| 公開 |
2003年5月24日、山口県・福岡県で先行上映 |
| 監督 |
佐々部清 |
| 脚本 |
佐々部清 |
| 音楽 |
加羽沢美濃 |
出演 |
水谷妃里、上野樹里、桂亜沙美、三村恭代、淳評、高樹澪、谷川真理、竹井みどり、岡本舞、山本譲二、夏木マリ、田山涼成、
金沢碧、イルカ、福士誠治、崔哲浩、他 |
| 備考 |
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| 物語 |
2003年7月7日。山口県下関市の陸上競技場で開催された、10年ぶりの関釜親善陸上競技大会。
親友の真理、巴、玲子がスタンドから見守る中、最後の競技のスターターを務めた遠藤郁子は、「安」という釜山選手の名を見て、26年前に思いをはせた・・・・。
1977年7月7日。韓国釜山市で開催された釜関親善陸上競技大会に、長府高校陸上部の郁子は、真理、巴、玲子と共に、下関選手団の一員として参加していた。
大会は順調に進行していたが、800m走で真理と釜山の選手が接触したのを機に、両チームの選手がもみ合う事態に。
釜山の安大豪が鳴らしたピストル音に、皆我に返って騒ぎは収まった。
この直後、郁子は同じ走り高跳びの選手である安に声をかけられた。
「Five centimeter back !」安のアドバイスで少し後ろから助走した郁子は、大会新記録で跳んだ。
その夜、韓国では戒厳令が敷かれているにも関わらず、下関選手の宿舎へ、安が郁子に会いに来た。
「イクコ、オハナシシヨ!」
郁子はテラスに出て、安は木に登り、ぎこちなく言葉を交わす。
郁子は安に、住所を書いて渡し、2人は、来年の大会での再会を約束して別れた。
郁子が下関に帰って、安との文通が始まった。
安は日本語が少し分かるので、英語混じりの日本語でのやりとりだったが、郁子は真理達と一緒にハングルを勉強し、真理達は郁子のことを応援するのだった。
だが、郁子の父は娘が「朝鮮人とつきおうとる」ことに激怒し、安の母も、息子が日本人と交際することに心を痛めた。
郁子は手紙を出し続けたが、クリスマスカードを最後に、安の手紙は途絶えた。
そして郁子に届いた、安の母の手紙。
韓国の受験は命がけで、息子は陸上もやめて勉強に専念している、もう息子に手紙を出さないで欲しい、と。
進学希望だが家が貧しい郁子は、陸上競技の成績を維持して、推薦で受験するしかないのだが、何もする気がしなくなり、陸上の練習すらさぼってしまう。
そんな郁子に、真理・巴・玲子は、何のために陸上をしてきたのか、陸上が好きだからではなかったのか、と涙を流して訴えた。
郁子は、立ち直った。
そして、また4人そろって、今度は下関市で開催される関釜親善陸上競技大会の下関選手団に選ばれた。
1978年7月6日。下関港に、釜山選手団を乗せたフェリーが到着した。
歓迎する下関選手団の郁子達は、名簿に載っていなかった筈の安の姿をみつけた。
安は、「チルソクの約束」を果たすために、一人タイムトライアルを受けていたのだった。
7月7日。大会が終わった夜。真理達の計らいで、郁子と安は、火の山の展望台で逢った。
2人は、語り合いながら、ロープウェイで山を下り、関門人道トンネルへ。
山口・福岡県境で、安は、外交官になって、南北に分かれている祖国を統一させたいと夢を語る。
さらに、みもすそ川公園でひととき過ごし、郁子と安は別れた。
港での見送りと、4年後の大会でまた会うことを約束して。
翌朝、合宿所。郁子と、前夜の一部始終を見守っていた真理・巴・玲子は、朝帰りしたことを顧問の先生に叱られていた。
安に逢えなくなる!真理達が先生を押さえつけた間に、郁子は合宿所を飛び出した。
海岸線を必死に走り、郁子が港に着いた時、安を乗せたフェリーは、既に岸壁から遠ざかりつつあった。
船に向かって安の名を叫ぶ郁子。
その郁子に、別の学校の生徒が、釜山の男の子から預かったと、小箱を渡した。
中には、アクセサリーと、「ありがとう」のメッセージ。
郁子は、もう一度船に向かって叫んだ。
郁子の、懐かしい思い出との再会は終わった。
そして競技大会が終わった時、郁子は1枚のメモを手渡された・・・・・・・・
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| 一言 |
下関市出身の佐々部監督が撮った、映画の中の下関は、大林宣彦監督の映画に登場する尾道にどこか似て、スクリーンから何か温かみを感じました。
そして、CGもなく、殺陣もなく、爆破もなく、派手なことは何もない、穏やかなこの映画は、静かに、後味の良い、さわやかな感動を残します。
基本的には、地方都市で生きる高校生の、青春の一断面を切り取った映画ですが、日本と韓国の歴史的関係が、底流から物語を揺さぶっています。
親善陸上競技大会で知り合った、この国と彼の国の少年少女。2人を応援する少女の親友達。
ところが、娘が韓国人(劇中では南北一緒くたで「朝鮮人」とも)とつき合っていると知るや激怒する日本の父親。
息子が日本人とつき合うことを悲しみ、止めようとする韓国の母親。
姉妹縁組を結んでいる都市と都市の友好親善のために交流行事が開催されながら、個人と個人が親交を温めると周囲が猛反対するという矛盾。
この矛盾が、「下関」を舞台にすることで、一層増幅されています。
(例えば、「朝鮮人」に偏見を持つ郁子の父は、仕事で「朝鮮人」の世話になっている。)
この映画の時代から四半世紀を経て、では、日本人と韓国人の間のわだかまりは溶けているかといえば・・・・今なお続いていると認めざるを得ません。
ただ、手紙ではなく電子メールで通信が出来る、現代の少年少女が国境を越えて交際するのは、郁子と安の時代よりもずっと容易になったというだけで。
物語の時代になっている1977年〜1978年頃のヒット歌謡曲がたくさん、効果的に使用されているのは、楽しい趣向。
ギャグシーンも、物語の基調を損なわない程度に挿入されていて、涙と笑いのバランスがうまくとられていると思います。
この映画の大きな魅力は、主人公とその親友、4人の少女達の、瑞々しさと清々しさ。
知名度に頼らず、又、演技力よりも、陸上競技のシーンをフルショットで撮影出来ることを条件に選ばれた4人の女優(主演の、郁子役の水谷妃里は、現役の高校生にして陸上部員で、郁子と同じく高跳びの経験あり)は、
実際、演技は上手くありませんが、確かな存在感を感じさせます。
ここでいう「存在感」とは、大物俳優に対して言う存在感とは違います。
現実の1977年〜1978年の下関に、本当にあの少女達が存在したと思えるような感覚です。
ところで、「チルソクの夏」の主題歌は「なごり雪」。(イルカ歌唱。)
昨年公開された大林宣彦監督の映画「なごり雪」も主題歌は「なごり雪」。(伊勢正三歌唱。)
奇しくも同じ歌を主題歌とする2本の映画は、いずれも現在の主人公が20数年前を回想する形をとっています。
映画「なごり雪」の主人公は青春を素直に生きたとは言えず、その人生は後悔に満ちたものに。
一方「チルソクの夏」の主人公は(主人公達は)、青春を真っ直ぐ、正直に突っ走り、その人生に後悔は微塵も感じられません。
いずれも名作映画ですが、「チルソクの夏」の感動が後味よくさわやかなものであるのには、この違いがあります。
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