「早咲きの花」

公開
2006年7月29日
監督
菅原浩志
原作
宋田理
(「早咲きの花 子どもたちの戦友」、「ええじゃないか 17歳のチャレンジ」、「雲の涯 中学生の太平洋戦争」)
脚本
菅原浩志
音楽
吉村龍太
出演
浅丘ルリ子、北条隆博、加藤未央、北見敏之、いしのようこ、笠菜月、鈴木駿、米谷真一、久野修祐、ささの翔太、 小柳友貴美、加瀬慎一、桑原昌英、下元史朗、徳山秀典、笹野高史、喜多郎、他
備考
2007年4月7日、山口県上映開始
物語
 海外で活動してきたピンホール写真家・シュナイダー植松三奈子は、遠からず失明することを、医師に宣告された。 光を失う前に、三奈子は、幼い日々を過ごした愛知県の豊橋をフィルムと自分自身の目に焼き付けようと、日本に帰る。
 ホテルに滞在しながら、古いピンホールカメラを持って、豊橋を歩いて回る三奈子。 思い出にとらわれて道に置きっ放しにしていたカメラを壊されたのをきっかけに、高校生の水谷行彦と、その友人・森谷小枝子と出会う。 行彦がインターネットで作り方を調べて自作してくれたピンホールカメラで撮影を続けながら、行彦と小枝子を伴い、三奈子は豊橋を歩き続ける。 時代遅れのピンホールカメラは、長時間露光により(動いているもののような)見えるものが写らない代わりに、見えないものを写すことが出来る。 そうして写し取られる写真の中に、兄の姿を探してきたのかもしれないと、三奈子はつぶやいた。
 まだ6歳だった三奈子が、母・妙子と6歳年上の兄・真次と共に東京から、祖父・真一郎が診療所を開いている豊橋に疎開したのは、太平洋戦争末期のことだった。 転校生の真次は、最初、級友達から浮いた存在で、手荒い目にも遭ったが、段々溶け込んで行き、親友も出来た。 けんかをしたり、いたずらをしたり、冒険したりしながら、友情を育んだ、真次の輝かしき少年時代。 三奈子は、学校にもついていって、常に兄・真次と一緒で、兄の姿を見、兄と体験を共有していた。
 戦局が悪化し、真次の友達の父が出征し、担任の先生も出征した。 真次と友人達も、中学校に進学するや、学徒動員される。 三奈子のついて行けない海軍工廠で、真次達中学生は、爆弾を抱いて戦車に突っ込む軍事教練や、兵器の製造にあたった。
 広島に原子爆弾が落とされた次の日の、昭和20年8月7日、アメリカの爆撃機が豊橋の上空に来襲した。 海軍工廠が標的となり、真次達子ども達も爆弾の雨にさらされ、次々に命を奪われていった・・・・。

 三奈子は、幼い日々の思い出を、短い一生を終えた兄の思い出を、回想し、行彦と小枝子に語り、又、行彦達の同級生達に語った。
 行彦は手筒花火に、小枝子は豊橋発祥の「ええじゃないか」踊り復活に取り組む・・・・・・・・・・。
一言
 3作の原作から1本の脚本にまとめられたという本作は、正直なところ、つながりがしっくりこないと感じました。 失明が近い主人公が、思い出の地で、現代の若者に回想を語る本線に、「ええじゃないか」踊り復活が噛み合っていないというか・・。
 しかし、上映時間の(恐らく)過半が費やされている、三奈子の回想=戦中の真次を中心にした物語は、素晴らしいものでした。 〜60数年後の現代から見たら、とても貧しくて、野性的で、だけど伸び伸びしていて、キラキラ輝くような少年達の日々。 その少年達を守り、育む大人達を奪う、戦争の影。 さらには少年達も工廠で兵器製造に携わることで戦争に関わらされ、遂には、少年達のいる場所が戦場になった、悲劇的結果。〜 この映画の本質は、たった1回の空襲を除けば「戦闘」シーンが全く無い、軍人がほとんど登場しない、一般市民の目線で描かれた戦争映画のようです。
 特に印象的、いや、衝撃的だったのは、海軍工廠での軍事教練や兵器製造のシーンです。 この間まで「戦争ごっこ」をしていた子供達が、本物の戦争の訓練をしている、しかしやっていることといえば、「爆弾」に見立てた箱を抱えて、 向こうから押されて来る荷車を「戦車」に見立てて、その車輪の下に箱を置くこと〜本物の戦争の訓練が、まるで「戦争ごっこ」にしか見えないのです。 そして、「戦争ごっこ」のような訓練をしている子供達が、本物の戦争で使われる銃弾を神妙に磨き上げている・・・・。 これらのシーを見て、日本が戦争に勝てる訳が無かったのだと、痛烈に思わされました。 子供達にあんなことをさせ始めた時点で、既に日本は負けたも同然だったのだと。 それなのに、子供達を巻き込んで国家があがき続けた結果、幼い命がたくさん散ってしまった・・・・。
 「早咲きの花」という言葉が、現代の豊橋の高校の石碑に見えました。 空襲で亡くなった子供達を指しているようです。(地元ではよく知られているのでしょうか。) ラストシーンの後、結局どういう映画だったんだろうと、よく分からなくなりましたが、「早咲きの花」と題されているということは、 戦争に関わる部分を受け止められたら、制作の意図は伝わったことになるのでしょう。
 一つ釈然としないのが、三奈子と行彦が出会ったきっかけ。 プロの、しかもベテランの写真家が、命の次に大事なカメラを道の真ん中に置いて離れてしまうなんて、あまりにも不自然です。 この事件は、別の何かを考えて欲しいところでした。



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