「出口のない海」

公開
2006年9月16日
監督
佐々部清
原作
横山秀夫
脚本
山田洋次、冨川元文
音楽
加羽沢美濃
出演
市川海老蔵、伊勢谷友介、塩谷瞬、柏原収史、伊崎充則、上野樹里、尾高杏奈、三浦友和、古手川祐子、黒田勇樹、平山広行、 永島敏行、田中実、高橋和也、平泉成、香川照之、他
備考
  
物語
 太平洋戦争末期。 アメリカ駆逐艦隊の爆雷攻撃に揺れる日本海軍潜水艦・伊36号に、4人の「回天」搭乗員がいた。 甲子園で優勝し、明治大学でも野球部で投手を続けていた並木浩二。 同じく明治大学の陸上部で、オリンピックのマラソンを目指していた北勝也。 それに、自分は母親似だと話す佐久間安吉と、皆より少し年若い沖田寛之。 潜航を続けて息苦しい艦内で、並木は、「志願」前からのことを思い出す・・・・。
 甲子園の優勝投手だった並木は、大学野球では、肩を壊したため、以前のような速球が投げられなくなっていた。 それでも、野球への情熱は変わらず、チームメイト達に、すっと落ちて一瞬見えなくなる魔球を投げる夢を語っていた。 しかし、時は戦争の真っ只中で、戦局は悪化、中学生さえ学徒動員される情勢。 北が早々に海軍に志願して大学を離れた。 並木も、志願を決意、父・俊信、母・光江、妹・幸代、それに幸代の友達で恋仲の鳴海美奈子達を残して、海軍に入ったのだった。
 鹿島艦長の巧みな操艦により、伊36号はアメリカ駆逐艦隊を振り切った。 浮上して、搭載している4基の回天の状況を確認したところ、沖田の4号艇が損傷していた。 出撃出来なくなって、泣き崩れる沖田。 並木は、回天搭乗員に志願した頃からのことを思い出す・・・・。
 海軍対潜学校で、佐藤校長が、戦局打開のための秘密兵器搭乗員として志願したい者は紙に名前と二重丸を書いて提出するよう言い渡した。 思案する並木に、野球部の補欠選手だった小畑は「僕は海軍でも補欠だ」と、二重丸を書けなかったことを打ち明ける。 考えた末に、並木は、二重丸を書いた。
 山口県光基地で、回天操縦の訓練が始まった。 この基地で、並木“投手”に憧れていたという整備員・伊藤伸夫との出会いがあった。 伊藤は、並木のキャッチボール相手になってくれた。 又、先に海軍に入っていた北が転属してきて、再会。 「軍人として身体を鍛えているだけ」と言いながら、北は走り込みをしていた。
 訓練は厳しいものだった。魚雷を改造した回天の、操縦室は狭く、操作は複雑を極めた。 初めて訓練用回天に搭乗して航行訓練した並木は、“イルカ運動”をして迷走したあげく、岩に衝突、剣崎大尉の鉄拳を喰らったのだった。
 回天搭乗員は、出撃前に、最後の帰省を許される。 並木が東京の実家に一晩だけ帰った時、秘密故に何も話さなかったが、父・俊信は息子が特攻に行くことを察した。 妹・幸代は、兄の帰省を、すぐに電報で美奈子に知らせた。 空襲で家を焼かれたため、親戚に身を寄せていた美奈子が駆け付けたのは、並木が東京を離れる汽車が発車する直前。 並木の身を案じる彼女に、並木は、動き出した汽車の窓から一言告げたのだった。「俺、美奈ちゃんのこと好きだ。」

