「なごり雪」

公開
2002年
監督
大林宣彦
脚本
南柱根、大林宣彦
音楽
學草太郎、山下康介、伊勢正三
出演
三浦友和、ベンガル、須藤温子、横山田隆人、反田孝幸、宝生舞、日高真弓、田中幸太朗、斉藤梨沙、長澤まさみ、津島恵子、左時枝、他
備考
 2002年4月、大分県で先行上映。同年8月以降、全国で順次上映。
物語
 2001年秋。東京。 28年連れ添った妻に逃げられた日の夕暮れ時、誰に充てるでもない遺書を書きかけていた梶村祐作は、突然鳴った電話に出る。 妻・雪子が交通事故で死にかけているので帰って来て欲しいと言う電話の相手は、臼杵の水田健一郎、かつての祐作の親友だ。
 翌日、新幹線と在来線を乗り継ぎ、臼杵に向かう祐作は、故郷・臼杵で過ごした頃を思い出していた。
 −祐作と水田が高校生だった時、まだ中学生だった雪子と出会った。 祐作の母が営む手芸用品店兼喫茶店「みちこ」に、親友・弘美に連れられて来て、発泡ビーズを買った雪子。 滅多に雪の降らない臼杵に雪が降った日に生まれて、そう祖母に名付けられた雪子。 雪が降るといいことがあるから雪が好きと言った雪子。 祐作を慕っていた雪子。 「みちこ」を手伝うようになっていた雪子。
 列車が臼杵駅に着いた。 ホームに迎えに来ていた水田に連れられて早速病院に行った祐作は、全身を包帯でグルグル巻きにされた雪子の姿を見る。 その側には、水田と雪子の娘・夏帆。 祐作の脳裏に、臼杵を最後に発った時のことが思い浮かんだ。
 −東京に発つ祐作(と傍らのとし子)を、1人で見送る水田。 その前夜、掌にカミソリが立った水田。 「違う!違う!」と叫んで走り去った、手を血に染めていた雪子。
 病院を出て、祐作は水田の家に逗留、酒を酌み交わし、語り合う。
 −雪子の15歳の誕生日、祐作の東京の大学への進学と雪子の高校進学を、一度に祝った日。 幸せに満ちた心の雪子は、発泡ビーズを自宅の窓からまいた。 それは、まるで雪のよう。
 翌日、雪子の病室で、水田は祐作に、雪子のアルバムを見せた。 “あの日々”の写真に、意図的に捨てたかのように、祐作の姿が無い。 水田はそこに、雪子の心残りがあるのではないかと言う。
 −初めて東京から帰省した夏休み、祐作は不在の間を経た故郷との微妙な距離感に戸惑う。 雪子は楽しげに祐作と歩き、話しをした。 夏の終わり、雪子に見送られて、祐作は臼杵を後にした。
 −次に祐作が帰省したのは、翌年の夏休みだった。 祐作について来た菅井とし子も伴って、4人での岡城跡散策、黒島の海水浴・・・・。 雪子は、冬も春も帰らなかった祐作を責めた。 祐作が東京に発つ時、駅のホームで、春には帰って来てと懇願する雪子。
 水田は、祐作を病院から連れ出し、売りに出されたのを、祐作に知られずに買い取り維持していた「みちこ」に案内した。 そこには、雪子が作っていた「しあわせの雪まくら」があった。
 −「違う!違う!」と叫んだ、あの夜の雪子・・・・
 祐作と水田の回想は、祐作が、母の死により最後に臼杵に帰った時に及ぶ。 それは、雪子が懇願した春より早く、冬休みだった。 葬儀にはとし子も駆けつけた。 葬儀の夜、帰宅する雪子を送って、祐作、水田、それにとし子、4人で歩いた夜道。 雪子はしきりに空を見上げていた。
 祐作と水田の回想は続き、あの夜の真実に2人がたどり着いた、その時・・・・・・
一言
 伊勢正三が作詞作曲し、多くの歌手に歌われて来た「なごり雪」をモチーフに、脚本を書き下ろされた映画。 (歌詞の一部は、そのまま台詞にも!) 明瞭に発音される美しい日本語は聞いているだけで心地よく、派手なことは何も無くとも、確かに心に残る、大林宣彦監督の、真骨頂的作品です。
 過去を絶ってしまった主人公が、現在と過去(回想)を行き来し、真実に行き着くのは、「はるかノスタルジィ」のようで、 ヒロインの折り目正しい美少女ぶりと、ヒロインと少年2人のキャラクターは「時をかける少女」のよう。 登場人物達の、ボタンを掛け違えたような人生は、「姉妹坂」のようで、 物語の底流を為す(身近な)人の死は「ふたり」や「あした」を連想させます。 舞台は尾道ではなく臼杵ですが、新尾道3部作の完結編であってもよいかもしれない、むしろ ふさわしいとさえ思いました。
 自分の気持ちに正直に、真っ直ぐだった雪子の「恋」に、祐作が曖昧な態度でいたことの帰結。 28年の歳月を経て、祐作がようやくそれに気が付いた時、もう遅かったのか、間に合ったのか・・・・?
 祐作が初めて帰省した夏の、祭の夜、雪子が語った祖母の話は示唆的です。 〜結婚したばかりの夫が戦争に行き、帰って来なかった。 家を守るため、義弟と再婚した祖母は、最初の夫が「必ず帰って来る」と言っていたことを支えに生きた。〜 雪子の人生は、まるでこの通り! では、雪子は幸せだったのか?不幸せだったのか? 水田が「(雪子は自分のことを)それなりには好きでいてくれただろう」と言ったように、“それなりには”幸せだったかもしれません。 でも、祐作がとし子を連れて帰ったあの夏、あふれるほどの幸せは絶たれてしまったように思います。
 その雪子と結婚した水田。 「祐作を恋する雪子の後ろから、雪子を恋していた」水田は、雪子の祖母のエピソードの義弟のように、祐作が臼杵に帰って来なかったことで雪子と夫婦になれた訳ですが、彼もまた心底幸せではなかった気がします。 雪子が一番望んでいた結婚ではないことを、誰よりも分かっていた筈だから。
 歳月の果てに失ったものに打ちひしがれる祐作と水田。 「どうすればいい?」と水田。 「ただ、生きるしかない」と祐作。 中盤の夏帆の台詞、「生きるって、難しいものですね」が、ラストに活きてきます。
 走り去る列車を見送って、泣き崩れた水田。 見送られた列車の中にもまた、人目もはばからず涙を流す男が1人、いたのかもしれません。 しかし彼は、東京に帰っても、遺書の続きを書くことはないでしょう。 たとえ、(「はるかノスタルジィ」で語られたように)生きることが贖罪のようであったとしても。

 奇跡をもたらす雪は降ることなく、登場人物にとっては絶望的ともとれる結末ですが、エンドロールと共に流れたカーテンコール的映像に、観客は救われる気分でした。
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