| 公開 |
2007年5月13日 |
| 監督 |
新城卓 |
| 脚本 |
石原慎太郎 |
| 音楽 |
佐藤直紀 |
出演 |
岸恵子、徳重聡、窪塚洋介、筒井道隆、前山泰之、中村友也、多部未華子、遠藤憲一、勝野洋、中越典子、桜井幸子、
戸田菜穂、宮崎美子、的場浩司、江守徹、長門裕之、寺田農、石橋蓮司、伊武雅刀、渡辺大、宮下裕治、木村昇、蓮ハルク、
田中伸一、古畑勝隆、勝野雅奈恵、中原丈雄、他 |
| 備考 |
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| 物語 |
太平洋戦争の戦況が圧倒的に日本の不利に陥っていた、昭和19年秋。
海軍の大西中将は、爆弾を搭載した航空機で敵艦に体当たりする「特攻」の採用を決断、指名された関大尉が最初の特攻を決行した。
以後、特攻は日本軍の常套戦術となる。
航空訓練用の基地だった、陸軍の本土最南端の航空基地・鹿児島県の知覧飛行場は、特別攻撃隊の基地となった。
その知覧の町で、鳥濱トメは、娘の美阿子や礼子に手伝わせながら、富屋食堂を営んでいた。
軍指定食堂の富屋食堂には、基地の隊員が大勢やってくる。
まだ若い隊員達は、トメを母のように慕っていた。
しかし彼らは、特攻に出撃すれば二度と帰って来ない者達である。
トメは、彼らのために、自らの着物を食材と換えてまで、食事を提供し続けた。
特攻のことを家族に伝えられず、出撃後に代わりに知らせてくれるようトメに頼んだ板東。
朝鮮人ながら特攻に志願し、分け隔てなく接してくれたトメに感謝の思いをこめて、祖国の歌アリランを歌った金山。
機体の不調のために出撃と帰還を繰り返して、臆病者と呼ばれ、強いられた飛行試験でエンジンが停止し、基地内に墜落死した田端。
残りの寿命30年をトメに与えることと、死後は蛍になって帰って来ることを約束した河合。
軍人として使命を全うすることを信じる中西。
その他、何十人も、何百人もの隊員達が、富屋食堂でトメに心を包まれ、南方の空へ消えて行った。
富屋食堂には、出撃前に一目会おうと、隊員の家族も訪ねて来た。
トメは彼らに再会の場所を提供し、又、隊員の手紙を、検閲を逃れて出したりもした。
憲兵に捕らわれた時、トメは、明日死にに行く若者に門限や検閲が必要なのか、と、食い下がるのだった。
知覧に着任し、一時を過ごして、出撃する隊員達。
トメは、それを止めることも出来ず、ただただ、その機影を見送るより他なかった。
昭和20年8月15日、戦争が終わった。
それまで「軍神」と崇められた特攻隊員に対する評価はがらりと変わった。
遺された戦死者の家族にも、生き残ってしまった元隊員にも、辛い時代が訪れた。
死んだ若者が浮かばれない〜トメは、ひっそりと墓碑代わりの棒杭を立て、又、生き残った者を見守り続けた・・・・・・・・・・。
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| 一言 |
制作総指揮と脚本が石原慎太郎とあって、いかにも“らしい”思想がそこかしこに現れていて、好き嫌いが別れるところだと思います。
しかし、現代的な評価は別にして、劇中の、その時代の人間の発言であるので、あえて不自然に捉えるのは当たらないでしょう。
(なかなか強烈なシーンもありますが。)
岸恵子演じるトメが、特攻隊員達を回想して「みんな素晴らしか、美しか若者達でございもした」と語ったのは、
ほんの十数年前まで存命だった実在のトメさんの言葉なのか、映画用の台詞なのか分かりませんが、
若い命を投げ出した特攻隊員達を見送ることしか出来なかった無念がこもっていると考えれば、穏やかな語り口の中に痛切な思いを感じることが出来ます。
特攻隊員達とトメの交流を丁寧に丁寧に描いて、終盤は戦後の話になっていますが、惜しいのは、この戦後がまるでダイジェスト版だったこと。
戦中の部分に比べて、断片的なエピソードを並べただけのような印象を受けました。
特に、生き残ってしまった主要登場人物の人生が、どんなものだったのか、消化不良です。
又、実在のトメさんが戦後、特攻隊員達の慰霊のために尽力したことが、棒杭を立てた一件以外、全く触れられていないのは、違和感を覚えました。
この映画の主眼は、あくまでも戦中のことだと分かってはいますが、物語が戦後に及んでいる以上(ラストシーンは、昭和末か平成初頃?)、
慰霊の観音像や、平和公園の灯籠(劇中に登場している)、知覧特攻平和会館にまつわるエピソードをいくらか盛り込んで欲しかったと思うのです。
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