| 公開 |
2007年11月3日 |
| 監督 |
三枝健起 |
| 原作 |
浅田次郎 |
| 脚本 |
いながききよたか |
| 音楽 |
村松崇継、上原ひろみ(メインテーマ) |
出演 |
宮沢りえ、加瀬亮、宇崎竜童、田口トモロヲ、樋口可南子、中原ひとみ、原田芳雄、他 |
| 備考 |
|
| 物語 |
京都の、昭和25年創業の映画館・オリヲン座が閉館することになり、トヨと留吉連名の、最終謝恩興業の招待状が、ゆかりの人々に送られた。
長く別居している三好祐次と良枝の夫婦にも届き、良枝は、子供の頃に遊んだオリヲン座に、一緒に行こうと祐次を誘う。
仙波留吉が、豊田松蔵・トヨ夫婦が経営するオリオン座に来たのは、昭和32年のことだった。
身寄りが無く、故郷・大津から仕事を探して京都に出てきた17歳の留吉は、オリヲン座まで来て所持金が底を尽き、
館主の松蔵に懇願して、住み込みの従業員になったのだった。
昭和35年には、フィルム缶の搬送が主な仕事の留吉も、松蔵に教えられて映写機を操作出来るようになった。
だがこの年、松蔵が映写室で倒れ、帰らぬ人となってしまう。
トヨは閉館を覚悟するが、留吉は反対した。
松蔵が遺したオリヲン座を閉めてはいけない、一緒に守っていこう、と。
そして、オリヲン座は営業を再開した。
翌、昭和36年、オリヲン座の経営状態は急激に悪化していた。
テレビが普及した影響で映画が斜陽化したこともあるが、世間は、“先代の未亡人を寝取った若者”と“若い男に乗り換えた未亡人”のオリヲン座を、
冷ややかな目で見ていたのである。
だが留吉とトヨは、貧乏に耐えてオリヲン座を維持して行く。
昭和39年、オリヲン座を遊び場とする子供達がいた。
それぞれ、家にいるのが辛い、祐次と良枝は、毎日のようにオリヲン座にやって来て、トヨに優しく迎え入れられ、
留吉がフィルムを回す映写室の小さな窓から、スクリーンの映画を見ていた。
祐次と良枝にとって、留吉とトヨこそ、父と母のように思える人だった。
留吉とトヨは、子供達が安心して見られる映画をかけ続けていこうと、思いを強くするのだった。
年月は流れ、2人で細々とやって来たオリヲン座だが、トヨが病気で入院し、老いた留吉1人ではどうにもならず、閉館を決めるに至った。
最終謝恩興業の日、留吉は、医師からもう長くないと告げられたトヨを、若い頃に捻挫した彼女をそうしたことがあるように、背負ってオリヲン座に連れて帰る。
祐次と良枝も久しぶりにオリヲン座にやって来た。
館内を埋める最後の観客達に、今までオリヲン座を続けて来た思いと閉館することにした事情をあいさつして、留吉はトヨがいる映写室に上がった。
古い映写機にかけるフィルムは、先代・松蔵が一番好きだった映画「無法松の一生」。
留吉とトヨは、寄り添って最後の時を迎える・・・・・・・・・・。
|
| 一言 |
原作は読んでいないのですが、元々わずかな記述しかされていないトヨのキャラクターを作り足して、昭和30年代のオリヲン座を中心にして、
という具合に、短編小説を膨らませて長編映画に仕立てられているようです。
その影響でしょうか、展開(特に昭和39年から現代に飛ぶあたり)にギクシャクしたものを感じることがありました。
留吉とトヨを中心に落ち着いた物語が運ばれていたところ、終盤になってもう一組の男女(祐次と良枝)に視点が移り、何か違和感を覚えたのです。
もう一つ、何か足りないと思ったのは、昭和39年から現代に至る何十年もの間、どうやってオリヲン座を維持して来られたのかが、全く語られていないこと。
説明的になり過ぎると、この映画の趣が損なわれてしまうものの、昭和36年には空っぽの館内で上映することもあり、
新作のフィルムを調達する資金に事欠くほど経営が悪化していたオリヲン座が、どうやって何十年も続けられたのか?
短編小説ならサラッと流せるであろう事が、ひっかかりました。
ともあれ、最後は留吉とトヨの物語に帰り、ラストシーンを迎えました。
どんなに貧乏しても、子供に見せられない映画を上映することなく、オリヲン座を守って老人になった二人。
原作と設定を変えて、留吉とトヨは結婚しなかったことになっているのは、効果的だと思います。
この“大人の純愛物語”は、良作映画を愛し続けた二人の映画人の物語でもありました。
|