2017年5月9日(火)〜17日(水)ニューヨーク旅行記その2(長文)

海外旅行は初めての私。しかもいきなり渡米である。同行者はアメリカ旅行経験者の夫である。
目的は息子家族が住むNYに是非このチャンスを生かして行ってみたいと思ったからだ。
夫は用心棒という事で、あえて私に全ての計画を任せた。そこで私は秘かに1年前の計画から始まって、ゆっくり予定を立て、いろいろと調整しつつ実行した。
無事に帰国できたものの事後処理等、私としては本当に忙しかったし、身体もかなり疲れていた。でもまぁ、しばらくして、何とか順調に現実に戻ってきた感じがした。
それにしても大胆な試みを実現出来たものだと、幸運の数々を感謝する。

7日間のニューヨーク旅の前後は京急蒲田ホテルに泊まった。羽田から近くの所だ。思ったよりきれいなホテルで短時間使用だったが、問題なし。
飛行機をANAのプレミアムエコノミー席にしたのも正解。JTBのフリープランも良かった。現地の空港からホテルまでのJTBによる送迎車も良かったと思う。
乗用車風の小車だったが、運よく他に乗客は無く、貸し切り状態だった。私は酔うので助手席に乗せてもらった。
夫が運転手とずっと話をしていてくれたので、私は特に気を遣わず、行き過ぎる外国の珍しい街並みを見ているだけだったので、1時間強の車中を車酔いも無かったのが不思議な位だ。

**では、出発時から順に日記形式で書いて行きたいと思いますので、宜しかったらお読み下さい。**

5月10日、朝6時頃、京急蒲田ホテルを出て、羽田空港へ向かった。羽田発着便があるのも嬉しい。

集合時間まで空港内でゆっくり朝食をし、おトイレも済ませた。集合場所はJTBの窓口だったが、荷物を預けるだけですぐに終わった。
後は搭乗口で待つのみ(だいたい私の事だから1番に並んでいるから笑える)。搭乗時刻になり、身体障害者やファーストクラスの人から順に搭乗していく、エコノミークラスになると、1番最初(笑)に機内に入って行った。
指定席に座り、いよいよフライト!行くぞ行くぞ、飛行機が飛び立った!空を飛ぶのを実感すると感動で胸がいっぱいになる。
とうとう、ニューヨークに出発だ!!ワクワクと胸が膨らむ。さぁ、13時間の空の旅は興味津々だ!
機内食を頂き、麻雀ゲームに時間を費やした。太平洋の上を飛ぶのもワクワクする。初めてだし、脳が興奮して13時間は眠れるわけがない。

JFK(ケネディ)空港に到着、やっとである。飛行機を降りてすぐ夫はおトイレに寄る。その間に入国手続きの列が増したのか?長蛇の列にびっくり、予想外でちょっとブツブツ言う私。
空港の外でJTBの迎えの人を待たせてあるので気が気でない。こんなに列が進まないとは予想外である。ずいぶんと気をもんだ私。
後で分かったのだが、こう言う事は結構あるらしい。日本とは受付手順がまるで違うそうだ。1時間位は並んだ末に入国手続きを通過したと思ったら、今度は預けた荷物が出て来ない。つまり、黄緑色のベルトのスーツケースが無いのだ。
黒人の係員が親切に探してくれた。結局は黄緑のベルトは無くなっていたが紺のスーツケースは無事に出て来た。

やっと、解放され、空港の外に出ると、JTBの迎えの人がちゃんと待っていてくれ、快く迎えてくれた。
さすが、JTBの運転手は観光案内が上手い。車窓から見るアメリカ東部の街並みは新鮮だった。クイーンズ地区に入ってからは道が長く続き、まだかまだかと思う程に走り続けた。やっと、マンハッタン島に入る橋に差し掛かった。クイーンズポロブリッジと言う。車の渋滞でなかなか渡れなかったが、そこからはニューヨークの街が一望だ。
ウワァー、ニューヨークだぁ〜と再び感激!いよいよ来たぞニューヨーク、はぁーるばる来たぜニューヨーク♪♪(笑)
橋を渡るとセントラルパークに突き当たり、南に下り更に右に曲がる。7アヴェニューを下り、シェラトンホテルの角を曲がるとヒルトンホテルの駐車場になる。ガイドブックの地図であらかじめ勉強しておいたのでこの辺は良く解るわけだ。
不思議に酔うこともなく無事車を降りると、JTBの運転手は気軽に入れるTAKE・OUTの店やDAILY・CAFE等を教えてくれた。
ヒルトンホテルのチェックインを済ませ、ホテルの部屋まで運転手は荷物を運んでくれた。とても親切にしてもらい日本人運転手なので大変良かった。

