「母べえ」

公開
2008年1月26日
監督
山田洋次
原作
野上照代
脚本
山田洋次、平松恵美子
音楽
富田勲
出演
吉永小百合、板東三津五郎、志田未来、佐藤未来、浅野忠信、壇れい、笑福亭鶴瓶、笹野高史、でんでん、神戸浩、近藤公園、茅島成美、松田洋治、 赤塚真人、吹越満、中村梅之助、左時枝、小林稔侍、鈴木瑞穂、大滝秀治、戸田恵子、倍賞千恵子、他
備考
  
物語
 昭和15年の東京。父・滋、母・佳代、長女・初代、次女・照美の野上家は、お互いに「父べえ」、「母べえ」、「初べえ」、「照べえ」と呼び合い、貧しくも幸せに、慎ましく暮らしていた。 だが2月のある日、戦争を遂行する政府に批判的な著述をしていた、ドイツ文学者である父べえが、特別高等警察に治安維持法で逮捕されて、家族の生活は一変する。 真っ先に野上家に駆けつけた、父べえの教え子だった山崎は、父べえに面会するための方法を調べてくれていた。 しかし、思想犯として逮捕された父べえに面会はかなったのは何週間もたってからで、身柄が留置場から拘置所へ移されて差し入れや手紙のやりとりが許されても、釈放の目途は立たない。 母べえは、斡旋された小学校の代用教員の仕事をしながら、炊事、洗濯、掃除、繕い物、それに二人の子供の世話をし、懸命に生活を維持する。
 世間的に辛い立場の母べえを、隣組の組長は何かと気にかけてくれた。 又、野上家を度々訪れる山崎は子供達にも「山ちゃん」と慕われ、美術学校に行くために郷里・広島から出てきた父べえの妹・久子共々、野上家を支えてくれる、かけがえのない人になっていった。 さらに、親類中の鼻つまみ者の、母べえの叔父・仙吉も野上家に逗留する。 デリカシーの無い仙吉を、初べえは嫌ったが、本当のことを言い合えなくなった世の中にあって、開けっぴろげで言いたいことを口に出来る仙吉は、母べえにとっては心安らぐ存在だった。
 仙吉は、大事にしていた金の指輪を生活の足しにと置いて、奈良に帰った。 久子も、母が病気になったのを機に、美術学校をやめて、画材を絵の上手な照べえに譲り、広島に帰ってしまった。 父べえは転向を拒否して、拘置所から出られない。 元警察署長だった山口の父が東京に来て、母べえに離婚して山口に帰るよう迫ったが、母べえは夫を支持する立場を譲らず、勘当を言い渡された。 山ちゃんだけは、変わらず野上家を助けてくれる。
 昭和16年12月8日、太平洋戦争が始まった。 父べえが帰らぬまま、昭和17年の正月を迎えた野上家。 雪の降る日に、1通の電報が届いた・・・・・・・・・・。
一言
 昭和15年から17年までを中心に、さらに終戦、そして数十年後まで話が及ぶ物語。 被雷した輸送船の船室内の様子を除けば戦闘シーンは皆無ながら、その時代に市井に生きた人々の姿を通して、間違いなく戦争というものを見つめる作品です。 山田洋次監督が脚本を担当した「出口のない海」(佐々部清監督作品)も派手な戦闘描写を控えた戦争映画でしたが、「母べえ」はさらに徹底しています。 (本作で久子が郷里の広島で被爆死することには、佐々部清監督作品の「夕凪の街 桜の国」を連想。)
 国家が戦争のために国民を統制し、物資も嗜好も思想も制限された時代。 最前線で血を流し、命を失う者がいた一方で、「銃後」と呼ばれた場所でも、人間としての尊厳、そして命までも奪われた者があった。 遺された家族は、「名誉の戦死」ではなく働き手を奪われて「国賊」の家族と呼ばれ、それでも生きていかなければならない。 〜この映画は、普遍的な家族の絆を描く人間ドラマの姿をした、戦争映画と言っていいかもしれません。
 ラストシーンの、母べえの言葉は、意外でした。 何十年もの間、思っていたのはそういうことだったのかと。 戦争が大切なものを奪うのは、戦場の戦闘に限らず、空襲もだけれど、「銃後」の社会の、「敵」と関係無い場所もあるということを、認識させられました。
 丁寧に作り込まれていることが感じられる本作の、難点をあげれば、出演者の実年齢と役の年齢が乖離しているのが目立ったことです。 特に、60代の吉永小百合演じる母べえは、物語の中心になる時期の年齢は30代。 溺れる山ちゃんを助けるために、着衣のまま海に入り、クロールするシーンはお見事ですが、9才と12才の子供の母というのはさすがに無理を感じます。 美術学校に通う義妹役の壇れいは、役の上では20歳前後ではないかと思われますが、壇れいの実年齢こそ母べえにピッタリ。 同様に、50代の板東三津五郎が演じた父べえは、その教え子・山崎役の浅野忠信こそ実年齢がピッタリ。 出演者は皆、いい演技をしているのですが、余計なことが気になってしまいました。



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