| 公開 |
2006年9月2日 |
| 監督 |
河崎実 |
| 原典 |
小松左京 |
| 原作 |
筒井康隆 |
| 脚本 |
右田昌万 |
| 音楽 |
石井雅子 |
出演 |
小橋賢児、柏原収史、松尾政寿、土肥美緒、寺田農、村野武範、藤岡弘、ブレイク・クロフォード、キラ・ライチェブスカヤ、
デルチャ・ミハエラ・ガブリエラ、リカヤ・スプナー、岡村洋一、イジリー岡田、つぶやきシロー、ジーコ内山、松尾貴史、
デーブ・スペクター、筒井康隆、黒田アーサー、中田博久、他 |
| 備考 |
|
| 物語 |
東京、クラブ・ミルトは、記者の“俺”や、テレビ局に勤める友人・古賀達、マスコミ関係者の溜まり場だったが、
今では、元・ハリウッドスターがゴロゴロし、又、各国の首脳や国連事務長が日本の安泉首相におもねる場所になっていた・・・・。
3年前の2011年、天変地異が起こり、アメリカ大陸が1週間で海に沈んだ。
1週間後には中国大陸が、さらにその1週間後にはユーラシア大陸が沈んだ。
次いで、アフリカ大陸もオーストラリアも沈み、数週間で、ヒマラヤの一部を除いて、日本以外の陸地が全て沈没してしまった。
逃げられる者は、残された陸地・日本に避難し、狭い日本列島は、外国人で溢れるようになった。
外国人が爆発的に増えたことによって、物価は高騰、異なる文化や習慣のために摩擦が起きた。
仕事の無い外国人が大量にホームレスになり、犯罪は急増。
日本人は、特権階級のような地位を謳歌する世の中になったのだった。
“俺”の妻・キャサリンは、アメリカ人。しかし“俺”は、外国人に大して差別的な言動をし、それはエスカレート。
遂にキャサリンは愛想を尽かし、出て行ってしまう。
一方で、古賀は、妻・明子とつつましく暮らし、明子の妊娠が分かって、幸せな生活だった。
地球物理学者・田所博士がは、地球と日本に起きたことについて、研究成果を発表した。
世界中の陸地を沈没させた地殻変動は、日本列島を中国大陸の上に乗り上げさせたのだと。
さらに日本が今後どうなるかを語ろうとして、突然狂ったように笑い、踊り、どこかへ行ってしまった・・・。
急増した外国人犯罪が社会を脅かし、政府はGAT(外国人アタックチーム)を設置、不良外国人を拘束して国外追放し始めた。
多くの貧しい外国人はもとより、各国の大統領も首相も、日本人の御機嫌取りに汲々とする。
ある日、事件が起きた。某国の指導者が率いるゲリラが蜂起したのである。
クラブ・ミルトに集っていた各国首脳諸共、安泉首相は人質になった。居合わせた“俺”も、巻き込まれてしまう。
国会議事堂もゲリラの襲撃を受けた、
だが、石山防衛庁長官は、自身の身体に巻き付けた特殊爆弾を起爆、ゲリラを道連れに、国会議事堂ごと自爆した。
ゲリラが安泉首相達を人質に取るクラブ・ミルトに、田所博士が現れた。
そして博士は、これから日本列島に起きることについて話す・・・・・・・・・・。
|
| 一言 |
原作は、小松左京の「日本沈没」のパロディ小説、筒井康隆の「日本以外全部沈没」。
本家「日本沈没」の再映画化版が公開されたのと同じ年に、パロディ版を映画化するのだから、大変なものです。
(原作は、小松左京公認で執筆されたようですが。)
タイトルのデザインも、キャッチコピーも、ポスターデザインも、劇中の陸地沈没のイメージも、本家「日本沈没」に似ていますが、作品全体の雰囲気はまるで違います。
とにかく、安っぽい!設定も展開も、矛盾含みで無茶苦茶。
主人公“俺”は結構いい加減な男だし、登場人物の相当部分は「そっくりさんショー」状態。
特撮も、自由の女神や凱旋門や大陸の沈没シーンに代表されるように、冗談のような映像になっています。
しかしこれらの安っぽさは、計算された安っぽさであることも感じ取れるのです。
本家「日本沈没」に遠慮したのでもなく、制作費や技術の問題でもなく、あえて堂々とパロディ作品の分をわきまえて(?)、B級映画に徹した作りに、ある種の好感が持てました。
くだらなさが実に愉快な“お馬鹿映画”、と、けなしているような言葉を、誉め言葉として送りたいと思います。
ところで、劇中、外国人には反感を買いそうな描写が満載でした。
この映画の物語では必要なのだと理解出来るのですが、海外で上映するのは危険な気も。
中国と韓国の元首が日本の首相に、侵略の歴史の恨みは海に沈んだと言っておもねるシーンは、中国人や韓国人にはどう映るのでしょうか?
とんでもない問題作とも言えますが、お馬鹿映画だからこそ出来ることなのかも知れません。
一つ、難点を。主人公が役名無しの「俺」だったのは、原作通りということだと思いますが、映像では無理を感じました。
主要登場人物の中で、主人公だけ、名前を呼ばれないというのは、不自然でしょう。
|