「硫黄島からの手紙」

公開
2006年12月9日
監督
クリント・イーストウッド
脚本
アイリス・ヤマシタ
音楽
クリント・イーストウッド
出演
渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、加瀬亮、中村獅童、裕木奈江、、他
備考
“硫黄島2部作”の内、“日本から見た硫黄島”。
“アメリカから見た硫黄島”である「父親たちの星条旗」は先行して10月28日公開。 
物語
 2006年、硫黄島。洞窟を調査していた人々は、地中に埋められている物を発見した・・・・。
 1944年6月。 本土防衛の要衝・硫黄島の守備隊に、陸軍中将・栗林忠道が、新たな指揮官として着任した。 栗林は、早速島内をくまなく歩く。 途中、若い兵に体罰を加えていた下士官を、良き上官は頭を使うものだとたしなめた。
 硫黄島守備隊の従来の防御計画は水際殲滅作戦で、海岸線に塹壕を掘っていたが、栗林はこれを覆し、内陸に地下要塞を構築した上での持久戦計画を打ち出した。 又、将校は優遇されていた食事を、自らも含めて一兵卒と同じ物に改めた。 古参の将校は反感を抱くが、旧知の西竹一中佐は栗林を支持する。 過日栗林に助けられた若い兵・西郷は、新任の指揮官・栗林に一目置くのだった。
 硫黄臭、暑さ、乏しい水と食糧・・・・過酷な環境の中で、守備隊は島中にトンネルを張り巡らせる。 又、栗林は、島民を島から退去させ、着々と戦闘の準備を整えた。
 1945年2月19日。空爆と艦砲射撃の後、満を持してアメリカ軍が硫黄島に上陸した。 気のはやる将兵を、栗林は待機させ続ける。 抵抗に遭わぬまま続々上陸したアメリカ軍が砂浜を埋め尽くした時、栗林は攻撃開始を命じた。 日本軍の、突然の猛反撃に、アメリカ軍は混乱する。 だが、圧倒的に兵力の勝るアメリカ軍に、守備隊のトーチカや壕は一つ、また一つ、落ちて行った。
 栗林の作戦は、徹底した持久戦である。 〜硫黄島は、日本本土へ飛ぶアメリカ軍爆撃機の迎撃拠点であるが、ここを奪われたら逆に、本土が今まで以上に容易に爆撃されてしまう。 妻、子供・・守るべき人達が1日でも長く穏やかに生きられるために、1日でも長く戦い続ける、そのために如何なる状況になろうとも自決は許さず、 1日でも長く生き続けて戦うこと。〜これが、栗林の命令だった。
 西郷は、島の南部、擂鉢山の陣地にいた。 激戦に弾薬が尽き、火器は破壊され、擂鉢山の陥落が決定的になった時、栗林は撤退して戦闘続行中の陣地に合流するよう無線で命じた。 だが、擂鉢山の将校は、独断で自決を指示。 洞窟の中、将兵は次々に手榴弾のピンを抜き、肉片と化した。 だが、偶然栗林の無線を聴いていた西郷は、清水達生き残った兵と共に、擂鉢山を脱出した。
 アメリカ軍の銃砲撃をかいくぐって、島の中部の陣地にたどり着いた、西郷達擂鉢山の生き残りは、自決しなかったことを潔しとしない伊藤中尉に 斬殺されそうになるが、通りかかった栗林が阻止した。
 伊藤は、栗林の作戦に反発し、独断で擂蜂山奪還を図るが、これも察知した栗林が中止命令を出した。 収まらない伊藤は、一人、地雷を持って陣地を出る・・・・・・。
 アメリカ軍の攻勢に、西中佐も倒れて、中部の陣地も維持出来なくなり、残存兵は司令部のある北部陣地へ移動した。 激しい銃撃にさらされて、将兵はさらに倒れ行く。 北部陣地で栗林に迎えられた、擂鉢山と中部陣地の残存兵には、士官が一人もいない有様だった。
 持久戦の末に、武器、弾薬、食糧、水、全てが尽きようとしていた。 栗林は遂に、最後の総攻撃を決断する。 夜の闇に紛れて、地下壕を出た将兵は、栗林を先頭に、アメリカ軍陣地に突撃を敢行する・・・・。
 西郷は、栗林の命令で、総攻撃には参加せず、司令部の地下壕で書類を焼却していた。 他に、軍用行李も焼却を命じられていたが、これは穴を掘って埋めた。
 西郷が地上に出た時、明るくなっていた。 海岸線に下ると、重傷を負った栗林が倒れていた。 栗林をそこまで運んだ将校は、側で死んでいた。 西郷が声をかけると、栗林は、自らの死体を敵に渡さぬよう命令して、拳銃で命を絶った。
 栗林の最後の命令を果たした西郷は、アメリカ兵に囲まれる・・・・・・・・・・。
一言
 2時間半近い上映時間が終わった時、ある種の疲労感を感じていました。
 先行して公開された「父親たちの星条旗」が、アメリカ側から見た硫黄島戦だったのに対し、本作は日本側から見た硫黄島戦。 凄まじい戦場描写は「父親たちの星条旗」と同様ですが、大きな違いは、「父親たちの星条旗」は攻撃する側の物語だったのに対し、 本作は、全員戦死必至の防衛戦を繰り広げた側の物語であること。 物語の視点は主に、指揮官であり、本土に残る妻子の安泰を願う男・栗林と、「赤紙」で徴兵されたパン屋であり、本土の妻とまだ見ぬ子を思う男・西郷に置かれています。 彼らが絶望的な戦場の中で、生きて生きて生き抜くことによって、戦って戦って戦い続け、そして最期を迎える姿を見ていて、一つの戦闘を2本の映画で描写した意義を感じました。
 〜敵対し戦争する軍隊や国家という組織は、双方とも構成しているのは1人1人の人間であり、 最前線では生身の人間が生身の人間を殺し、生身の人間が生身の人間に殺されているのである。 戦いの後にはいずれかの組織が勝ち、いずれかの組織が負けるが、戦場で戦った兵士達は勝ち負けに関係無く、ある者は屍となり、 ある者は傷を負い、無事な者も手は血にまみれている。 そして、敵味方関係無く、残される遺族・・・・。 戦争は、個人にとっては、直接戦った者の心身に傷を負わせ、直接戦わなかった者にも大きな喪失をもたらすものでしかない。〜
 戦勝国の監督があえて別々の側の視点で制作した、合計すると5時間近い2本の映画は、冷静に、良識をもって戦争が何であるかを語っていると思います。
 この映画の中で、南部の擂鉢山から、北部の司令部壕まで、硫黄島の全ての戦場を体験した(そういって過言ではない)西郷は、(配置の関係もありますが)ほとんど引き金を引いていません。 その彼が、最後の最後に、取り囲むアメリカ兵達を相手に、およそ武器とは呼べない物を手に敵意を剥き出しにした時、30日余りの戦闘に人間性を破壊されたのだと感じました。 そして、“敵の負傷兵”として収容された西郷の傍らに、アメリカ軍の負傷兵が並んでいた時、「やっと終わった」と思いました。 映画が終わった時に感じた疲労感とは、映画館の座席に座りながらにして西郷と共に戦場を体験したような疲労感です。
 つまり、良い映画でした。



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