 敵輸送船を発見し、鹿島艦長は「回天戦用意」を発令、沖田以外の3人の搭乗員が各自の回天に乗り込んだ。 鹿島は、北の1号艇を出そうとしたが、1号艇はエンジンが起動しなかった。 代わりに、佐久間の2号艇が出撃。鹿島艦長は、潜望鏡で、敵輸送船の沈没を確認した。
 出撃出来なかった、又、出撃出来なくなった北は、並木の3号艇を使わせてくれと懇願する。 貧しい小作農の家に生まれた北は、陸上競技で“はい上がる”道を絶たれた今、特攻で戦死して「軍神」になるしかないと考えていたのだ。 並木は、彼の頼みを断った。
 新たな敵艦が発見された。北と沖田や、整備兵の伊藤達に見送られて、唯一稼働可能な3号艇に、並木が乗り込んだ。 鹿島艦長の号令で、並木は回天の起動弁を押し込む・・・・だが、エンジンは起動しなかった。 伊36号艦内に戻った時、笑顔で迎えた伊藤を、並木は思わず殴りつけてしまった。
 回天戦の続行が不可能になった伊36号は、日本へ帰投した。 途中の豊後水道では、沖縄へと出撃して行く戦艦大和とその僚艦とすれ違った。
 光基地に、生きて戻った並木。 伊藤に誘われてキャッチボールをし、思いを語った並木は、途中で、伊藤を座らせて、変化球を投げた。 見たこともない変化球・・・・並木は嬉々として叫ぶ。「今のが魔球だ!今の球が、俺の夢だ!」
 次の作戦が決まった。出撃を前に、連合訓練が実施され・・・・・・・・・・。
一言
 何と静かな戦争映画! いきなり、爆雷攻撃を逃れる潜水艦のシーンで始まって、艦長の巧みな操艦で敵の裏をかくくだりには戦争映画“らしい”面白さもあります。 しかしながら、静かに沈下して炸裂する爆雷以外に何かが爆発するシーンはなく、人が正に死ぬ姿を見せず、敵艦が沈む様も見せず、音楽は全編を通じて静かなもので、戦争映画としては異色中の異色作。
 中心になっているのは、特攻兵器「回天」の搭乗員達で、彼らが「志願」して、訓練を積み、戦場に出て、(潜水艦故に)見えない敵と戦い、あるいは戦おうとし、 ある者は命を散らし、またある者は生き残る姿。 物語中、回天の出撃には相応の時間を割き、回天が敵艦船を撃沈する一幕もあるけれど、主要登場人物が戦死する戦闘シーンとしてはあっさりした印象を受けます。 むしろ重要なのは、それぞれに大切な人を持ち、それぞれに夢を持ち、平和な時代なら軍人になる筈の無かった並木達搭乗員が、 「自ら望んで」死と引き替えの兵器に乗る選択をし、狭隘な空間での複雑極まる操縦を勉強し(それは、死ぬためのも勉強とも言える)、 回天に乗り込んで行く様。 しかも、主人公・並木浩二が迎える最期は、戦争映画的クライマックスを外れたところにあるのです!
 搭乗員達は皆、戦場においては「回天」で出撃(=戦死)することを望み、故障で出撃出来なくなると、泣いて悔しがるのですが、 彼らは死にたくてたまらなかったのではないし、死を恐れぬ英雄的人間だった訳でもありません。 例えば、率先して海軍入りした北は、家庭の貧しさ故に、夢を奪われた後には死んで「軍神」になるしか無かった(無いと思い込んでいた)のに過ぎません。 並木の場合は、実は死ぬ「覚悟」が出来ておらず、時勢に流され、飲み込まれていたに過ぎません。 映画全体の雰囲気は、戦争映画にしては物静かながら、あの時代の狂気を十分に物語っています。
 際立っているのが、並木の最期。 (原作を読んでいれば分かることですが)戦争映画の主人公が、あんな最期を遂げるとは!? 映画的盛り上がりの無い、悲壮感も無い、格好良さなど微塵も無い、突如訪れる最期! それは、無駄な死!!(しかも史実として、同様のことは少なくない。) 実に静かに、戦争の何たるかを表現しています。
 ちょっと気になったのは、並木は、自殺したのではないかという可能性。 キャッチボール中に伊藤に向かって、自分が回天に乗る(=戦死する)理由を「回天という、人間がその一部になった兵器があったことを(後世に)伝えるため」と、彼は言っています。 その直後に並木の乗る回天は海底に刺さり、意識を失うまで思いを書き綴って、彼は死んだのです。 確かに並木の死は、回天を後世に伝えるものになりました。 思い返せば、彼が最初の搭乗訓練で派手に迷走するシーンが伏線に思えて、もしかしたら彼は、敵艦に体当たりするのとは別の方法を考え、実行したのではないかと・・・・。 まさかとは思いますが。(彼としては、家族や美奈子を守りたい思いもあったのだし。)
 演出的には、戦争映画らしい大味なことをせずに、役者の演技をじっくり見せることに力が注がれている、いつもの佐々部監督流だと感じられるもの。 特に、いよいよ回天で出撃しようとするシーンの、緊張と恐怖と息苦しさと惜別の思いと、その他おびただしい感情が混ざり合って凝縮したような搭乗員の姿には、(同じ横山秀夫原作、佐々部清監督の) 「半落ち」を見た時に何度も感じた(演じている役者から吹き出してくる)迫力を感じました。
 前年に公開された、圧倒的な火薬と、おびただしい血糊と、耳をつんざくような大音響の中で戦争の悲惨さを描いた「男たちの大和 YAMATO」が剛速球のような戦争映画だとしたら、 戦闘描写はあっさり目に押さえて役者の演技を前面に出し、戦争の時代に生きていた青少年の夢や思い、彼らがどう戦争に巻き込まれ、そして無駄に命を失ったかを通じて戦争の悲惨さを描いた「出口のない海」は、 “すっと落ちて、一瞬見えなくなる”魔球のような戦争映画です。

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