「隠し剣 鬼の爪」

公開
2004年10月30日
監督
山田洋次
原作
藤沢周平
脚本
山田洋次、朝間義隆
音楽
冨田勲
出演
永瀬正敏、松たか子、吉岡秀隆、小沢征悦、田畑智子、高島礼子、倍賞千恵子、田仲邦衛、光本幸子、赤塚真人、松田洋治、 田中泯、小林稔侍、緒方拳、他
備考
  
物語
 幕末の東北、海坂藩。友人の狭間弥市郎が江戸に出立するのを、妹・志乃と結婚して義弟となる友人・島田左門と共に見送って、3年後。 平侍の片桐宗蔵は、油問屋の伊勢屋に嫁いでいる、かつて片桐家の働き者の女中だったきえに再会、その時のきえの痩せて幸薄げな様子が気になった。 さらに数ヶ月後、亡母の法要の日に宗蔵は、左門の妻となっている妹・志乃の話で、きえが長く病に伏せっていることを知る。 直ちに宗蔵は伊勢屋に乗り込んで、衰弱しきったきえを、強引に連れ帰った。
 志乃の加勢もあり、宗蔵の家で養生したきえは、次第に回復。 妻をとらぬまま1人暮らしていた宗蔵の家は、元気になってかつてのように働くきえにより、明るくなった。
 海坂藩が江戸から西洋軍学の師を招いて、西洋式軍隊の養成に取り組んでいた頃、江戸では謀反事件が発生。 弥市郎が、謀反人として海坂藩に送還され、投獄された。 弥市郎の仲間を詮索する家老・堀は、宗蔵にも尋問をする。 宗蔵と弥市郎とは、かつて剣術指南役・戸田寛斎の門下生で、一番腕の立つ弥市郎ではなく、宗蔵が寛斎から秘剣「鬼の爪」を伝授されたという因縁があった。 寛斎の門下生の内弥市郎と親しかった者を問い詰める堀に、宗蔵は、同門の仲間を密告することは出来ないと、口を閉ざし通した。
 藩内での宗蔵の立場は、良くない。 以前、父が藩の勘定が合わなかったことの責を負って切腹して、片桐家は100石から30石に減封されている。 その上宗蔵は「商家の妻を白昼堂々と奪い去って妾のように囲っている」と陰口をたたかれていると、左門は指摘、片桐家に置いているきえを何とかするよう、宗蔵を促した。
 まだ見たことのない海にきえを連れて行き、宗蔵は、元気になったのだから実家に帰るよう告げた。 一生宗蔵の女中で良いというきえの願いを宗蔵は受け入れず、きえは、命令なら仕方ないと、折れた。 次の朝、宗蔵が目覚めた時には、きえは出立した後だった。
 弥市郎が、脱走し、山の麓の農家に人質をとって籠もった。 幽閉生活で体力が落ちているとはいえ腕の立つ弥市郎に、大目付・甲田は、同門だった宗蔵を討っ手として指名した。 闘いたくない宗蔵だったが、藩命とあっては断り切れず、引き受ける。
 城を下った宗蔵は、今は禄を返上して百姓になっているかつての師・戸田寛斎を訪ねた。 寛斎は、“闘いの場で使う剣ではない「鬼の爪」”の代わりに、闘うための技を授けた。
 その夜、弥市郎の妻・桂が宗蔵を訪ね、夫の命乞いをする。宗蔵は、藩命であるので断らざるを得ない。桂は、家老・堀に頼みに行くと告げて去って行った。
 翌日。弥市郎が籠もる農家に赴いた宗蔵は、弥市郎と対決。 手傷を負いながらも、寛斎に授けられた技で弥市郎に重傷を負わせる。 しかし、とどめを刺したのは、包囲していた藩兵達の、新式銃による銃撃だった。
 現場を去る宗蔵は、駆けつけた桂から、堀に弥市郎の助命の約束を取り付けていたことを聞かされた。しかし宗蔵は何も聞いていない。
 首尾を報告するため面会した宗蔵が、何故弥市郎の助命を約束しながら命令を取り消さなかったのか尋ねても、桂をだまし弄んだことを悪びれようともしない堀。 一方で、桂は、自ら命を絶った。
 家に帰って、宗蔵は、ある決意をする・・・・・・・・・・
一言
 藤沢周平原作小説を山田洋次監督が撮った映画、といえば、2年前に公開された「たそがれ清兵衛」に続いて2作目。 今作は、時代や舞台の設定、登場人物、ストーリー等、「たそがれ清兵衛」に“あまりにも似ている”と言わざるを得ない映画です。
 主人公は幕末の海坂藩の下級武士で、ヒロインとは思いが通い合いながら簡単には結ばれない事情があり、藩命で剣豪の謀反人と闘うことになって・・・・という骨格は、「たそがれ清兵衛」そのもの。 (ただ、隠し剣(鬼の爪)の見せ場が決闘の後に用意されているのが違いで、この「鬼の爪」を使う展開は別の人気時代劇シリーズに似ており、面白いものでした。)
 一歩間違えれば二番煎じに過ぎないと斬り捨てられかねない“2本目”。 もしかしたら、「幕末の海坂藩」は、「昔々のある所」なのかもしれません。 “むか〜し、昔、ある所に、貧しい侍がおりました。侍は、「人」を大切にし、慎ましく暮らしていました。 ところがある日、侍は、謀反人を討てと藩に命じられたのです。 剣を持てば強いが、人を斬るのは嫌いな侍でしたが、藩命には逆らえずに〜”・・・・と、いわば定めた様式の中に、 人が生きることの普遍的な意味を織り込んでいるということなのかもしれないとも思えます。 そういえば山田洋次監督は、人情に溢れた「寅さん」シリーズを何十本も取り続けた人であるのだし。
 今作の中では、海坂藩は、政争劇はさておいて、軍備の洋式化が黙々と進みます。 その訓練風景が、最初の内はギャグシーンですらあったのが、映画が終わる頃には一端の西洋式軍隊に変身していました。 主人公の宗蔵はといえば、途中までは訓練に参加していますが、最後には加わっていません。 周囲が変わっても、変わることなく、自らの思いのままに生きる道を選んだ宗蔵。 ここに、時代が移り行くとも何ら変わることのない、普遍的なものが込められているように思えるのです。 人間が生きることに、必要なのは何であるか、何が一番大切であるか、ということが。
 主人から女中に対する、実家に帰れという命令。藩から藩士に対する、謀反人を討てという命令。 この映画の中にはいくつかの「命令」が出てきて、皆、人を苦しめる命令でしたが、最後の命令だけは、幸せなものでした。



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