HOME   
          2003年12月28日  建築あそび記録 
          菅野裕子 さんによる  建築と音楽
   p−1 p−2  p−3 p−4  p−5   p−6  

   p−7  p−8  p−9 

●スライド
1593年だから一寸まえのディルータという人の理論書なんですが、ちょどページがまたがっているんでつなげたんですが、マクシやマロンガなど色んな音符があると説明して、それ全てをタクトゥスという単位で、イタリア語でバットゥータなんですけども、これが8だとか、4だとか、そういうふうにこのタクトゥスというもので、統括的に全部の寸法が数字で表すようになりました。

で・・クルト・ザックスが3拍子の曲の割合がどうだったかというのを調べたものが、あるんですが、1400年代ディファイという人の95%が3拍子。1453年になくなったダンスタブルも93%が3拍子だったということで、3拍子の曲はその頃すごく多かったんですけども、15世紀になるとガタと減って、15世紀のヴィラールトのモテットだと2%しかないとか。

さきほど聞いたパレストリーナ、・・94年に亡くなった人だと1%以下であって、ダンダン3拍子の曲が減って来たことによって、実質的に2倍系列のものが作曲されることによって、このタクトゥスによって全部のものを統括的に数字を合わせることが出来ました。

モドゥルスとタクトゥスがどう類似しているかと考えると、メートルとか秒という単位で建築や音楽のものを測るとすると、それがメートルや秒が 建築や音楽の具体的な部分に基づく単位じゃないので建築や音楽から、中立して存在する単位だと言えるんですが、中立的に存在していて、さらに建築とか音楽とか限定されることがないんですが、メートルで建築以外の例えば絵画とか彫刻とか人間の大きさとか測ることもできるのでんですが、モドゥルスとタクトゥスというのはあくまでも建築と音楽に限定された単位と思います

両方の類似点というのはどういうものかと言うと。例えばアルベルティの理論書には、全ての大きさがモドゥルスで表されたのではなくて別の方法でも示されていて、タクトゥスも15世紀後半に現れたんですが16世紀の多くの著者というものはタクトゥスという言葉を何らかのかたちで記述しているんですが、具体的な音符との関係としてはセミヴィスに等しいという事で、それ以外の音符との関係は記述しなかったというか、そういう事をするのが困難な状況にあったんですが、ヴィニョーラ バンキエーリディルータという人達はモドゥルスやタクトゥスによって全ての部分の大きさを一義的に決定するということを行いました

そうなると どうなるかというと図面の中に数字が書き入れられたりとか、理論書のなかの音符の横に実際に数字を書くことが出来る、それはつまり単位というものが、一つの単位で全ての部分を測ることが出来るようになったからなんですが、そういう風な記述になります。

次に一寸前の状態のモドゥルスを使わなかった時に建築の部分がどういうふうに示されて来たかということを説明したいんですが・・


●スライド
アルベルティのなかの記述を見るとモドゥルスが使われなかった所の寸法の決め方には大体大きく分けて2種類のやり方があって、一つ目の操作というのは、この絵(右上図)を見ていただきたいのですが、柱頭の高さをここで11分割して、・・・Aの所は4つでCの所は2個・・というふうに割り振る

ということはどういうことかというと一回ある全体の大きさを一つの単位を作ってそれを基準の単位として、いろんな所の大きさを、ここは基準の4倍、これは2倍とか、そういうふうに大きさを決定しています。

これはイオニアの柱頭とほとんど同じやり方で、これも幾つだったかなー・・全体を19分割して、それを3つ4つとかに分けているんですが、アルベルティはここではこれ一つをモドゥルスと言っていて、こっちはモドゥルスとは言っていないのだけど、結局実質的には同じだと言えると思います

どういうことかというと全体があってそれを分割することによって単位を作って、それで全体を作るんですが・そこには、モドゥルスという言葉を使っているか いないかという違いがあるだけで、結局同じことが行われています。

イオニアの柱頭ではその基準はモドゥルスで、ドリスの柱頭ではその基準は名前はつけられて無かった小単位というふうに言えます。

●スライド
もう一つの寸法の決め方がどういうものかというと、これがアルベルティドリスの柱礎の寸法の決め方なんですが、まず全体を3分割して、その一つをFの部分を方眼にあてて、その残りを4分割して、その一つをCというところにし、さらにその残りを2分割してというように・・どんどんどんどん連鎖的に分割しています



●スライド
s ・・来ましたね。どうも・・今晩は・・もう終わりますよ。
  途中で電話が入っていた八重樫、石井が仙台からやって来る・・

 靴おいといて

my妻  階段置いてないの 今日は・・
ya あ置いてないですか
A あ置ける
s はみ出してもいいから置いてよ ・・またなんか持ってきたの

ya これお土産・・と

s じゃすみません・・お願いします

これはアルベルティのイオニアの柱礎なんですけども、アルベルティは2種類の寸法の決め方を記述していて、右側はモドゥルスで全体を分割して、一つの単位を作って、それで一つ一つの大きさを決めるやり方と、もう一つは今説明したような、この全体を4分割して、これを決めてその後コレをまた分割して、・・さらにこの長さを決めて、残りを分割して、という風に連鎖的にやっています。

