「星に願いを。」

公開
2003年4月12日
監督
冨樫 森
脚本
森らいみ
音楽
野澤孝智
出演
竹内結子、吉沢悠、高橋和也、中村麻美、伊東裕子、牧瀬里穂、國村隼、他
備考
  
物語
 北海道・函館の病院の看護婦、青島奏(かな)が担当する患者・天見笙吾は、3年前の交通事故で視覚と声を失った。 入院した頃の笙吾は全てに絶望し、心を閉ざしていたが、体当たりでぶつかる奏の看護とリハビリのおかげで、退院して自立して生活するまでに回復していた。 それでも、笙吾の視力は戻らない。 担当医の葉月は会議で、アメリカで新しい治療を施すことを提案するが、却下された。
 奏は、東京の大学病院に移ることになった葉月に、突然プロポーズされるが、断った。 奏と笙吾は、お互いに言葉には出さないが、心が通い合うようになっていたのである。
 ある日笙吾は、奏が宝くじを買うところに出くわした。 アメリカの赤十字に留学する資金が必要だからと話す奏。 それから2人は少し歩き、橋の上で奏が笙吾に「一緒にアメリカに行こう」と誘い、別れた。
 その夜、奏の病院に急患が運び込まれた。夜勤の奏が見た、車にはねられた急患は、笙吾。 笙吾はそのまま息を引き取った・・・・。
 朝、気が付くと笙吾は、車庫の路面電車の中にいた。 事故の怪我が無いどころか、目も見えるし、声も聞こえる。 戸惑う笙吾に、スピーカーから流れる声が教えた。 彼は昨夜死んだこと、流星のおかげで数日間だけ生き返ったこと、ただし別人としてなので誰にも笙吾だと分からないこと、もし笙吾だと知られたら消えてしまうことを。 にわかには信じられない笙吾だが、街で誰にも気付かれず、自分自身の葬式を見て、事実らしいことを悟る。
 奏は、目の前で笙吾が死んでしまったショックで、看護婦としての自信を失っていた。 失敗を繰り返すあまり、しばらく休暇をとるよう婦長に言い渡され、身重の姉の家に身を寄せた。
 奏を探す笙吾は、彼女の近況を知る。 生命保険に加入していたことを思い出したが、相続人が全くいない笙吾は、何とかして奏にその保険金を受け取ってもらおうと考える。 保険会社の担当者だと偽って奏に近付いた笙吾だが、奏は相手にしなかった。 アメリカに行くために金が必要だったのは、実は笙吾の治療のためで、笙吾が死んでしまった今では何の意味もないのだ、と。 なおも笙吾は、点字の日記をみつけたと言って読み上げ、彼自身の心、奏への感謝の気持ちを伝えた。
 その直後、姉が交通事故で病院に担ぎ込まれたと知らされ、奏は病院に急行したが、足がすくんで姉の担架を追えない。 だが、彼女を追って来た笙吾にひっぱたかれて、目が覚めたかのように姉の処置に加わった。
 奏の姉は助かった。妊娠していた子供も、無事に生を受けた。 安心して表に出た奏は、置き去りの日記をみつけた。 本当は1日分しか書かれていなかった、笙吾の点字の日記・・・・あの保険屋の正体が笙吾だったと気が付き、奏は駆け出した。
 橋の上で、笙吾はハーモニカを吹いていた。 その笙吾の名を叫びながら、奏が走って来る・・・・・・
一言
 死者が期間限定で復活する設定、クライマックスで走るヒロイン、そのヒロインを演じるのが竹内結子、と、1月に公開された「黄泉がえり」とよく似ている映画ですが、 「星に願いを。」の方がずっと早く撮影されているので(公開の1年前に撮影)、本来は「黄泉がえり」が「星に願いを。」に似ていると言うべきところ。 しかし現実には「星に願いを。」の公開が後になった分、少し損をしているかなという印象を受けました。
 大群像劇だった「黄泉がえり」とは違い、生き返るのは主人公だけ。 だから物語も、ただ主人公を中心に進む、シンプルでストレートなものになっています。
 一番の名シーンだと思うのは、奏の姉が交通事故で運び込まれた病院の、救急入り口のシーン。 〜笙吾が目の前で死んだショックで自信を喪失している奏は、姉の担架を追って病院に入ろうとしながら、入り口で足がすくんで座り込んでしまう。 そこへ笙吾が追いついて来て、奏に平手打ち。 奏はそれで“目が覚めて”、人手が足りなかった姉の手術に加わり、姉は一命を取りとめる。〜 かつて、生きることに絶望していた時、奏に痛烈に叩かれてから立ち直った笙吾。 後半の物語は、笙吾が、恩返しとして奏に保険金を受け取らせようとするのが軸になっていますが、このシーンで、笙吾は恩返しを遂げたのです。 金銭ではなく、看護婦としての誇りを、生き甲斐を取り戻させることによって。
 細かい難はいろいろありますが(例えば、路面電車のスピーカーから流れた、笙吾に事情を教える声は何者だったのか?)、よく出来ている小作品といったところ。
 前半に登場した、ディスプレーに表示している状態を音声で知らせる機能を持つノートパソコンは、そういうものがあることは知っていましたが、 目と声の障害を持つ人のコミュニケーションツールになる様子を実際に映像で見せたシーン(笙吾と奏の会話)も、印象に残りました。




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