| 公開 |
2008年6月21日 |
| 監督 |
長崎俊一 |
| 原作 |
梨木香歩 |
| 脚本 |
矢沢由美 |
| 音楽 |
トベタ・パジュン |
出演 |
サチ・パーカー、高橋真悠、りょう、大森南朋、高橋克実、木村祐一、他 |
| 備考 |
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| 物語 |
「魔女が倒れた、もう駄目みたい。」
〜中学3年のまいは、ママの運転する車で、おばあちゃんの家に向かいながら、2年前のことを思い出す。
中学生になってほどなく、どのグループにも入らなかったために孤立して、まいは学校に行けなくなってしまった。
ママは、パパと相談した上で、まいをおばあちゃんの家にしばらく住まわせることにした。
おばあちゃんは英国人だが、日本人のおじいちゃんと結婚してママを産み、おじいちゃんが亡くなった今も、山深い村の家で一人暮らしていた。
又、おばあちゃんは、魔女の家系で、先を見通す能力が優れているが、
「毎日のちょっとした変化が楽しみ」だから、一つだけ分かっていることを除いて、先のことを知りたいとは思わないという。
しかし、まいは魔女になりたいと言い、おばあちゃんは修行を許した。
おばあちゃんがまいに課した魔女修行は、規則正しい生活と、何事も自分で決めること、だった。
早寝早起きして、よく体を動かして、よく勉強して、よく食べる・・・・この繰り返しにまいは取り組み、畑仕事や台所仕事をしながら、おばあちゃんはいろんなことを教えてくれた。
大自然の中での、おばあちゃんとの生活は、まいの傷付いた心を癒して行く・・・・。
パパがやって来た。
ママと話し合って、ママは今の仕事を辞めて、引越をしてまた3人で暮らすことにしたという。
判断を任されたまいは、3人で暮らすことを決断した。パパは、まいが家事をしたりはっきり自分の意思を示したりと、成長していることに驚く。
まいには、村の生活に一つだけ嫌なことがあった。近所に住む、粗野な男・ゲンジの存在だ。
鶏小屋の鶏が皆殺されたのが、ゲンジが飼っている犬に襲わせたからだと、まいが確信した時、おばあちゃんは憤るまいを戒めた。
しかしまいには、あくまでもゲンジに寛大なおばあちゃんが理解出来ず・・・・目も合わせられない状態になったまま、引越の日が来て、おばあちゃんの家を去ったのだった・・・・。
2年ぶりに訪れた家で、魔女ことおばあちゃんは亡くなっていた。
ママは号泣した。
先に来ていたゲンジは、「じいさんにもばあさんにも世話になった」から何でも言ってくれと言い置いて、出て行った。
その時、まいは、思いがけないものを目にする・・・・・・・・・・。
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| 一言 |
サチ・パーカー演じる、「西の魔女」ことおばあちゃんの存在感に尽きます。
おばあちゃんの言葉の数々の、なんと含蓄に富んでいること!
早起きして、食べるものをしっかり摂り、体を動かして、早く寝る〜素朴な生活の、実に人間的なこと!
質素な(?)映画ですが、心に染み入ることの多い映画です。
「西の魔女」は、映画の中では「本物の魔女」と呼ばれていますが、実際に魔女なのか、よく分かりません。
(分かりやすい魔法を使うシーンは存在しない。)
しかし、山野の草花と触れながら、規則正しい生活をしていれば、先を見通す能力が備わるというのは、あまりにも素朴故に、
本当にそうなのかもしれないという気さえします。
そして、意外なラストシーン。
人が死んだらどうなるのか、まいが尋ねた時に、“自分が死んで魂が肉体から離れたらまいに教えてあげる”と言ったおばあちゃんが、
約束を守ったことが分かるシーンです。
もしかしたら、死期を悟ったおばあちゃんが、あらかじめ用意していたのかもしれません。
でも、それでも、喧嘩別れのように離れてしまったまいのことを、おばあちゃんはずっと愛していたことは間違いないのです。
その思いを知って、まいは、2年間の心の曇りが晴れて、また、たくましく生きていくことが出来るでしょう。
主に少女向けの物語かと思われますが、大人にも素敵な映画でした。
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