「模倣犯」

公開
2002年6月8日
監督
森田芳光
原作
宮部みゆき
脚本
森田芳光
音楽
大島ミチル
出演
中居正広、山崎努、津田寛司、木村佳乃、藤井隆、伊藤美咲、寺脇康文、他
備考
 
物語
 下町で豆腐屋を営む有馬義男の孫娘・古川鞠子が失踪した。 10ヶ月後、大川公園で切断された女性の右腕とバッグが発見される。 第1発見者は、かつて一家惨殺事件でただ一人生き残った少年・塚田真一だった。
 ワイドショーで事件を取りあげるテレビ局に、犯人を自称する人物から電話が入る。 右腕とバッグは別人のものだ、と。 犯人は幾度もテレビ局に電話をかけ、事件に関することを語った。 そして、犯人がヒントを出した場所から、鞠子の遺体が発見された・・・・。
 犯人はさらに、「殺人ライブ」を予告。 日本中が「殺人ライブ」に釘付けになっている頃、1台の車が崖から転落していた。 転落した車から遺体で発見されたのは、栗橋浩美と高井和明。 それにトランクからは、畳職人・前畑昭二の遺体。 昭二の妻でルポライターの滋子は、取材する立場から取材される立場に変わり、打ちひしがれる。
 栗橋の部屋から証拠品が発見されたことから、警察は、栗橋・高井の2人を、連続女性殺人事件の犯人と断定、そのように報道された。
 犯人は別にいる、と、栗橋と高井の中学生時代の同級生・網川浩一(あだ名はピース)がマスコミに登場した。 高井は無実で、犯人は別にいると主張するピース=網川は、多くのテレビ番組に出演、時代の寵児となる。
 有馬は、鞠子が失踪した直後、網川が栗橋と一緒に店の前を歩いていたことを思い出した。 真一に促されて、網川について調べる滋子。 実は、警察もまた、網川の身辺を捜査していた。
 テレビ局、ワイドショー番組のスタジオ。 テレビカメラの前には、司会者と並んで、ゲストの網川、そして滋子が並んでいた。 警察も待機する中、番組は始まる・・・・。
一言
 正直言って、「何じゃこりゃ?」が第1印象。 何が写っているのかよく分からないくらい細かいカット割り、あっちこっち飛ぶ時間軸、 意味があるのかないのか不明なインターネット掲示板の書込らしき文章、 死体を見せない一方で見せられる映像的に醜いシーン(監禁中の女性の姿)、等々・・・・。 膨大なボリュームのある内容を、感覚的に受け止めさせようとしていたのでしょうが、 残念ながら、最初から振り落とされたまま、追いつけませんでした。
 わけても謎なのが、ピースの行動、特にクライマックス。 完全犯罪目前で、わざわざ大衆の前に姿を現して、自らが犯人であることをいずれ明かす(あるいは明らかにされる)つもりだったのか? そしてクライマックスで、あれは、ピース自身が考えていたシナリオ通りだったのか? 予定外のことが起こってシナリオが狂ったのか? どうしてピースはああなったのか? 謎です。
 さらに謎なのが、ラストシーン。 実は罠ではないかと思ったくらいですが、そうではありませんでした。 一体、どういうことなのか?
 不可解な展開と映像に攪乱されて、理解出来ないことだらけですが、本来は、硬派な社会派作品だと思います。 犯罪被害者である有馬老人に視点をしっかり置いて見れば、また理解も違ったかもしれません。
 「事件を終わらせようというのか!何も解決してないというのに!」と怒る有馬。 「でも終わらせて欲しい」と言う真一。 「自分には家族がいない、ひとりぼっちだ、でも生きたい、何かしたい」という真一を受け止める有馬。 ・・・・ここにこそ、この映画の本質があるのだと思います。

〜どうにも理解出来ない謎〜

1ピースの最期
 生放送中のテレビカメラの前で、にっこり笑いピースサインを出したまま吹っ飛んだ(爆発した?)ピース。 しかも、肉や血が飛び散る代わりに、灰となってテレビスタジオに降り・・・・。 このシーンは何なのか?
 まず連想したのが、同じく宮部みゆき原作で、2年前に同じく6月第2土曜日に封切られた、「クロスファイア」の長谷川炎上のシーン。 映像的に、“模倣”したのかと。 しかし、「クロスファイア」のそのシーンは、誰がどうやってそうしたのか、簡単に理解出来ます。 ところが「模倣犯」のピースの最期は、理解不能です。
 あの時、笑ってピースサインを出したピースは、自ら最期を遂げたのに間違いないでしょう。 では、どうやって? 体中に爆薬を仕掛けておけば、肉体を木っ端みじんに吹き飛ばすことは可能でしょう。 でもこの方法では、血や肉がそこら中を汚すことになりますが、そうはなりませんでした。 例えて言えば、ピースの体は、内部から崩壊するのと、爆発するのと、燃焼するのとが同時に起きたかのようでした。
 少し突飛な発想ですが、思索の一つとして、ピースは、人間ではなく、「神」のようなものだった可能性。 “人間を進化させる使命”を果たすため、犯罪をその手段とし(ピースは、犯罪が人類を進化させると言っている)、役目を終えた(?)ところで“消滅”したのではないか、と。 実際、映画の中で、ピースは無機的な存在感だったし、父親が正確に誰なのか分からないという設定もあり、血の通った人間とは違うと思わせる要素は多分にあります。 ピースサインをして転校した10数年前のあの日に“降臨”し、ピースサインをして吹き飛んだ時“消滅”した可能性。
 ただ、ピースが「神」のようなものだったとしたら、なんと邪な「神」なのか!

2有馬老人に託された赤ん坊
 ラストシーンにさしかかった時、ピースの最期は、自爆死の可能性が高いと考えていました。 だから、有馬は公園で、爆殺されるのではないかと思いました。 罠だと。 しかし、手紙の内容に偽りはなく、有馬が抱き上げたのは、確かに赤ん坊でした。
 まず、ピースに赤ん坊がいたということが驚きです。 では、母親は誰なのか?母親はどこかへ行ったのか? 母親は生きていないのか?(もしかしてピースが殺した女性の内の一人なのか?)
 次に、ピースはもういないというのに、バイク便の手紙は誰が発送したのか? いや、これは事前に配達期日指定で出していたとすれば説明が付くとして・・・・ では、誰が赤ん坊を公園に置いたのか? 「期日指定」で赤ん坊を公園に置く業者なんて、あり得ません。 といって、ピースに他に仲間がいた風でもなし。
 ピースが「神」のようなものだとしたら、不思議なことを起こしても、不思議ではないのかもしれませんが。
 それとも、テレビカメラの前で消滅したピースは偽物(?)で、実はどこかで生きているとでもいうのでしょうか?

 あえて結末に謎を残す手法はありますが、この映画に関して言えば、余計な謎が残されただけだとしか思えません。


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