き刺す時に受ける力を考察すれば類似点が多々ありそうである。

とりあえず、「飛行機は空気を切り裂く(突き刺す)刃物である」と結論して、今後の考察に繋げたい。

(2004.02.14. 記)

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