「Sweat Rain 死神の精度」

公開
2008年3月22日
監督
筧昌也
原作
伊坂幸太郎
脚本
筧昌也、小林弘利
音楽
ゲイリー芦屋
出演
金城武、小西真奈美、富司純子、吹越満、光石研、石田卓也、村上淳、嶋田久作、奥田恵梨香、菅田俊、田中哲司、みれいゆ、 唯野未歩子、森下能幸、山本浩司、川岡大次郎、他
備考
  
物語
 死神・千葉の仕事は、黒い犬の指令で、7日後に不慮の死を迎える人間に付いて、「実行」=死か、「見送り」=生かすかを判定すること。 (たいていは「実行」だけど。) 人間界に下りる時には、何故かいつも雨が降る。楽しみは、人類最大の発明品・ミュージックを聴くこと。
 1985年。今回の相手は、27歳のOL、藤木一恵。 電機メーカーの苦情処理係で、毎日のように指名の電話をかけてくるクレーマーに悩まされている。
 青年の姿で接触した千葉に、最初はナンパかと警戒した一恵は、やがて心を許し、身の上を語る。 子供の頃に両親を飛行機事故で失ったこと、引き取ってくれた叔父と叔母も火事で亡くなったこと、恋人は交通事故で亡くしたこと・・・・。 「君は死についてどう思う?」と尋ねる千葉に、本気で死のうと思ったことはあると答える彼女の手首には、傷痕があった。
 判定の日が来た。クレーマーに待ち伏せされ、カラオケボックスに引きずり込まれそうになった一恵は、必死に逃げるが、追い詰められる。 ところが、クレーマーの正体は、音楽プロデューサーの大町健太郎で、たまたま苦情の電話をかけた時に応対した一恵の声に惚れ込み、 直接歌声を確認しようとしたのだった。
 大好きなミュージックの才能を持っていると聞いた千葉は、珍しく「見送り」の判定をした。
 2007年。千葉は、情報屋として、チンピラの阿久津伸二と、その兄貴分のヤクザ・藤田敏之に接触した。 今回の判定相手は、藤田。 彼は、親分の仇である栗木と対立し、伸二と潜伏生活に耐えながら、仇討ちの機会を伺っている。
 伸二は、幼くして父親を交通事故で亡くし、有名な歌手だった母親に捨てられ、藤田に面倒をみられたのだった。 今では、歌手をやめた母親は生死も分からず、藤田が肉親同然である。
 藤田の代わりに栗木のアジトに乗り込もうとした伸二は、栗木の手下に捕らわれてしまう。 千葉も巻き込まれて一緒だ。 栗木に誘い出された藤田がやって来て、銃撃戦となるが、死んだのは栗木の方だった。
 翌日、藤田は交通事故で死んだ。遺された伸二は必死生きるだろうと、千葉は思う。
 2028年。今回の相手は、70歳の美容師。 老女とお手伝いロボットの竹子だけの美容院に、客のふりをして訪れた千葉を、老女は、「死神」だと見破って驚かせる。 過去に、愛する人が何人も不慮の死を遂げて、いつも“似た雰囲気”の男が現れていたから、分かるのだと。
 老女は、「生涯最後の願い」として、何故か、2日後に7歳くらいの男の子をたくさん集めるよう頼む。 千葉は、竹子に知恵を借りて何とか老女の願いをかなえた。 その日、大勢の男の子が美容院に来て、老女は久しぶりにたくさんの人の髪を切り、満足げ。
 老女は千葉に、夫が事故死した時に幸せを諦めて、育児放棄して捨てた息子がいること、その息子が会いたいと連絡してきたが断ったこと、 せめて孫にあってくれという息子に「客として来るなら断れない」と答えたことを打ち明けた。 情が移って孫に「不慮の死」が訪れるのを恐れて、孫が来ても分からないように、“その日”に同じ歳の男の子を集めさせたのだった。 晴れそうだと言って老女が外に出た後、千葉は、藤木一恵のCDがあるのに気が付いた。 竹子の話では、老女は時々一人で聴いているのだとか。 千葉はCDをプレーヤーにセットし、再生ボタンを押す・・・・・・・・・・。
一言
 不慮の死を目前にした人について、予定通りの死か延命かを判定する死神が主人公の映画で、3つの時代を舞台にしているのですが(この間、死神は歳を取らない)、 実は一貫して藤木一恵の物語であることが分かります。 勘のいい人は、この伏線に早々に気が付いてしまうのでしょうが、構成は面白いと思いました。
 ただ、結末はどうなのか・・・・?愛する者が次々に不慮の死を遂げ続けたため、孤独に老いる他無かった老女が、最後には自身も不慮の死が近いことを悟り (死神が来たことを見破った時点で、彼女には分かったこと)、その運命に抗おうとはしない・・・・。 生かすために捨てた息子の存命を知って、あるいはその息子が母を母と思っていてくれることを知って、はたまた孫と会えたことで、充足して生を終えることを受け入れようとしたのか? 逆に、自分に近付いた息子や孫を不慮の死から守るために、愛する者に不幸を呼ぶ自らの生を終えることを良しとしたのか? 取りようによって、ハッピーエンドにも、絶望的な終わりにも、どちらにも解釈出来ます。
 ラストシーンからは、ハッピーエンドのニュアンスを感じられますが、老女が運命を、それと知って受け入れることは、自殺に等しいとも考えられ、 壮大な悲劇の物語のようにも思えるのです。
 こんな風に“行間”を考えさせる本作は、案外奥が深い映画だということでしょう。



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