さてさて、とうとう着いた訳だ!
日付変更線を渡ったので、
只今5月10日午前10時。ここからは帰るまではフリーで、ヒルトンホテルでは5泊となる。
着いたこの日はホテルから近いトップ・オブ・ザ・ロック(展望台)に登ってみる事にした。それがやはり、長蛇の列に並んでからと言う事になる。
結構へたへたなのに待ち時間が長いのは非常に疲れる。まぁその後、昼食を済ませて元気になってから、ロックフェラーセンター(最も有名)やセントパトリック大聖堂等、ミッドタウンの中心街に行ってみた。大聖堂も非常に立派だった。
夕食は取りあえず教えてもらったディリーCAFEで済ませた。その際息子が会社帰りに立ち寄ってくれ、一緒にそこで話をした。バリバリの一張羅の背広を着こなし、すっかりニューヨークのビジネスマンになっている。
土日にはたっぷり付き合ってもらうことにして、夕食もせずに帰っていった。

翌5月11日(木)はJTBのイベントに参加。朝8時に集合し、「おはようタイムズスクエアー(南下組)」に参加した。ウォーキング1時間コースである。30代後半位の日本人女性が街並みを解説付きでタイムズスクェアーまで歩いてくれた。地下鉄の乗り方やチケットの買い方もここで教わった。タイムズスクエアーに辿り着くと解散、後は自分たちで帰りなさいよと言う訳だ。
そんな朝の散歩をしてホテル近くまで戻り、朝食を済ませた。それから我々はロワーマンハッタン(マンハッタン島の最南端になる)まで地下鉄に乗って出掛けた。この辺は夫の提案である。バッテリーパーク(自由の女神が遠くに見える最南端)やトリニッチ教会、ウォール街(世界の金融機関が集っている所)を外から見学、証券取引所の前にはリンカーンの銅像がある。
その辺りで昼食をしていると、体裁の良いビジネスマンが昼食にやって来る。外国人だらけなので、もの珍しい。自分も外国人だが(笑)。その後は南西に移動、てくてく歩いてグランドゼロに辿り着いた。ワールドトレードセンターである。あの911事件の足跡が痛ましく残されていた。もちろん人々の悲しみを籠めた石碑が建っている。
さすがによく歩いたのでへとへとになって地下鉄に乗り、ホテルに戻った。夜はホテル近くで簡単に夕食を済ませた。

5月12日(金)は、再びJTBイベントに参加。朝8時集合、今度は北上組「おはようセントラルパーク」ウォーキングに参加した。40代後半位の日本人女性が案内してくれた。こういう時は私って少しでも聞き逃すまいと案内者の隣にピタリと付いて先頭で廻る(笑)。旅行者は人数的には4〜5組(10人程度)位だが。
つまりはJTBのサービスと言う訳だ。夫はどうでもよかったみたいだったが。
それが終わると期待のミュージァム。
ホテルから東に向かってレキシントン街までてくてく歩き、そこから地下鉄に乗った。86丁目で降りて、メトロポリタン美術館まで更に歩いた。よく考えればタクシーもあったし、バスもあったのに、すでによく歩いてしまったから、行くだけで疲れた。
この日美術館は、とても混んでいて、荷物預けからチケット買いまでかなり並んだ。混雑する中、やっと入れたが館内はめちゃくちゃ広い。2階だけに絞って、印象派を重点的に鑑賞した。名画があちらにもこちらにもあふれている。
信じられない位素晴らしい絵がゴロゴロとあり、勿体ない位だった。2階の一角だけは満遍なく見たはずだが、相当疲れて頭もあまり回らなくなった。
美術館内のレストランで遅い昼食をとったが、やはり混んでいて、なかなか席に座れない。その後は見る元気もなくなり、グッズショップにも寄る気力がなくなり、荷物を受け取るだけでも相当時間がかかり、ほんと大変だった。
折角の大美術館では見た絵を今一つ覚えていない。行ったと言うだけになってしまった。その代わりチケットの値段はとても安く、2人で15ドルだったから、まぁいいか。帰りはバスでホテルに戻った。

そして
5月13日(土)、息子たちと会う日がやって来た。残念ながら雨だったが、朝10時頃に息子がホテルにやって来た。午前中は、モマの近代美術館がホテルのすぐそばにあるので、私は息子につきあってもらう事にした。夫は兼ねがね行きたかったイントラピット・ミュージアム(飛行機の美術館)に出掛けることにした。
そんな訳で、夫は一人で出かけ、私と息子はホテル近くで朝食を済ませ、ちょっと至福な時間を味わいつつ、モマ近代美術館に出掛けた。ここもやたらに混んでいて、入るまでに相当時間がかかった。ここでも重点的に4階の絵画を満遍なく見た。最後の方は息子が作者の説明を読んでくれたりして、良く付き合ってくれた。
昼にホテルに戻ると、夫はすでに帰ってきていた。

