| 公開 |
2008年11月1日 |
| 監督 |
大林宣彦 |
| 原作 |
重松清 |
| 脚本 |
市川森一 |
| 音楽 |
山下康介、学草太郎 |
出演 |
南原清隆、永作博美、小杉彩人、大谷燿司、伊勢未知花、窪塚俊介、風間杜夫、勝野雅奈美、柴田理恵、森田直幸、原田夏希、
今井雅之、筧利夫、寺島咲、宝生舞、斉藤健一、厚木拓郎、高橋かおり、油井昌由樹、三浦景虎、大久保運、並木史朗、鈴木聖奈、
柴山智加、笹公人、吉行由実、小日向文世、山田辰夫、村田雄浩、小林かおり、峰岸徹、入江若葉、左時枝、根岸季衣、他 |
| 備考 |
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| 物語 |
イラストレーターでデザイン事務所社長の日野原健太は、妻・とし子と、健哉と大輔の2人の息子と、4人家族で暮らしているのだが、とし子は入院中。
息子達には内緒にしているが、とし子は余命がそう長くなかった。
ある日、健太ととし子は、電車に揺られて、新婚時代に2年ほど暮らしていた町・浜風を訪れた。
反対する主治医の永原の許可を取り付けての外出だ。
万一に備えて車で着いてくる、健太の会社の社員・工藤良太と安藤美沙に見守られながら、2人は浜風駅から歩き始めて、
商店街を歩き、コンビニで教えてもらった、シフォンケーキのおいしい喫茶店に立ち寄り、途中様々な人と出逢い、すれ違いながら、
新婚時代に住んでいたアパートへと、ぶらぶら進む。
かつて住んでいた部屋のポストに、今の住人宛の手紙を入れて、思い出巡りは終了した。
病院に戻ったとし子は、新しい治療法を受ける予定になっていたのだが、永原医師はそれを始めようとしない。
とし子の病状が、それが手遅れであるほど進行してしまったのだ・・・・。
衰弱して行くとし子は、それでも明るく振る舞い、一方で、決して子供達が病院に来ることを許さなかった。
元気で明るいままの母親でいたいのだ。
健哉と大輔が通る駅前には、くらむぼん君というストリートミュージシャンが、チェロの弾き語りをしていた。
数少ない常連客の川田孝子は、保険の外交員をして一人息子のタダシを育てているが、彼女も大病を抱えていた。
とし子の病状が進行して落ち着かない健太の会社に、浜風町の商店街を代表して、石川剛史が仕事の依頼を持ってきた。
浜風商店街主催の花火大会のポスターを作って欲しいというのだ。
売れっ子の健太に似つかわしくない、小さな仕事だと、社員達は健太に確認した上で断ろうと考えていたのだが・・・・健太は引き受けることにした。
石川は、幼い頃に、幼なじみのオカちゃんを海で亡くしていた。
さらに最近、幼なじみの一人・佐藤俊治を亡くしたばかりだった。
その石川の、花火は死者の迎え火だという思いに、健太は心を動かされた。
「その日」が訪れた。
永原医師の宣告を受け、健太は初めて健哉と大輔をとし子の病室に連れて行き、とし子の両親も呼んだ。
同じ日の別の病室では、入院中の川田孝子を、憎まれ口を叩きながらタダシが見舞っていた。
数ヶ月後。
担当看護師だった山本美代子に呼び出された健太は、とし子から預かっていたという手紙を渡された。
そこに書かれていた、とし子の言葉・・・・・・・・・・・。
夏が来て、健太は、健哉と大輔を連れて、浜風町の花火大会に足を運ぶ・・・・・・・・・・。
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| 一言 |
良くも悪くも、大林宣彦監督らしい、大林監督にしか撮り得ない映画。
誰にでも訪れる「死」と、生きることを、余命わずかな妻とその夫の夫婦を中心に、彼らが出会った(又はすれ違った)人々を交えて描いた力作で、
見応え十分な一方、意味不明な描写も多い(過去と現在、現世とあの世の人がやたら交錯したり、何度も登場する「駅長君」は気味が悪い感じだったり)、「大林ワールド」全開の作品です。
ちょっと長めの上映時間の間に、いろいろなことが起きますが、とし子の、
「泣いても笑っても、それが生きるってことなんだから、思いっきり生きよっ。」という言葉に、この物語の全てが集約されています。
彼女が十分生ききったかどうかは分かりませんが、少なくとも、余命が知れてから「その日」までを、鮮やかに生きた、という印象を受けました。
この映画の公開に先立って亡くなった、大林監督作品の常連俳優・峰岸徹の遺作ということで話題になった本作は、死生観に触れていたり、
峰岸徹以外にも、大林監督作品の常連や過去作品の主役や準主役級がちょい役で多数出演していたりして、大林監督自身の遺作になったとしても
なるほど、と納得出来そうな気がするくらい、迫力がありました。
もちろん、大林監督には、これからも良作を撮り続けて欲しいのですが。
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