「深呼吸の必要」

公開
2004年5月29日
監督
篠原哲雄
脚本
長谷川康夫
音楽
小林武史
出演
香里奈、谷原章介、成宮寛貴、金子さやか、久遠さやか、長澤まさみ、大森南朋、北村三郎、吉田妙子、他
備考
  
物語
 小学校のプール。飛び込み台で深呼吸している間にスタートが遅れた少女は、ビリになったが、笑顔だった。
 蒼海を進む、沖縄のある離島行きの連絡船の甲板で、立花ひなみは深呼吸していた。 彼女は、東京で派遣の仕事をしていたが、今回は「キビ刈り隊」=サトウキビ収穫のアルバイトに応募して来たのだった。
 港に降り立った、平良家の「キビ刈り隊」の応募者は、ひなみと、大学生風の西村大輔、ブランド品で着飾っている川野悦子、ほとんど口を利かない高校生の土屋加奈子、年長の池永修一の5人。 常連の田所豊に連れられて平良家に着いたメンバーを、平良誠(おじい)、ツル(おばあ)夫婦が迎える。 おばあの手料理を囲む食卓で、豊がこれからのことを説明した。 朝7時起床、7時半朝食。8時に出発して、畑に着き次第、作業開始。昼食休憩が1時間で、夕方6時に作業終了。 そして、「言いたくないことは言わなくていい」ことが、平良家の決まりだと。 ・・メンバーは皆、何か“言いたくないこと”を抱えている様子だった・・・・。
 翌日。豊を含めたキビ刈り隊6人とおじいは、平良家のサトウキビ畑へ。 着くなり、初めてサトウキビ畑を見る5人は驚いた。見渡す限りに生い茂る、背丈より高いサトウキビ。 これを全部、製糖工場が操業を停止する3月31日までの35日間で刈り取り、出荷しなければならない。
 豊の指導で、初心者の5人も作業を開始したが、何しろ不慣れなきつい作業。一向にはかどらない。 おまけに豊は先輩風を利かせる。数日で、悦子と大輔が、それぞれ脱走した。 が、結局その日の内に平良家に戻ることに。そんな2人も、おじいとおばあは、優しく受け入れた。
 朝起きて、おばあの作った朝食をとり、トラックに乗って畑に行ってサトウキビを刈り、おばあの届ける弁当を食べたらまたサトウキビを刈り、夕方になったら平良家に帰って、おばあの手料理を食べ、眠る。 この毎日を繰り返し、繰り返し、しかしなかなか収穫は進まない。 それでも、みんなの前でおじいは、「なんくるないさ」と言うのだった。 1日を休日に充てて、みんなを遊ばせて、また規則正しい毎日を繰り返した。
 ある日、畑に若い女性が駆けて来た。かつて平良家の隣に住んでいた、辻本美鈴だった。 今は川崎で看護師をしている美鈴は、休みを利用して島に帰って来たと言う。成り行きで、彼女も作業に加わる。
 手慣れた美鈴の参加で、ペースは上がったが、まだ先は長かった。
 嵐の夜、豊がトラックで事故を起こし、脚に重傷を負った。 みんなで島の診療所に豊を運び、隠してある鍵を探して中に入り、看護師の美鈴が、動脈まで傷ついていて、すぐに医師の処置が必要な状態と判断したが、週に1回しか来ない医師は不在。 修一の所持品の写真を偶然見てしまったことがあるひなみが、修一に言った。「助けてください、お医者さんでしょ?」 修一は一瞬ためらったが、すぐに美鈴に指示を出して、輸血と縫合にかかった。血液は、豊と同じB型の大輔が提供した。 そして、豊は助かった。
 一夜を診療所で明かした翌朝、ひなみは修一と、初めてまともに話をした。 修一は、小児科医であることと、キビ刈り隊に参加した理由を語った。 ひなみは、小学生の時のことを話した。 泳ぐ前に深呼吸しなさいと、速くは泳げないけれど少しだけ楽しくなると、父に言われたこと、その通りにしたら、ビリだったけど本当に楽しかったことを。 そして2人は、深呼吸した。
 豊はしばらく安静が必要で、残されたメンバーがサトウキビを刈り続けたが、状況は厳しかった。 3月31日までに収穫し終えなければ、平良家の家計は大変なことになる。 残り10日を切った食卓で、おじいもおばあも、いつものようににこやかなのだが・・キビ刈り隊メンバーの気持ちは、一つの方向に向いていた。
 次の日、加奈子が一人、みんなより先に畑に行って作業を始めていた。 この抜け駆けがきっかけで、作業開始を1時間早めることになった。 日が沈んだ後はトラックのヘッドライトで照らして、夜も収穫を続けた。 松葉杖が必要な豊も、一部の作業なら出来るからと、復帰した。
 「自分で自分を派遣した」ひなみも、小さな命を救えなかったことを忘れたかった修一も、好きな野球で挫折した大輔も、「返さなきゃいけないものがいっぱいある」悦子も、 手首に傷跡のある加奈子も、曰くのある命を胎内に宿していた美鈴も、日本中を“逃げ続けている”豊も、必死に働いた。
 みんな朝から晩まで働いて、くたくたになったが、もう不満も弱音も口にすることはなかった。 初心者だったメンバーも、いつの間にか慣れた手つきになり、一端の農業従事者の顔になって、黙々と刈り続けた・・・・・・・・・・
一言
 「キビ刈り隊」に応募して沖縄の離島にやって来た若い男女が、沖縄の“空気”と、おじい、おばあの優しさに包まれながら、見渡す限りのサトウキビ畑で黙々とサトウキビを刈る35日間の物語。 多少の事件はあるけれど、全体的に淡々と進行し、「これでおしまい?」と思うくらいあっさりと幕を閉じます。 この終わり方には物足りなさを感じますが、あえて、押しつけがましくないのがこの映画の良いところ、であるのかも知れません。
 この映画は群像劇で、それぞれ、何かから逃げて来た若者達7人が主人公。 彼ら・彼女らの抱えていた事情が何であるのか、劇中で大体明かされた者もあれば、ほとんど分からないままの者もいます。 ただ、共通しているのは、それぞれの事情で、息が詰まっていたということ。 その彼ら・彼女らが、単調な作業を35日間続ける中で、息詰まらせていたものから解き放たれて、生き返ったようになる姿が、見所です。
 深呼吸することで、息を吹き返して、生きることを楽しむ余裕を取り戻す〜この映画に「深呼吸の必要」と題されている意味は、そういうことなのでしょう。 そして、この映画を見ることで、観客も、深呼吸したような気分になって欲しいというのが、制作側の思いだろうと感じました。
 一番印象に残った台詞は、ほとんど言葉を発しなかった加奈子が、突然口にした言葉です。
 「朝は来るんだ。くたくたになるまで働いて、御飯食べて、ぐっすり寝たら、朝は来るんだ。」
 みんなで働く。みんなで御飯を、お腹いっぱい食べる。みんなでぐっすり眠る。 この素朴なことの反復が、実はとても人間らしい生活なんだと気付かせる台詞でした。
 映画全体を通しても、みんなでサトウキビを刈るシーン(働くシーン)、みんなで食卓を囲むシーン、そしてみんなが眠っているシーンが繰り返されていて、この映し撮られた“生活の姿”こそ、この映画そのものであるとも思えます。 それは、素朴にして、尊いものです。



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