| 公開 |
2009年8月29日 |
| 監督 |
堤幸彦 |
| 原作 |
浦沢直樹 |
| 脚本 |
浦沢直樹、長崎尚志 |
| 音楽 |
白井良明 |
出演 |
唐沢寿明、平愛梨、豊川悦司、常盤貴子、香川照之、石塚英彦、宮迫博之、山寺宏一、黒木瞳、
佐々木蔵之介、宇梶剛士、生瀬勝久、小日向文世、ユースケ・サンタマリア、津田寛二、石橋保、
古田新太、高橋幸宏、六平直政、木南晴夏、森山未来、藤木直人、中村嘉葎雄、福田真由子、竹内都、
小池栄子、石橋蓮司、ARATA、北村総一郎、片瀬那奈、光石研、高橋政伸、田村淳、岡田義徳、
手塚とおる、田鍋謙一郎、サーマート・セーンサンギアム、陳昭栄、遠藤賢司、武蔵、ダイヤモンドユカイ、
武内亨、MCU、吉田照美、原口あきまさ、斉藤工、左右田一平、
研ナオコ、
西山潤、松元環季、澤畠流星、安西壱哉、小倉史也、吉井克斗、森山拓哉、上原陸、清水歩輝、安彦統賀、藤原薫、山田清貴、
吉田海夕、田辺修斗、他 |
| 備考 |
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| 物語 |
ともだち歴3年(西暦2017年)、2015年の殺人ウイルス事件の後、高い壁で囲まれた東京に、
ずっと閉め出されたままだったオッチョが、壁を越えて帰って来た。
ともだちは世界大統領となり、地球防衛軍を組織して治安を維持している・・・・つまり、ともだちの支配下で、不満を持つ人々は少なくない。
反政府勢力の代表的なものは、ヨシツネが率いる「ゲンジ一派」と、カンナが率いる「氷の女王一派」の2つ。
カンナは過激路線に走り、ともだちが世界の終末と予言する8月20日に武装蜂起を呼びかけており、ユキジの制止も聞かない。
再会したユキジや神様から事情を聞いたオッチョは、氷の女王一派のアジトに侵入し、カンナに逢った。
大切な人や親しい人を大勢失った悲しみから「氷の女王」と化したカンナは、オッチョの言葉にも耳を貸そうとしなかったが、
ラジオで流れる流行歌からケンジが生存している可能性が高いことを聞かされて、希望を持つ。
そのアジトに、地球防衛軍が侵攻してくるが、部下を全員逃がして、カンナとオッチョはわざと捕縛されるのだった。
連行されたともだち政府ビルで、カンナはともだちと対面し、親子だと言われるが、隙をついて銃口を突き付けるも、一人逃走することしか出来なかった。
一方のオッチョは、科学技術庁長官になったマー坊から、「8月20日」に出撃する予定のロボットとUFOを見せられる。
人気歌手・春波夫のマネージャーをしながら情報を集めていたマルオは、行方不明のキリコの居場所を突き止めた。
そこは、原っぱメンバーの1人、ケロヨンの“基地”だった。
アメリカでソバ修行している時にキリコに会って、彼女の研究を支えていたのである。
再会したマルオとケロヨンの目の前で、キリコは、ともだちがまこうとしている新たな殺人ウイルスのワクチンを完成させた。
ケンジは、北海道で生存していた。
バイクで南下して、(偽造手形を手に入れて)関所を通過し、東京へと進む。
ケンジが北海道を出る前に、自作の歌のカセットテープを放送局のポストに入れていたのだが、その歌は抑圧された人々の間で流行し、
放送局のDJ・コンチも成り行きで東京に向かっていた。
武装蜂起以外の方法で、ともだちの計画する殺戮から人々を守る術を考えたカンナは、ともだちが万博会場跡地には手を出さないと読み、
そこで音楽祭を開くことにした。
ユキジやオッチョは元より、波春男も協力し、再集結した氷の女王一派のメンバーは東京中にチラシをまいた。
目玉は、「あの歌」の歌手が来る・・・・それは、ケンジがきっと来てくれるという、カンナの望みでもあった。
8月20日。万博会場跡地にはカンナの予想をはるかに超える観客が集まり、音楽祭が始まる。
街角では、キリコが開発したワクチンを持って来たケロヨンとマルオが、人々に注射する。
ともだちが、「人類は宇宙人に滅ぼされる、私を信じる者だけが救われる」という予言を実行すべく、UFOを出撃させた。
マー坊から託された武器でオッチョが1機撃墜し、13番こと田村マサオがもう1機を撃墜したが、
17年前から格段に性能が向上した2足歩行ロボットが出撃していった。
ケンジとオッチョは、別々に2足歩行ロボットを追い、何とか動きを止めることに成功した。
中で操縦していたともだちの正体は・・・・ヨシツネ?
だが、本物のともだちが、そこに現れ・・・・・・・・・・。
音楽祭は、春波夫や、飛び入りでDJを買って出たコンチ達が必死に場を持たせていたが、観客は「あの歌の歌手」を出せと、ブーイング・・・・・・・・・・。
そして、後日・・・・・・・・・・。
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| 一言 |
キリコとケンジの再登場。
ケンジ達とともだちの決着。
ともだちの、意外な正体。
3部作の最終章として、登場人物を総登場させ、伏線を明かし、謎を明かし、きちんと完結させてはいるのですが・・・・何か物足りないのです。
登場人物が、多過ぎるのかもしれません。
端役に至るまで、少しずつ出番を作ってそれぞれのエピソードを収束させているからか、長い上映時間が、散漫に感じるのです。
又、主要登場人物も、クライマックスの“決戦”に、それぞれの場所で、それぞれの意思で、それぞれに臨んでいて、何というか
・・・・「バラバラ」感があるのです。
その後に、「再会」があり、ようやく第1章以来ちりぢりになっていた登場人物が再集結するものの、ケンジとカンナは、キリコとも再会しなければ、
遠藤家の物語は中途半端な終わりです。
散々引っ張ってきた、「ともだちの正体は、誰なのか?」という謎は、どんでん返しの末に、きちんと明らかにされ、やっとすっきりしたけれど、
3部作、合計7時間以上を使うような話だったのか?
ともだちがやって来たことも、結局子供の空想を現実化して、いい大人が「子供じみた遊び」をしていたに過ぎなかった・・というオチで、
3部作のスケールの割に、話はちっちゃなところに収束してしまいました。
制作陣の力量が原作に及ばなかったのか、あるいは、そもそもあまりにも実写映像化に向かない原作だったのかもしれません。
エンドロールの後に、約10分もの真のラストシーン(ラストエピソードとでも言うべきか?)がある構成には、賛否両論あるかもしれませんが、
この作品の場合はあっていいと思います。
何より、映画は、エンドロールが終わる前に席を立つものではないでしょう。
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