午後3時頃、3人でバスに乗って息子の自宅に向かった。雨は朝からじゃんじゃんと降りっぱなし、今度は真西に向かってバスは走る。映画や舞台でヒットしたウエストサイドストーリの建物が今も残るウエストサイドを通り抜け、ハドソン川が見渡せる西端停車場を降りると、マンションが立ち並ぶ住宅街になる。
相変わらず、雨は降っていたが、息子はスーパーマーケットに寄った。買い物を頼まれていたらしい。私達も外国のスーパーはもの珍しいのでキョロキョロと見て回った。
買い物を済ませて隣接するジャンボなマンションに入った。11階だったかなぁ〜?あまり覚えていない。部屋に入るとすぐ居間になっていて、孫の砦である城が半分くらい占めていたかも。ソファーとピアノが置かれていた。食卓は端の方にあり、何年振りかで会うお嫁さんがにこやかに迎えてくれた。
小学1年生の孫もしばらくぶりの我々を歓迎してくれた。ハーブティーを頂きながら、小1時間ほど皆でしゃべったり、孫の弾くピアノを聞いたりしてくつろいだ。窓の外は降雨でよく見えないのが残念だったが。

夕方になって2手に分かれ、
マンハッタンの中心にある日本食レストラン(予約済み)に向かった。
私がバスではなく電車が良いと言ったので、息子は私を連れて地下鉄で現地に向かった。行きがけにバスから降りた道とは違う道を通り、孫の通う学校や遊び場などを見て、地下鉄の駅に向かった。
ニューヨークの地下鉄は古ぼけていてそれなりの味があり、面白かった。黒人が多いのも物珍しかった。相変わらずの雨がじゃんじゃんと降り、申し訳ないような気がしたが、息子は文句も言わずによく付き合ってくれた。
途中、地下鉄を乗り換えながらレストランに着くと、夫、お嫁さん、孫はすでにタクシーにて到着していた。
日本語が通じる店で改めてホッとした。お寿司が中心で私も何やら可愛い弁当箱風寿司を食べた。とても美味しかった。孫中心で何となく和む雰囲気だ。息子達は常連客の様だ。
母の日もあるのでと、息子は全面的にごちそうしてくれた。何かとお金を使わせてしまったが、好意が非常に嬉しく思う。ゆっくり夕食した後、息子家族とは店の外で別れた。

そして、
翌14日(日)朝、晴天なり!土日の予定をチェンジしたのが大正解となり、フェリー乗船には絶好の日和となった。
ニューヨークのマンハッタン島を一周する「サークライン」フェリー乗り場で息子と孫と待ち合わせした。乗船2時間位かかるらしいが、マンハッタン島を外からぐるりと見て廻れるので夫のお進めである。
風を切って走るフェリーは心地が良い、孫も飽きずに楽しんでくれた。息子は孫の面倒見が良い。ポイントポイントきちんと父親をしている。
「自由の女神」も船上からしっかりと観覧した。数多いブリッジもくぐった。これはニューヨークの総集編みたいなものだ。帰りは途中まで一緒にバスに乗って、息子達は8アベニューで下車、私達は7アベニューで下車した。
この日は飲まず食わずで息子達と別れたが、あまり付き合わしても悪いと思ったのも事実で、私達も一旦ホテルに戻った。
疲れたが満足のいく2日間だった。普段忙しいのに折角の休日を気持ちよく付き合ってくれた息子に感謝である。

翌、15日月曜日は、もう帰る日。午前中は再びタイムズスクエアーまで歩いて行って土産物屋を探索しながらブラブラと歩いた。
毎回、量の多い朝食や昼食を外食するので、満腹感が抜けず、夕食がおろそかになった。それに夕方、ホテルに戻ると食欲も無くなるほどクタクタになっていたのもある。
最終日は午後2時15分にホテルロビーに集合すると、JTBの迎えの車が来ていて、楽しんだニューヨーク、マンハッタンとも別れて、ヒルトンホテルを後にした。
飛行場に向かう車は渋滞、結構時間が掛ったが、やはり、夫が運転手(行きと違う日本人)と話を弾ませていたので、私は気が楽だった。
無事にJFK空港に到着。運転手とも別れ、後は帰りの便を待つだけ。帰りも車に酔わなかったのでホッとして、JFK空港ではラウンジ食を結構食べた。

飛行機は出発が15分遅れ、ガタガタ揺れたがフライトOK、帰りは長い14時間離陸だが、あまり腹が空かず、機内食も入らない状態だった。腹にガスが溜まったりして、今一つだったが、マージャンゲームのおかげで大分気が紛れた。
やっとのやっと、羽田に到着してホッとする。
日付変更線を再び通過したので、16日(火)午後9時35分着
まぁ何とか、全て酔わずに帰国出来た事は本当に有難い!!感謝感謝だ。息子も大変良くしてくれた。お疲れ様!

無事着いたか?と息子からメールが入っていたのに、WIFI機器が使用料超過しそうだったので、返事が出来なかった。
帰りも再度、京急蒲田ホテルに泊まったが、上手くメールが送れず、翌日我が家に戻ってから自宅WIFIからメールした。心配かけたかもしれない。申し訳ないことした。
海外使用携帯が今一つ上手くいかなかった。借りていたWIFI機器が2Gまでだったのもちょっと失敗。いけない私。
それでも、
5月17日、無事帰宅出来たのが大成功だった。
以上終わりです。お読み下さった方長々と有難う御座いました。Yuko記