| 公開 |
2006年8月日本公開 |
| 監督 |
アレクサンドル・ソクーロフ |
| 脚本 |
ユーリ・アラボフ |
| 音楽 |
アンドレイ・シグレ |
出演 |
イッセー尾形、ロバート・ドーソン、佐野史郎、桃井かおり、つじしんめい、田村泰二郎、ゲオルギイ・ビツケラウリ、
守田比呂也、西沢利明、六平直政、戸沢祐介、草薙幸二郎、津野哲郎、安倍六郎、灰地順、伊藤幸純、品川徹、他 |
| 備考 |
2005年ロシア公開作品 |
| 物語 |
第2次世界大戦終戦直前。天皇・裕仁(昭和天皇)は、「神」と呼ばれ、「神」として振る舞うことを求められ、生きていた。
侍従の告げる通りに日程をこなす、静かな裕仁の生活。
しかし戦況は逼迫しており、妻である皇后と、息子である皇太子は、疎開している。
眠れば、巨大な魚が落とす小魚に東京が焼かれる悪夢に苦しめられる裕仁だった。
戦争が終わった。
裕仁は、米軍の迎えの車に乗り、連合国占領軍総司令官ダグラス・マッカーサーとの面会する。
日系人米兵が通訳についていたが、裕仁は、直接英語でマッカーサーと言葉を交わす。
「お上」は日本語ではなすようにと、通訳が恐縮して進言するが、裕仁は特に意に介す様子はなかった。
裕仁はまた、アメリカ人記者の写真撮影に応じた。
映画俳優チャーリー・チャップリンに似ているとはしゃぐアメリカ人記者達に、裕仁は飄々とポーズを取ってみせる。
裕仁は、マッカーサーとの会食に臨んだ。
途中、わざと中座したマッカーサーは、1人になった裕仁の行動をのぞき見て失笑する。
マッカーサーの質問に、答えたりはぐらかしたり、2人だけの言葉のやりとり・・・・。
宮殿に帰った裕仁は、侍従を下がらせて一人、思索する。
彼の口からは“人間宣言”が。
そして、皇后と皇太子が帰って来たことが知らされた・・・・・・・・・・。
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| 一言 |
第2次世界大戦終戦直前から戦後、天皇の「人間宣言」まで、ただただ、「神(現人神)」と呼ばれた男・昭和天皇の、人間性に迫る作品。
本作における、イッセー尾形演じる昭和天皇は、時に子どものような振る舞いを見せ、時に噛み合わない会話をし、奇行と呼ぶべき言動が目立ちます。
一方で、通訳無しでマッカーサーと直接英語で話す語学力を披露し、十分な知性の持ち主でもあります。
事実に基づくのかどうかは分かりませんが、このつかみ所無き昭和天皇像は、3代目の「神」の、豊かな素養の裏にある苦悩の表出なのでしょう。
「神」扱いは、窮屈なもので、扉の開閉も、衣服のボタンかけも、生活の全てに侍従が付き添い、一人で思考にふけることすら出来ない。
自分は他の人と何ら変わらぬ肉体を持っていると言っても、受け入れられない。
「お上」と持ち上げる人々に、真心のある者は少なく、心を許せる者はさらに少ない。
〜神格を放棄した「人間宣言」は、政治的意味が大きいのですが、昭和天皇自身にとっては、「神」として生きることを強いられている自らを解放するものであったと思われます。
本作における昭和天皇は、「人間」らしく生きることを願望した人物として描写されていました。
このような映画が、ロシア人によって制作されたことは驚きですが、むしろ日本人には難しい題材でしょう。
もしかしたら日本人は、まだ「現人神」の呪縛から完全に解かれていないのかもしれない、と考えさせられました。
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