この2種類の寸法の決定の仕方を比較すると、この絵で分かるとおもうんですがこちら側(左)は入れ子状になっていて、階層性があって、それぞれの所でなにか分割して、決めて行くのに対して

こちらの(右)方では一つの単位を使って・・まず全体を分割して、その一つづつを倍化することによって決めるという方法になっています。

こちら(左)は階層性あってこちら(右)は階層性がないということになります。

●スライド
こちらもさっきの音符の例ですけども、これもタクトゥスという単一の単位で決めない場合は、ここ(左上)は3分割、ここは(右上)2分割、ここ(右中)は3分割というふうにそれぞれの所で分割する数となるので階層性が生じるのに対して

モドゥルスやタクトゥスで決めると階層性がなくなります

・・・・なにかの大きさを決めるということは、別の大きさとの比例関係なんですけども、例えばAとBの大きさが3:2の時のことを考えた場合、3:2というのはAとBの比例関係であるのに対して、2分の3とか1.5というふうな数にすると、Bを単位としたAの大きさとか割合というふうに言えると思います。

それは3:2と2分の3と同じ事を言っているようで、一寸違うと思ったんですが、実はこのことに注意すると16世紀の音楽理論書の、さっきの音符と音符との関係の数の記述、これをメンスーラというんですが、それに関する記述で面白いことがあると、いうことに気づきました。

メンスーラがその2素性3素性があって2素性が不完全で、3素性が完全ということはどの著者でも一致しているんですけども、メンスーラそのものが何なのかということに関しては2種類の、記述がありました。

一つはメンスーラが値である。というふうに書いているもので、もう一つはメンスーラというのは関係、比例関係であるというふうに書いているものがありました。

それはどういう時代で分かれているかというと、みんな16世紀なんですけども、前半の人は「値である、大きさである」と書いていて、後半になると「関係であるとか規則である」とか場合であるというふうに書いている人が増えてます。さらに1588年のティグリーニという人は「メンスーラは昔は値であったが今は関係だと書いていて、同じ頃のザルニーノという人も「昔は値であったと」いう事を本に書いています。

どういうふうな事なのかと考えると、昔はロンガとかブレヴィスとか、そういうモノを測る尺度としてモドゥルスやテンプスというものがあって、それがある大きさの単位であった。

もうすこし後になるとタクトゥスが定着してくるから、タクトゥスで全て計測するようになると、モドゥルステンプスというのは2素性か3素性かという関係性として捉えられるようになったんではないかと考えました。

こういう考え方に基づくと、建築と音楽でモドゥルスとかタクトゥスを用いない寸法決定共通点があると思ったんですが、アルベルティではモドゥルスと類似した方法で名前のない小さな単位を用いて細部の大きさを決定していったんですが、それが音楽における、この値としてのメンスーラだったんではないかと思いました。

どういう共通があるかと言うと、どちらも実際に柱とか実際の桁とかそういうモノ自体ではないんですが、その大きさから抽出した、・・モノから抽出した大きさを抽象的な意味での大きさを一つの単位としている、ということが共通しています。さらに建築でいうと、その柱礎の高さを分割した大きさを一つの単位としても、それは名前がないから其処でしか使えなくて、その何者でもないもので他の所を測るには具合が悪いわけで、そうするには名前が必要になるんだけども、この段階ではまだ其処までには至っていない。


音楽でも それぞれのメンスーラというものは、モドゥルスものがマイヨールだったらマクシマとロンガ・・一寸ややこしいですね・・

 それぞれの音符間の関係はそれぞれ別の名前が付いているんですが、そのモドゥルスマイヨールと言ったらあくまでもマクシマとロンガの関係でしかないわけで、それぞれの大きさの部分によって別の単位が使われていた、ということです。

 そうするとどうなるかというと、これからの単位は、つまり全部の大きさ、全部の建築の部分とか全部の音楽の音符の部分で、統括的に使われないから、必然的に階層性が生じてしまうというのが両方に共通してる性質です。

 さらにアルベルティの名前のない単位だとか、音楽でいうと値としてのメンスーラというモノが、抽象的な大きさなんだけど、その大きさはどうやって作られたかというと、具体的な部分の大きさの部分である訳なので具体的な、柱礎を分割した大きさというのは あくまでも柱礎を基準にしているから、その具体的な部分から完全には脱却していなくて、物と物との具体的な関係を保有している抽象的な大きさと考えました。

 次のページへ