「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」

公開
2003年12月13日
監督
手塚昌明
特殊
技術
浅谷英一
脚本
横谷昌宏、手塚昌明
音楽
大島ミチル
出演
金子昇、吉岡美穂、虎牙光輝、長澤まさみ、大塚ちひろ、高杉亘、小泉博、中尾彬、上田耕一、益岡徹、中原丈雄、釈由美子、友井雄亮、水野純一、他
備考
同時上映「劇場版とっとこハム太郎 ハムハムグランプリン オーロラ谷の奇跡 リボンちゃん危機一髪!」
物語
 ゴジラとの戦いの後、右腕とアブソリュート・ゼロを失う等、機体の35%を損傷した機龍は、特生自衛隊の八王子駐屯地内の格納庫で修理を進めらた。
 機龍の整備士である中條義人は、叔父・中條信一と甥・舜と共に軽井沢の別荘で休暇を過ごしている時、インファント島の小美人に出会う。 小美人は、43年前に彼女達がさらわれた時に助けてくれた中條信一に、警告をしに来たのだった。 ゴジラの骨から戦いの道具(機龍)を作ったのは過ちで、命は定められた時の中にこそあるべきであり、人間が死者の魂に触れてはならず、ゴジラの骨を海に返さなくてはモスラが人間の敵にならなくてはならなくなる、と。 そして、もしまたゴジラが現れれば、機龍の代わりにモスラが命をかけて戦うと告げると、窓外のモスラが応答、小美人は姿を消した。
 休暇を終え、義人は、機龍の整備に励んだ。 戦術等研修のために、葉山・関川と共にアメリカに発つ家城茜の「機龍はもう戦いたくないのかも知れない」との言葉にも、絶対に修理してみせると息巻く。 茜達の後任には、秋葉恭介、如月梓達が新たに配属された。
 暴走の危険性から不要論がうごめく中、機龍はようやく起動可能なところまで復旧したが、予算不足で心臓部的部品が調達出来ず、アブソリュート・ゼロは失ったまま。 だが、ゴジラ出現に猶予はならず、アブソリュート・ゼロの代わりに3連メーサー砲が機龍に装備された。
 自衛隊の迎撃を一蹴して、ゴジラはまたも東京に上陸した。 市民が避難する中、祖父・信一から、かつて飛行場にモスラの紋章を描いてモスラを呼び寄せた話を聞いていた舜は、小学校の校庭に机を並べてモスラの紋章を作る。 舜と、舜を見つけた信一が見上げた空に、夕日を浴びてモスラが飛来、ゴジラと戦い始めた。
 ゴジラとモスラの激しい戦いの中、東京タワーも倒壊。モスラは足を食いちぎられ、羽を傷つけられ、次第に弱って行く。
 その頃、小笠原諸島・曾孫島では、小美人が歌い、見守る中、モスラの卵から2体の幼虫が誕生した。
 モスラの衰弱を見て、五十嵐首相は、ゴジラとの最終決戦を行うべく、待機させていた機龍の出撃を決断。 ゴジラ対モスラと機龍、そして駆けつけたモスラの幼虫の戦いが繰り広げられる。 戦いは激しさを増し、国会議事堂も崩壊。モスラはゴジラの熱線を浴びて炎上、機龍もゴジラの熱線を頭部に至近距離で浴びて故障、動けなくなってしまう。
 義人が機龍の修理を志願、倒れたままの機龍の内部に入り、無事修理を完了した。 だが、またもゴジラの熱線が命中してハッチが変形、義人は脱出出来なくなったまま、偽って待避完了を無線で報告した。
 再起動した機龍はゴジラを追い込み、モスラの幼虫が吐く糸でがんじがらめになったゴジラが、ついに転倒した。 さらにとどめを刺す命令が出た夜明け、機龍はオペレーターの指示を受け付けなくなり、動けないゴジラを抱えて飛翔した。 またも暴走かと危惧される中、義人が、機龍は日本海溝を目指していると報告する。 その無線で、義人が機龍の中に閉じこめられていることが知れた。
 義人を内部に乗せたまま、ゴジラを抱える機龍は飛び去り、梓が操縦桿を握るしらさぎ2号機が、それを追った・・・・・・・・
一言
 シリーズ27作目。 前作「ゴジラ×メカゴジラ」の直接の続編で、「モスラ」(1961年)の続編にも当たる本作は、同時上映作品があるために、またしても上映時間90分という制約を受けることになりましたが、 新たな設定を構築した前作の世界をそのまま引き継いだおかげで、さほど窮屈な印象はありませんでした。
 「ゴジラ」映画でありながら、むしろ対ゴジラ兵器・機龍(メカゴジラ)が主役のようであるのは前作と一緒。 しかしその機龍は、ゴジラの骨を骨格に持ち、ゴジラのDNAを基に作られたDNAコンピューターを搭載している、いわばもう1体のゴジラ。 結局「ゴジラとは?」という問いの答えを探す物語でもあるようです。 結末は、ゴジラと機龍の決着というよりは、2体のゴジラの運命という印象でした。
 本作の目玉は、“かつて東京を破壊した怪獣”として登場するモスラ。 それだけでなく、その初代モスラと因縁深い中條信一博士が、当時演じた小泉博の演で登場するのも、面白い趣向です。
 モスラといえば小美人で、こちらはさすがにザ・ピーナッツがそのまま出演とはいかず、長澤まさみ・大塚ちひろが演じていますが、その台詞は名台詞のオンパレード状態。
 「人間がゴジラの骨から戦いの道具を作ったのは大きな間違いです。」
 「命は限られた時の中にこそあるべきです。」
 「人間が死者の魂に触れてはいけません。」
 「人類は、自らの過ちに気付かないほど愚かな生き物ではないはずです。」
 直接的には、死んだゴジラの骨とDNAから新たな“命”(機龍)を作ったことを過ちだと言っているのですが、意訳すれば、人間が人工的に生命を創造するべきではないということでしょう。 クローン人間さえ作りかねない今の人類に対する警鐘とも思われます。 そしてそれは、人類が科学を弄ぶことへの批判でもあり、シリーズを通じて共通するテーマでもあります。
 いくつか、いつか見たシーンの再現のような箇所があり、これは分かる人には楽しい仕掛け。 動けなくなった機龍のメンテナンスブースに人間の主人公が入るのも、クライマックスで、機龍がゴジラを抱えて海上を飛ぶのも、前作と同じで、これは少々踏襲し過ぎの感はありますが、 なかなか手に汗を握るシーンで、機龍内部に残った義人を救出するために梓と秋葉がとった行動は、ある意味圧巻でした。
 物語の展開においても、根幹の部分においても、「ゴジラ 2000」に始まったシリーズを、「50周年」を前に一旦完結させるにふさわしい作品だと思います。
 欲を言えば、家城茜に決着をつけて欲しかったところですが。(釈由美子の都合がつかなかったということでしょうけど。)




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