| 公開 |
2007年3月3日 |
| 監督 |
澤井信一郎 |
| 原作 |
森村誠一 |
| 脚本 |
中島丈博、丸山昇一 |
| 音楽 |
岩代太郎、吉川清之 |
出演 |
反町隆史、菊川怜、若村真由美、袴田吉彦、野村祐人、平山祐介、池松壮亮、松山ケンイチ、Ara、保坂尚希、榎木孝明、津川雅彦、
松方弘樹、志村東吾、長澤俊矢、唐渡亮、神保悟志、他 |
| 備考 |
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| 物語 |
12世紀、モンゴルはいくつもの部族や氏族に分裂し、対立していた。
メルキト部族のイェケ・チレドの妻・ホエルンは、モンゴル部族ボルジギン氏族の長イェスゲイ・バートルに略奪され、彼の妻となる。
1年後、ホエルンは男子を出産し、イェスゲイは、討ったばかりの敵の勇将の名「テムジン」をその子につけた。
14歳になったテムジンは、父イェスゲイに連れられ嫁探しの旅に出て、
オンギラト部族の族長デイ・セチュンの娘ボルテとお互いに一目惚れし、婚約した。
又、ボルテの幼なじみであるジャダラン氏族のジャムカと、生涯の友情「アンダ」の誓いを交わした。
だが、テムジンの青春は暗転する。
イェスゲイがタタール族に暗殺され、タイチュウト氏族のタルグヌイが部族の大半を連れ去ったのだ。
テムジンは、イェスゲイがホエルンを略奪した時に既に胎内にいた、メルキトの血を引く者と疑われていたのだ。
置き去りにされた一家を、テムジンは束ねなければならなかった。
秩序を乱す者は弟といえども殺す、過酷な少年時代を経て、弟・ハサルを右腕に、テムジンは青年族長に成長した。
ボオルチェのように、その指導力を慕って、彼のもとに加わる者も現れた。
7年前に婚約したままのボルテを、テムジンはようやく迎えに行く。
消息の知れなかったテムジンを死んだものと思ったボルテは、ジャムカと結婚することになっていたが、ジャムカがボルテに決めさせようと提案。
彼女はテムジンを選び、2人は夫婦になった。
平和は続かない。イェケ・チレド率いるメルキト部族の一団がテムジンの聚落を襲撃、ボルテが奪われてしまった。
勢力のまるで違う敵から妻を奪い返すのは、独力では出来ない。
テムジンが、傘下に入った、父イェスゲイのアンダであったケレイト部族のトオリル・カンと、自らのアンダ・ジャムカの援軍を得て、
ようやくボルテを奪還したのは10ヶ月後。
その時ボルテは、臨月だった。
ボルテが産んだ子は、男子だった。
誰の子か定かではない赤ん坊を、テムジンは殺そうとするが、ボルテと母・ホエルンの説得で思いとどまり、「よそ者」を意味するジュチと名付けた。
テムジンは、着実に勢力を伸ばす。
トオリルは金国の要請を受けてタタールを攻撃する際、テムジンを自軍に加えた。
戦いの年月が続く中、捕らえた敵兵の1人にクランという名の女がいた。
勇敢なクランを、テムジンは側近くに置く。
又、成長したジュチを、テムジンはメルキトの残党掃討のため北方へ派遣した。
全モンゴルの王になることを目指すジャムカにとって、テムジンの勢力拡大は看過出来ないこととなった。
テムジンはジャムカの送り込んだ刺客に襲われ、戦いは避けられないものとなる。
かつてアンダの誓いを交わした両雄の決戦は、テムジンの勝利に終わるが、ジャムカは逃亡し、トオリルを味方につけた。
再度の決戦を前に、ジュチがテムジンの陣に馳せ参じたが、テムジンは彼を北方戦線に追い返してしまった。
ジュチは、父に疎まれている、と、傷つく。
ジャムカとトオリルの連合軍を相手に、再度の決戦に挑んだテムジン軍は、圧倒的兵力に撃退されてしまった。
テムジン自身、毒矢を受けて生死をさまようが、クランの手当ての甲斐あって一命を取り留める。
態勢を立て直したテムジン軍は、油断していた連合軍を急襲し、トオリルは乱戦の中で落命、ジャムカは囚われの身となった。
テムジンと対面したジャムカは、テムジン自身の手で殺されることを願う。
テムジンは、断腸の思いで、アンダの最期の願いを叶えた・・・・。
1206年、テムジンは、全モンゴルの王に即位した。
草原を埋め尽くす人々の見守る中、「チンギス・ハーン」の誕生である。
チンギスは、金国を討つを決断し、ジュチを呼び戻すことにした。
弟・ハサルと共に金国攻撃の先鋒を務めさせるためだが、ジュチは病気を理由に帰還しない。
ところが、ジュチは10日前に元気に狩りをしていたという商人の話が、チンギスの耳に入る。
もし事実なら、重大な軍紀違反であり、許されない。
激怒したチンギスは、自ら、北方のジュチの陣地へ向かう・・・・・・・・・・。
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| 一言 |
オール・モンゴルロケに、モンゴル軍の全面協力。
広大なモンゴルの草原を舞台に繰り広げられる歴史ドラマ、殊に“現役モンゴル軍兵士”が演じる戦闘は、見応えのある壮大なものです。
ただ、圧倒的スケールの映画を見ながら、何故か違和感を覚えたのですが、中盤でクランが登場して、その違和感の正体が分かりました。
それは、約800年前の、外国を舞台にした映画でありながら、あまりにも馴染めていたことです。
現地で集められたエキストラが大勢とはいえ、役名のある登場人物は全てモンゴル人でありながら、演じているのは全て日本人俳優。
言語はどの部族もどの氏族も、日本の時代劇調の日本語。
だから、日本人が見るには実に馴染みやすい映画なのですが、外国の歴史ドラマがあまりにも馴染みやすいことが、違和感の正体だったのです。、
何故クランが登場して分かったのかといえば、クランを演じるAraは韓国人で、彼女の発音する日本語は“外国人が喋る日本語”だったから。
よく練習していると十分思えるレベルでしたが、やはり、周りが全員日本人という中にあっては、目立ってしまいます。
“外国人”俳優を1人だけ入れることによって、日本人俳優が演じるモンゴル人が実は全員“モンゴル人にとっては外国人”であることが際だってしまったようです。
モンゴル人俳優と日本人俳優を混ぜたり、モンゴル人俳優だけで制作すれば、日本語を使うことは出来ないだろうから、日本で上映する映画としては主要登場人物を日本人俳優で
固める方法は悪くないと思いますが、それを徹底してクランも日本人が演じていれば、違和感が何であるのかはっきり意識することはなかったかもしれません。
そう思うと、惜しいキャスティングです。
脚本も日本のドラマそのものの雰囲気で妙な感じがしましたが、本物のモンゴルの草原で再現される、本物のモンゴル軍兵士の戦闘は、
実に圧巻で、これだけでも見応えは十分でした。
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